10.

 赤錆びた階段の手摺から,一本の鉄棒が外れかけている.手に取ると,べったりと茶色い粕がつく.肩の筋肉に力を込めると軋みを立ててそれが千切れる.中空で,あまり重みがない,振り回すには不十分だ.だが,ぎざついた尖端は突き刺すのに都合がいい.

「くはは,産まれ落ちていくなぁ.わしの子等じゃ.元気過ぎて腹を噛み破るかと心配したが…どうしてどうして母体思いの優しい気性ぞ」

 地階に下りて,裏手に回ると,化け物が喋くりながら,蹲る阿明の側へとにじり寄るのが見えた.少年の排泄口からは何匹か化け物のミニチュアが溢れ,顎を鳴らして耳障りな音を鳴らしている.

「この調子なら,今度は倍の量を産み付けてやれようなぁ…お前が女でなくて残念よ…女なら前も使って…」

 疾る.

 複眼が此方を向く.棘と針とが瞬時に臨戦体勢へ移り,ずんぐりした影が横へぶれて姿を消す.刹那,警官は背を屈め,首筋を掠める針を躱すと,転がるように少年の側へ歩み寄って,力いっぱい無力な幼生を踏みつける.嫌な感触と共に,革靴の舌で畸形の甲虫が潰れた.

「貴様ぁ!」

 構わず,素早い動きで逃げ回る他の子供を踏み潰す.慣れたものだ.警官になって以来,虫けらを潰すよりほかに仕事をしていない.一匹が生意気にも親そっくりの棘を突き出して,踝を突き刺してくる.痺れるような痛みに歯を食い縛りながら,そいつを手にした鉄の棒で貫く.

「許さん!」

 化け物の怒りが空気を焦がす.だが,怖くなど無かった.虫けらは所詮虫けらだ.首筋と肩に突き刺さる肢を掴んで思い切り地面に投げ降ろす.

 ぐしゃっと複眼が潰れ,化け物の身体が弾むと,肢を上にしてぐるぐると回り出す.

「目が!目が!」

「…虫けらがぁっ!逆さにされたら何も出来ないって訳か!」

 まだ手足をばたつかせる幼生から鉄棒を引き抜き,もがく親の柔らかな腹の辺りに突き立てる.刺激臭のする液体が噴出し,化け物はぎちぎちごぼごぼと不様な音を立てた.

「てめぇら虫けらは!全部同じだ!どんなに固くても,腹から下はぶよぶよなんだよ!」

「ギィィィィィィィッ!!苦痛を…わしの子に喰われろ」

 何度も棘が突き刺さる.毒が手足を痺れさせ,粗末な槍を支える体力を奪っていく.だがどんなに悪あがきをしても,敵が助からないのは確実だ.霞む目で,阿明の方を見ると,まだ出産は続いており,新に五匹ばかりが後孔を抉じ開けて現れ出でようとしていた.

「畜生…」

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