8.

 咄嗟に出た差別用語には頓着せず,阿明は髪の毛から細く煌く何かを取り出すと,巡査の足首を捉える拘束具を弄り始めた.

「何してる!やめろと言ってるんだ.それは無理に外そうとすると…肉に食い込…」

 一瞬圧迫が増してから,金属の噛み合う音と共に鍵が外れる.信じられぬ出来事に目を丸くしていると,彼の手首に細い指が伸び,同じように針金を操って鍵を外した.

「畜生…警務部の奴等がたまげるぜ…」

 呟きに耳を止め,少年が顔を上げる.飯綱は悍しさを堪えつつ,相手の意図を測りかねて,眉を潜めた.

「どういうつもりだ?」

「お巡りさん.僕喋るの上手くない.だから良く聞いて.今すぐここから逃げてね.まず,廊下の一番奥の非常階段から…」

「待て,あいつは何処にいる?此処はどこだ?お前は何で俺を助ける?」

「…順番に…話すから,待って.あの魔鬼寝てる.さっき失敗した.今度は良く寝てる.起きない.それから此処は,街のどこかにあるアパート.詳しくは解らない…」

 巡査は強張った手足を解す間,うんうんと頷きながら埃塗れの部屋を見回した.アパート?こんな刑務所みたいなアパートがあるのか.ああいった化け物や三国人が隠れ住むには持って来いの巣だ.自分が知事だったら残らず壊してやるのに.

「待てよ?さっきって,お前があの…あの」

「ごめんなさい…ばれたら…針金…取上げられる…」

 阿明は顔を赤らめ俯いたが,直にそれどころではないと気が付いてまた先を続けた.

「お巡りさん逃がす.他のお巡りさん連れてくる.魔鬼,やっつけられる.ね?」

「やっつける?」

 あいつは三国人を始末して…いや,野放しにしておくのは危険すぎる.子供に利用されるのは癪だが日本人を襲わないという保障は何処にも無い以上,やはり片付けるべきだ.

 彼はまだぎくしゃくする脚を屈伸させて,裸の少年に尋ねた.

「俺の銃はどこだ?」

「銃無い.魔鬼捨てた.それに小さい銃駄目.機槍要る.解る?」

「マシンガンか.それで倒せるのか」

「そう…不无…でも沢山連れてきて.赤鯨幇の殺手十人で,一匹やっつけただけ」

 殺手とは穏やかでない.やはり黒社会と繋がりがあるのか.綺麗な顔をしていても所詮は犯罪者の仲間だ.飯綱は警官の顔を取り戻してねめつけた.

「幇とお前はどんな繋がりがある…」

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