7.
悪夢にうなされて,うつつに戻ると,巡査は相変らず同じ格好で拘束されていた.変ったといえば,筋肉が強張り,節々が軋み,汗は饐えて嫌な臭いをさせ始めていた事だろうか.
終りの無い悪夢に迷い込んだらしい.彼は少し泣いて,鼻を啜った.僅かながら元気が戻ってくる.化け物が近くに居ないのが救いだった.気力を奮い起こし,慎重に身体を動かすと,かちゃかちゃと派手な音がして,足首にも手首にも手錠が掛かっているのが確かめられた.
「畜生…」
イスラエルの秘密警察がデザインしたというご立派な代物は,犯罪者を捕える時には有用でも自分に使われた場合は始末に終えなかった.昔のアクション映画に,主人公が掌の肉を削いでまで手錠を抜く話があったが,こいつはそうは行かない.外そうとする動きに反応して余計に締まる仕組みになっているのだ.
「俺が何したってんだよ…」
このまま自分も,三国人の少年のように滅茶苦茶にされるのだろうか.何故あんなチビを助けようと危険を犯したのだろうか.冷静になれば,巡回区域に殆ど日本人が住んでいないのは解っていただろうに.
油断したのだ.三ヶ月前,知事の命令に従う形で,所轄と本庁が外国人不法就労者の一斉摘発を行なった際,約一千五百人強を掃除した.大半は国の収容所に入れ,一月前に,本土へ送還した.それだけで凶暴な犯罪者は駆除され,通りは綺麗になったと信じていた.
だが,泥溜りのような街の暗部には,金を払って取締りの網をすり抜けた幇の会員や,親に逃がされた子供が残っていた.死んだ清水巡査部長はそう言っていた.そもそも追い出された連中の大半は南方系で,古くから居る北方系は事前に情報を掴んで外出していたとも.
どちらにせよ,あの化け物が残り粕を始末してくれるのは,治安の為にも結構ではないか.
「だけど,なんで俺や清水のおっさんまで…」
いや,理屈を説いてもしょうがない.襲って「良い」人間と「悪い」人間の違いなど虫けらに解る筈が無い.あの化け物の頭は外国人犯罪者と同じなのだ.
堂々巡りを繰り返す思考を,物音が遮った.つい飛び上がり掛け,手錠に引き戻される.
見ると,開いたままの扉から,阿明と呼ばれた少年が戻ってきていた.相変らず腹は歪に膨らみ,髪の毛はざんばらに顔へ掛かって惨めな態だが,血のこびり付いた皮膚には,傷は跡形も無い.
訝る彼を前に,少女のような顔立ちの少年はよろめきつつ,椅子へ近付くと,先程のように膝元へ屈みこんだ.また,頼みもしない奉仕をするつもりだろうか.
「またか!?やめろ,××××!」