4.
ぎちぎちと化け物の複肢が伸びると,阿明と呼ばれた少年は逃げるように巡査の後ろに回りこんだ.助けを求めるように,涙ぐんだ目を向けて来る.矢張り先ほどの行為は無理強いされてのものらしい.飯綱は何も出来ない悔しさに臓腑の煮え滾る思いだった.
「いい気になるなよ.いずれ,警察は…」
「無駄無駄…それより阿明,その坊やに縋っても無駄だわぇ.こやつはお前のような三国人を守ったりはせん…身体で知っていようが…」
三国人という単語が放たれるや,びくっと少年が肩を揺すれた.飯綱もさぁっと血が冷たくなるのを感じた.阿明という名前を聞いて不穏な予感はしていたのだが,まさか,この子は….
「顔が土気色になったなぁ.どうだ,血の汚い人種に触られた気分は,吐気がするか?」
吐気がした.そんな薄汚いモノに舐められて恍惚となっていたのか.それで守るつもりでいたのか.街の害虫共を.おぞましい侵入者共を.頬を濡らしたあどけない顔も,すぐさま卑屈で狡猾な仔猿のそれに変り,保身のために媚びを売っている風にしか見えなかった.
「阿明,三ヶ月前お前の家を壊して,媽媽を殴り殺した男達は,どんな服装をしていたかな?あんな青い制服を着て,黒い棍棒を持っていたんじゃないかね」
声は楽しげに先を続けながら,じりじりと小さな獲物を追い詰めていく.少年は警官と化け物を見比べながら,部屋の隅へ丸くなった.
「日本の警察が守るのは,日本人の子供だけ…戸籍も無い,学校にも行っていない…貧乏な密入国者の子供は…居なくなっても誰も気付きはしない…警察官の坊や,馬鹿な真似をしたねぇ…わしはお前の代りに街を綺麗にしてあげたのに…」
巡査は恥じ入って目を伏せた.こいつの言う通りだ.虫けらは虫けら同士食い合わせていればよかったのだ.
化け物は満足そうに身を揺すると,細い足首を掴んで,軽々と逆さ吊りにする.大顎が開き,中から無数の針を突き出すと,白い膚の上から血管を刺し貫いた.少年は押し殺した悲鳴を上げながら,幾度も背を弓なりに反らせる.力ない抵抗を楽しみながら,複肢は腹や胸を引っ掻いて傷をつけていった.
「そうだ,坊や…お前が今日のことを黙っているなら,精を吸った後無事返してやってもいいぞぇ.相棒は三国人のならず者に襲われたといえばいい…」
相棒.
脳裏を年配の上司の顔が過る.老巡査部長は,彼が交番勤務について以来面倒を見てくれた先輩であり,親しい友人だった.
恐懼に喉をからからにして,飯綱は少年を弄ぶ化け物へ尋ねる.