2.

 振向くと,年配の同僚が自分と同じく銃を構え,蒼白な顔をして此方を観ている.頬の引き攣り方が普通でない.視線を追って再び頭を巡らした時,飯綱は理由を知った.

 強姦魔の肌蹴た胸には,昆虫の脚のような器官が生えて,ギチギチと固い関節を擦り合わせながら蠢いていたのだ.三日月型と見えた口は,実はみつくち,いや左右二つに割れた大顎で,粘る糸を引きながら貪欲そうに開閉している.同僚が放った鉛の弾丸は,キチン質の外殻の表面に小さな孔を開けたに過ぎなかった.

「美味しそうな若い男と,不味そうな年寄り,どっちから頂こうかなぁ…」

 雌のようであり,また雄のようであった.飯綱が低く呻きながら後退ると,それに合わせて踏み出してくる.外見に似合わず流れるように淀みの無い動きだった.

 体液の当った頬がひりつく.棘を生やした肢先がじりじりと近付くのを感じて,震える手は反射的に銃を上げ,大顎の上の辺り,煌く複眼の間を狙った.

「今度は撃てるかぇ?」

 嘲りの言葉に,銃火が答える.だが,弾丸は路地の奥の壁に当って虚しい跳音を立てた.化け物の姿は不意に正面から消えていた.若い巡査が慌てて当りを見回すと,首筋に鈍い痛みが会って,視界がぐるっとあらぬ方向へ回転する.

「決めた,こちらは後」

 冷たいコンクリートに顎をぶつけ,目から火花を散らしながら気を失う前,彼が最後に聞いたのは,同僚の悲鳴と連続する銃声だった.


 無論,この初めの出来事は,単なる暴力に過ぎなかった.飯綱巡査が性的搾取というものを体験したのは,次に目を覚ました時である.

 首筋に化け物の一撃を受け,意識を失ってから,どれほど経ったろうか.彼は全身をだるい疲れに揉まれ,依然うなじに疼きを覚えながら,ゆっくりと眠りから覚めた.焦点を結んだ目に,灰色の壁と,ヒビの入った天井が映る.

 どこか,屋内に居るらしい.徐々に意識が澄んで来る,といきなり,下半身に奇妙な痺れが走った.見下ろすと,何かが自分の股間の当りで動いている.嫌悪が背筋を駆け抜け,必死で身をもぎ離そうとしたが,後ろに回された両腕ががちゃがちゃと音を立てるばかりで,手足はまるで言うことを利かなかった.

 椅子に座らされたあげく,手錠で拘束されている.恐らく自分の所持品だ.屈辱の余り頭に血の気が昇り,憤怒の叫びを抑えられなくなった.

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