11.
「僕,死にたくない.殺さないで…」
「殺したりなんかしない!何を言っている.俺達はただあの勝負に納得できなかっただけで…」
しどろもどろになる息子に向って目配せしたジヒョンが,不意に動き出すと,扇の冷え切った肌を抱き締めて温もりを与えた.彼女とて裸に近い格好なのに,まるで火のような熱さで,心底怯え切っていた少年は,思わずぎゅぅと抱き返してしまう.
置いてけぼりを食ったイルファンは,かっと抜け駆けを非難した.だが母は聞かぬふりをしながら,あっさり手に入れた獲物の唇へ舌を差し込んで,思う様貪る.
金髪の少年はむっとしていたが,やがて諦め,地面に散らばった服の切端や荷物を集めると,まずは此処から離れようと合図する.ジヒョンは頷いて,裸の扇を抱き上げ,素早い動作で後に続いた.残されたチンピラ達は未だピクリとも動かない.下手をすると死んでいるのかもしれないが,生憎その場では彼等に同情を抱くものはいなかった.
喧嘩のあった高架線下から遠からぬ所に白いバンが停めてあった.華奢な身体を後部座席に運び込むと,ジヒョンは運転席に回ってエンジンを入れる.イルファンは心ならずも拉致することになった少年を眺め,そっと額に手を触れた.
高熱に触れてびくっと手を引く.慌てた彼は自国の言葉で訴えた.
『母さん,凄い熱だ』
『馬鹿ね.イルファンが裸で放っておくからよ.襲われたショックもあるでしょうけど』
『俺は道理に則って説明していただけだ』
『そんなの必要ないわ.欲しければ抱いてしまえばいいのに.まどろっこしい子ね』
『俺はそんなんじゃないと言ってるだろ.ただ…』
『一年も伝説のOogie Boogieを追っかけてたんでしょ.その挙句に同い年だって知って…あーあ私だって,愛しい息子の想い人でなければ,とっくに自分が物にしてるのに』
『違うったら』
『じゃぁやっぱり私が貰うわね』
イルファンはかっとなって震える扇の身体を抱き締めた.
「殺さないで…殺さないで…」
うわごとのように繰り返す少年の唇を唇で塞いで,やわやわと肩や背中を揉み解す.現実のOogie Boogieの余りのか弱さに,もう怒りも憎しみも残っていなかった.
「殺さない.大丈夫だ.俺がお前の敵を打倒した.もう大丈夫だと言っている」
「僕,もうゲームしない…しないから…許して」
「そんなこと言うな…つまり…お前の敵はWUKが排除する…そうだ…俺たちの組織は大きい.…だから…そうだ……お前はずっとOogie Boogieで居ていい…それが正しい…」