10.
「それならば,そのままでいいから,話を聞け.俺達はThunder Brosだ.White Unicorn Knights,つまりWUKのメンバーである」
Thunder Brosというのは,確かこの前の戦闘で決闘した善の騎士だった筈だ.そういえばWUKドメインのメールを貰ったのも思い出した.彼等が警告してくれたのだ.状況が飲み込めてきた扇は,ようやく安堵の息をついた.
「俺の本名はパク・イルファン.こちらは母のパク・ジヒョンだ.それで…」
イルファンと名乗った少年は,舌なめずりをした母が相手に飛び掛ろうとしているのに気付き,慌てて抑え込んだ.危険を察知した扇はきゅっと脚を狭めて身を守る.安心するのは早過ぎたろうか.
親子は二人してなにやら言い争っていたが,やがて息子の方が振向いて溜息を吐いた.
「母がいうには,母がお前を救ったのだから,お前を所有する権利があるそうだ」
言われている意味が解らず,きょとんとした表情を見せる扇に,イルファンは罪悪感を掻き立てられた様子で顔を背けた.
「勘違いしないで欲しい.俺達はお前を助けに来たのではなく,ゲームの仕返しに来たのだ.獲物を横取りされそうだから戦っただけだ」
先程まで殺される寸前だった少年は,またさっと青褪めた.周りに転がる半死体の群を見回して,がちがちと顎を鳴らす.パク達も結局こいつらと同じ目的だというのか.
「僕…僕やだ…死にたくない…」
「お前は二つの選択肢を持つことができる」
淡々とした口調でイルファンは先を続けた.
「一つの選択肢は,俺達二人と戦う道だ.勝てば解放してやる.ただし,母と俺は拳道の有段者だ」
少し口篭もると,イルファンは,自分よりずっと頼りなげな裸身に視線を注いだ.とても喧嘩など出来そうもない.彼は相変らず頬を赤らめたまま,どこか遠くを見るような目付きになった.
「もう一つは,この前の決闘に関して俺達に謝罪し,二度とOogieの名前でゲームにログインしないことだ」
扇はそれを聞いて,しくしくと泣き出した.
「いいよ,言う事聞くよ…僕もうやだ…」
「泣くな!俺は,Oogie Boogieの強さに憧れていたのだ.俺を失望させるべきではない」
「だ,だって,あれはゲームでしょ…どうして…こんなの…変だよ…」
「ただのゲームではない.母も俺もとても真剣に受け止めている.多くのプレイヤーがあれを第二の現実として認識しているし…」
相手の小さなくしゃみが,夢中になったイルファンに水を差した.小刻みに震える四肢と,歯の根の合わない顎.いよいよ風邪を引きかけた扇は,縋るようにイルファンを見る.