9.

 筋肉はスポーツマン風に鍛えあげられているが,根がオタクなのだろう.アニメの物真似をしながら近付いてくる.頭上をまた列車が通過し,鋼鉄の唸りが辺りに轟き渡った.


「ギャーッ」

 時代劇そっくりの血飛沫と断末魔を上げて,ごろごろと人の体が地面を転がる.すぐに悲鳴は数を増し,それこそ殺陣のような様相へと場を転じていった.

 死を覚悟していた扇がびくっと頭を上げると,視界の隅でチンピラ達が誰かと争っている.見る間に間また一人が顔を抑え,鼻から血を滴らせて身をくの字に折った.

 双つの影が,飛燕のように明暗の狭間を行き交っている.黄金に染めた髪が日に燃えて揺らぎ,鋭い瞳が光を放つ度,武器を構えた男共が次々に叩きのめされていく.

 新たに登場した人物の内,一人は少年で,扇と同い年位に見えた.ジーンズにジャケットというラフな格好が,返り血を浴びて凄惨な様を呈している.もう一人は若い女性だ.この寒い中,大きな胸や張り出した腰を惜しげもなく露出し,無邪気に笑いつつ,男達の目玉を抉り出し,耳を引き千切って踊っている.

 味方が血達磨にされていく様子に,ボウガンの青年は慌てて携帯電話を掴んだ.だが通話に入る前に,女の羚鹿のような肢に股間を思い切り蹴り上げられ,悶絶しながら崩れ落ちる.

 陵辱者の群が全滅するまで,五分も掛からなかったろう.血染めの少年は,地面に転がる一人一人の腹を容赦なく何度も蹴りつけ,完全に動かなくなるのを確認してから,扇の方を向いた.

「こんにちわ,Oogie」

 挨拶をされても,扇としては恐ろしいだけだ.前を隠すのも忘れて後退る.金髪に染めた少年は相手のあられもない姿に頬を染め,つと目を背けた.

「あなたは怖がるべきではない.服装の心配をするべきである」

 イントネーションがおかしい.話し方も少しぎこちない.はっきりは分らないが,何かが,ほんの少しずれているような印象を受けた.いつの間にか女の方も隣に戻ってきたが,此方にはさらに違和感がある.

姉と弟なのか,切れ長の瞳や通った鼻梁などが良く似通っていた.彼女はじっと熱っぽい視線で,扇の曲線を帯びた腰や首筋を眺め,ぼそぼそと連れの耳に囁いた.金髪の少年は一層のぼせた様子で,渋々頷いてまた口を開いた.

「俺の母は,Oogieが裸でいると性的に我慢ができないといっている.服を着ろ」

 母?親子なんだろうか.それにしては年が近過ぎるような気がする.扇は混乱しながらも,取りあえず衣服を探した.だが着れるものなど見付からない.僅かな布切れで乳房と腰を覆っているだけの女や,血で汚れたジャケットを纏う少年は服を貸すこともできない.

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