6.
内容はたった一行.アドレスを公開していないのに,どうしてこんなメールが届いたのだろう.学校のアカウントに送られたものではない.運営会社の内部でアドレスが漏れたのか,それとも開発部のSteeve Donnelか Chan Leeあたりの悪戯だろうか.面白半分にトロイの木馬を送りつけるような連中なので,ありそうな話だった.
しばらく悩んだが,結局おふざけだろうと判断して,蒲団に入る.寝つきの良い扇は,その夜の夢の中でもう一度3mの巨人に変り,並み居る敵をこてんぱんにやっつけていた.
仮想世界での華々しい戦闘から一週間後.扇は週末の持ち帰り品で重くなったランドセルを背に,いつもの高架線下の抜け道を通って家へ向っていた.心はもう,部下の人喰鬼の消耗をどうやって補充しようかとか,面白い特徴をもった飛行系Creatureのデザインを運営会社に提案してみようとか,色々な物思いで一杯だった.
だから線路の影を潜った当りで,彼はやっと前方に居る若者達に気付いた.ピアス,脱色した髪,がらがら蛇の尾のように鳴る鎖の装具.何人かは黒いスポーツバッグを手にしている.仲間同士笑い合い,こちらを見ている様はいかにも胡乱だった.
不良だ.
扇はくるっと来た道を引き返した.最近五年生や六年生がカツアゲげされた話を聞いている.一気に浮ついた夢想から醒める.現実の自分は140cmに満たないのだ.危険には近付かないのが鉄則だった.この抜け道は人気が無くて気に入っていたのだが,溜まり場になるならもう使えない.
「おーぎー君」
いきなり若者の一人が声を掛ける.気味の悪い猫撫で声に,うっと気分が悪くなる.
「新島扇くんだよねぇ?」
「そうそう,Oogie Boogieの旦那でしょ」
「あれれ,何で行っちゃうの.話聞いてよ」
首筋が総毛だつ.何故知っているんだろう.仮想世界ではプロバイダ名は表示されないし,一度だって他人に個人情報を漏らした覚えは無いのに.
「行くなっつってんだろチビ」
ひゅっと,風を切る音がして,足元に何かが刺さった.狩猟用のダーツだ.振向くと,一人がボウガンを構えて笑っている.他の何人かはスポーツバッグから,スタンガンや警棒,ナイフなど,一昔前の不良の定番武器を取り出していた.
「ちゃらりらー,Hunterが現れたー」
「ヒャヒャ,古いよお前.Oogie Boogie,テメェ次動くとまじで撃つカンナ」
「はーい,目標確保しましたー,狩の始まりでーす」
携帯電話を掛けている奴も居るようだ.凍りついた扇の方へボウガンを構えた若者が歩み寄りながら,嗜虐の笑みをさらに広げる.