4.
数多の敵の血を吸ってきた棍棒が,裂帛の双撃を受け止めた.巌のように不動の姿勢を取るOogie,果敢なThunder Brosは刃を押し,棍棒ごと真っ二つにせんものと力を篭める.鉄の切れ味に負け,樫材が分断される.と人喰い鬼は武器を放り出し,いきなり敵の片方に肩からぶつかっていった.体重の載ったぶちかましを受け,甲冑姿は紙人形のように宙を舞う.鬼はさらに勢いに任せ,もう一人にも猿臂を伸ばす.
だがこちらは冷静で,敏捷な動作で手を掻い潜ると,怪物の太腕へ刃を突き立てた.反撃を負った人喰鬼が動きを鈍らせるのを見て,跳ね飛ばされた片割れが素早く起き上がり,怪物の分厚い胸板めがけて鋭い逆袈裟を見舞った.もう駄目だと,多くの崇拝者が結末にがっかりした時,恐ろしい叫びが,勝負の流れを再び変える.
なんとOogieは腕を刺した相手の顔の正面で,あの麻痺と恐慌を起こす咆哮を放ったのだ.不用意に接近し,得物をしっかりと敵の肉へ食い込ませていては,避けるのは不可能で,騎士はぐらっとよろめいたっきり,動けなくなる.もう一人の方も,少なからず衝撃を受けたらしく,死の軌道を描いたはずの剣は,意志を失って虚空へ逸れた.
Oogieは地に落ちた棍棒を,ふらつく騎士の無防備な腹へ蹴り込むと,もう一人の首を掴み取り,あっさり捻り折って止めを差す.最後まで奇想天外な戦いをし通した主役に,一同は改めて賛嘆すると共に,次回の対戦で大いに参考にしようと今の映像を記録した.
崩れ落ちる二つの躯.だが少なくとも彼等は戦士としての名誉を守れた.Oogieは面白くも無さそうに肩を竦めると,自我を持たない配下達を呼び集め,歓喜の坩堝を足早に去っていった.戦いが終ってしまえば後の栄誉など退屈でしかないということか.
善も悪も,その背に畏怖に近い感情を抱いて,無言で見送った.
悪の英雄Oogie Boogieは本名を新島扇(おうぎ)といい,東京近郊の小都市に済む義務教育期間中の学生である.彼は仮想世界から帰還すると,接続用の兜(head mount display)を脱いで膝に置き,少し眠たげな目を擦って,白靴下を履いた足の親指でPCの電源を落した.
「オーギちゃーん.ごはんできたよー」
1階から母親の声がする.机の置時計を見ると丁度午後6時半だ.ちゃんと時間どおりに戻ってこれた事に満足して,椅子から飛び降り,兜をきちんと仕舞って鍵を掛ける.
「今行くー」
のんびり答えて,下へ向う.階段を降りる前に一度だけ,部屋の方を振向くと,にこっと笑ってそのまま駆け足になった.扉にはOOGIE,とアルファベットの表札が揺れ,下に大きなポスターが貼り付けてあった.映っていた緑のずた袋で出来た人形,即ちティム・バートンの児童アニメ「Nightmare before Christmas」の登場人物,大鬼Oogie Boogie.