17.
「翡翠の都で樹が育つには,とても,とても長い時間が掛かります.彼女達は,都がまだ小さなオアシスだった頃も覚えていて,良く物語ってくれた…もし無事だったら,これからも,ずっと…なのに…あの,最後の悲鳴が…耳に…」
樹が悲鳴を上げるなど想像もつかないが,レフィの耳には,兎に角もそう聞こえたのだろう.ジゼルもオアシスエルフではあったが,"翡翠の都"の住人達が持つ,樹木への愛情には,驚かされるばかりだった.
暫くすると,少年は我に返り,弱々しく微笑んでから,また脚を動かし出した.
「…過ぎたことを嘆いても仕方ありませんね.樹は兵隊が去った後で植え直せばいい.あと,300年もあれば元通りになりますから…ジゼル様が,樹木の知識を学び終えてから,いつかまた此処へ戻ってこられるなら…きっと背の高いブナや樺を見られますよ」
「あ,うん」
すっかり気を呑まれ,少女は大人しく相槌を打つばかりだ.会話しながらも,エルフ達の足取りは速い.羚鹿か野兎宜しく,潅木や茨の藪,滑り易い茸や苔を避けて,獣道を辿っていく.
ジゼルは,先程の回復魔法が効いたのか,多少大股になってレフィの隣に並んだ.
「レフィはさ,リフォルみたいに,外へ出たいって思った事ないの?」
「どうしてですか?」
「だって…割と魔法も使えるしさ,何なら将来ボクのパーティに加えて上げてもいいかなって」
「ジゼル様のぱーてぃ?冒険者の話ですね.争いは苦手ですし…あ,でも,東のディセファラスには珍しい草花があると聞きました…ご一緒させて貰えるなら,いつか見てみたいな」
照れながら呟くレフィの横顔は,結婚の夢を語っていた頃のリフォルと良く似ていた.ジゼルはこそばゆい感じで,話の接穂を見失ってしまう.幼い2人は,初めて互いの気持が通じ合った事に,幾分戸惑いを覚えていた.やがて少年は頭を擡げ,木に刻まれた印を読み取ってから,連れに宣言する.
「そろそろ木霊の林に入ります…ここまで来れば,長老達の力で…」
突如前方の木々の奥で,爆発と閃光が起り,台詞をみなまで言わせなかった.2人はぞっとして顔を見合わせる.炸裂音は正に木霊の林の方角から聞こえた.
人間達の別働隊が,2人より先に木霊の林へ到達していたのだ.
赤い男爵は,嘆かわしげに頭を振りながら,捕虜の前を左右に往復していた.消炭のようにになった木々の間では,マッドゴーレムの素焼きや火矢に射落とされた猛禽の屍が無言の内に激戦の跡を物語っていた.