15.
「この開きめく…らぁっ…!!?」
落ちたら死ぬ.高さがさっきとは違う.恐怖に駆られ,早口に浮揚の呪文を繰り返すジゼルの元に,ひゅっと蔦の蔓が巻きつき,凄い勢いで炎と煙の中から引っ張り出す.
「逃げるぞ!あれは何だ!魔物か!」
頭上を仰いで指差しあう射手達の足元で,今度は大地が波打った.灰と炭の散らばる土壌がまるで水のようにうねり,盛り上がり,凹み,ぱっくりと口を開く.
「ああ,木の根が,か,絡み付いてくる」
「くそっ,エルフの魔法だ.落ち着いて切り払え!ぐわぁっ」
斧を振り回そうにも,巻き付かれているのは己の胴だ.まさか二つにする訳にはいかないので,自然勢いが鈍る.もたもたしている内に,大地から飛び出した木の根は錦蛇のように鎧を絡めとリ,暴れる手足を封じ込めてしまう.
「ならば焼け!これも焼け!男爵のお力で,火が我等に燃え移ることはない」
「と,とても出来ません…ああ,だ,ダメ,そんなとこ入ってこないで〜!」
むさ苦しい男が,揃ってくねくねと身を捩りながら悶える光景は,些かグロテスクであったが,根は彼等を絞め殺す代りに,あちこちから新芽を吹いて,瞬く間に花を咲かせた.爽やかな芳香が溢れ,いきり立つ軍勢を優しく包み込む.
「いかん…毒だ,毒霧だ,吸うな,焼け…焼けぇ…ぐぅ…zZZ」
「違う,眠り花だ,エルフの眠り花だ,吸うな,全部焼き払…すぅ…zZZ」
「うーん,むにゃむにゃ,母ちゃん」
兵達を魔睡に陥れると,木の根は次に燃え盛る木の幹に巻きつき,引き倒し始める.焦土と化した側へ横たえると,延焼を防ぐ為に土を被せ,他方で即席の防火壁を盛り上げていく.
まるで森が自ら火事を消し止めようとしているかのようだ.
蔦にぶら提げられたジゼルは難が去ったと見るや拍手喝采,ついでにあかんべーをして溜飲を下げる.ややあって,すぐ傍の張出しが揺すれ,葉群を抜けて小柄なエルフが現れると,抑えた声音で耳元に囁いた.
「ジゼル様!何と危険な真似をなさるのです!相手は人殺しの兵隊ですよ.幾ら剣の腕が立つとは言え,独りで立ち向うなんて無謀すぎます.此方が間に合ったから良かったものの,あのままでしたら火に焼かれるか,矢に刺されるか…」
くどくどしい喋り方も,今の彼女には福音である.花のような微笑を浮かべて,救い主の方を振り向くと,急拵の枯葉衣を身に付けた男の子が精一杯厳しい顔をしようとして,ぎゅっと眉根を寄せながら此方を見返していた.