14.

 指揮官らしき者の号令に,ジゼルは舌打ちした.炎の回りが異常に早い.正体不明の気(プラーナ)の働きによって,生木が冬を寝かせた薪のような激しさで燃えてゆく.樺は何時の間にか灼熱の壁に取り囲まれていた.

「見よ!赤い男爵の守護が在るぞ!いずれあの雌猫めも燻り出されるわ」

 歓喜に満ちた叫び.赤い男爵という言葉が口にされるや,兵の間で一斉に鬨が上がる.

 エルフの少女はレイピアの血を拭って鞘に戻しながら,不審そうに眉を寄せた.赤い男爵といえば,幼馴染リフォルの嫁ぎ先,グノーフ・タンタクス卿の異称ではないか.オアシスエルフの外戚であり,盟友でもある貴族の名を何故,あの浅ましい襲撃者共が口にするのだ.

 確かにタンタクス卿は,炎の魔法を良くし,翡翠の都の長である"緑の手"のラファーロと並んで大陸に名高い魔導師であったが,温厚で学者肌の人物だ.彼が自分の軍団を火焔で守護して,妻の故郷に破壊や略奪を齎すなど,ありえようか.

 訝しむ間にも赤い舌は樹皮を舐めて伸び広がり,葉を縮らせて行く.徐々に煙が立ち込めて,息苦しくなった彼女は,かくては為らじと脱出のための魔法を唱えた.

「浮揚(フライ・クラウド)」 

 華奢な肢体が重力から解き放たれ,ふわりと枝々を泳ぎ渡る.意志を集中させると,まだ火の手の及ばない若いブナの方へ,そのまま滑っていく.

 しかしこの浮揚の術には弱みがあった.宙を漂う状態では機敏に動けない.仕方なく煤に姿を紛れさせ,咳き込みながら,のろのろと進んで,やっとの思いで木と木の中間までたどり着く.

 不意に,膚を焦がしていた熱い空気が退き,視界が開けた.周囲の煙が不自然な形に捩れ,少女の姿を露にしたのだ.

「居たぞ!格好の的だ!撃て撃て!」

 ジゼルは初めて冷汗を掻いた.経験の浅い彼女は同時に2つの魔法を操れない.今矢を射掛けられたらどうしようもなかった.癪に障る話だが,見事に燻し出されてしまったようだ.

 必死になって速度を上げようとしても,所詮は半人前,亀の進みに変わりは無い.耳元や肩口を油っぽい色の火矢が掠め,唸りを残していく.

「馬鹿者!首から下を狙え!落すのはいいが,殺してはならぬ」 

「そんな無茶な…」

「女は殺してはならぬとのお達しだ.いいか,下だ,首から下だぞよ」

 助かった.あの脳たりん共が何を考えているかは知らないが,弓の狙いがでたらめだ.エルフの射手なら,第一矢で仕留める所だが,ぶきっちょな人間には無理な芸当らしい.

 何か嫌味を言ってやろうと首を捻じった瞬間,集中が切れて術が破れ,下降が始まる.

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