5.
さっきまでの静けさが嘘のように,其処彼処から小鳥の群が飛び立ち,姦しく鳴き交わしている.他方,緑の天蓋の下では,眠りを破られた獣達が慌てふためいて走り回り,その中には,二本足の生物が立てる重い足音,エルフ達なら決してし立てないような,喧しい軍靴の響きも混じっていた.
「これって…敵…なの?」
火矢が流星のように虚空を飛び,都を囲む生きた城壁に食い込む.炎の舌は恐ろしい早さで木々を舐め,赤熱の胃袋へ飲み込むと,炭や灰へと消化していた.
鋼鉄と青銅で身を固めた人間族の重装歩兵が,手に手に斧を構えて,枝や藪を切り払い,業火へとくべる.紅蓮の地獄は兜や鎧に,断末魔に悶える木々の姿を映し出した.1000人,いや2000人は居るだろうか,鮮やかな真紅の軍旗を翻えす騎馬隊を中心に,金属の蛇のようにうねる戦列が,翡翠の都の最奥目掛け,神速の行進を続けていた.
先手には,長套(ローブ)をつけた2騎の魔導師(マニク)が轡を並べる.1人は首から指揮官を表す綬章を下げ,後続の副官らしき騎士に,落ち着いた指示を送っている.別の1人は頭巾を目深に被り,黙り込んだまま連れに寄添っている.彼等をはじめ,軍団は四方をすっぽりと炎の壁に取り囲まれているのに,窒息や焼死の危険に怯える様子は無い.強力な魔法の守護があるのだろう.
「敵の矢には応じるな.千本乱射(ブルーチェリー)で被害が出ても,極力広範囲に森を焼け.連中の隠れる場所を無くすのだ」
副官役の騎士が,部下に向って獅子吼を放つ.2人の魔導師はなにやらひそひそと囁き交してから,伝令が発つ前に新たな指示を出した.騎士は恭しく頷き,追加の命令を告げる.
「森の直径はおよそ1万6000ヤーク.ちっぽけな薪の山だ.エルフの数は女子供合わせても700人足らず.残らず中心部の木霊の林(ドライアズ・ウッズ)へ追い込め」
伝令が散っていくと,騎士は指揮官の馬に,己の馬を横付けて訊ねた.
「宜しいのですか?散開すると,連中が反撃してきた場合,各個撃破される危険が」
魔導師は顔を上げ,鼻からずり落ちそうになった丸眼鏡を直すと,余りはっきりしない声で,吶々と答えを述べた.
「あー,うむ,その,大丈夫,じゃない,かな.そのー,翡翠の都の,その,オアシスエルフにとってはね,森の木が,とても大切なんだ.そうだよね?」
同意を求められると,傍らで馬蹄を進める頭巾の魔導師が,黙ったまま頷き返す.眼鏡の方は,ほっとしたような表情で,幾分はきはきと先を続けた.