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双子月 キラ編 五 |
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「キラ?」 太陽は1時間ほど前に沈み、カーテンの閉じられた部屋は暗闇に包まれている。 夕食の時間だからと母親に言われたライトがやってきた時には、キラの不調もだいぶ治まってきていた。 名を呼ぶ声が聞こえたが、キラは答えなかった。 「まだおなか痛いのか?」 母親に聞いたのか、ライトがゆっくりとベッドに近付いてくる。 「夕飯できたって。食べられそう?」 掛け布団でくるまった塊をライトは優しく合図するように叩く。 「いらない」 布団越しにそれだけを答え、キラはライトに背を向けた。 ライトの機嫌が変わったのが、気配でわかる。 正しい答えを選べば、この場を穏便に済ませ、 ライトを部屋から追い出す事も容易くできたというのに。 キラには、それがわかっていても、できなかった。 「何がそんなに不満なんだよ」 声音を低めたライトが、訳も無く腹立たしく感じる。 (なんで、お前が怒るんだよ・・・) 怒りたいのは、自分の方だとキラは叫びたかった。 「どうして、キラは竜崎を嫌うんだ?」 キラは、被っていた掛け布団をライトに投げつけた。 突然のことに、ライトはその勢いを受け止めきれず、布団と一緒に床に倒れこむ。 「キラっ」 布団を脇にどけ、ライトが怒鳴ったが、キラはベッドの上で咳き込んだ。 全身を震わせ、内臓を吐き出しそうな腹の奥底からの咳を繰り返す。 息苦しさが見ているだけで伝わるような、激しい咳と咳の合間に、ひゅーひゅーと、か細い呼吸音が聞こえる。 「キラ、キラ・・・」 心臓を押さえ、なおも咳を吐き続けるキラにライトは駆け寄り、その背中を擦った。 「・・・ろ」 「なに?」 「はなれろ、僕に触るな」 胃液と唾液と交じり合ったものが口中に広がって、咳と共に吐き出される。 それを、キラは袖口で拭い、ライトを睨んだ。 ライトの腕を乱暴に振り払い、キラはライトから離れた。 「キ・・・ラ・・・?」 初めての直接的な拒絶に、ライトは戸惑いを隠せず青ざめていく。 咳はどうにか治まったらしく、キラは呼吸を徐々に取り戻した。 「ライトが竜崎を好きでいる限り、僕には近寄るな」 キラは震える拳を握り締め、ライトを見つめる。 「急に何を言い出すんだ」 「急って訳じゃない。ずっと言いたかったんだ」 「なんでだよ。いくらキラが竜崎を嫌っているからって、なんで僕まで・・・」 「わからないのか?」 「なにが」 「本当にわからないのか、わからないふりをしているのか、僕にはそこまで読み取れないな」 「何のことだよ。キラ、もっとわかるように説明しろよ」 「わからないのなら、考えればいいだけじゃないか。答えを探す努力くらいしたって損はしないよ」 キラは自分の吐き出したもので汚れたシーツを剥ぎ取ると、ライトを残して部屋を出て行く。 喉と腹部がじりじりと痛むのは、先刻の咳が原因である。 (誰のせいだと思っているんだ) シーツを洗濯機に投げ込んで、キラは母親に新しいシーツを求めた。 心配顔の母親に明日は病院に行くように釘を刺され、キラは適当に返事をする。 病院にいったところで治るものじゃないと、誰よりも自分自身が良く理解していた。 『誰』が原因なのかもすでに明白だったが、自分一人ではどうこうできる程、 簡単なものではないことも、良く理解しているのだ。 (双子って、面倒くさい・・・) キラは、深く長い溜息を吐いた。 部屋においてきたライトの見せた、泣き出すのをじっと我慢した表情が脳裏に蘇る。 「距離をおく事以外に思いつかないんだ」 ポツリと呟いた声に自分で驚き、背後を確認するが、誰もいない。 ほっと胸をなでおろし、キラは部屋へ戻った。 (それでも、僕は・・・) 何も考えないようにと、キラは新しいシーツを敷いたベッドに寝転がった。 嫌われてもいいから側にいたいと思う気持ちを抱えるということは、誰よりも嫌っている人間の気持ちが痛いほど理解できてしまうということだ。 だからこそ、嫌悪感が生まれるのを抑えきれない。 似ているからこそ、必死で隠している事を簡単に暴かれてしまう。 それは同時に自分にも相手の秘密が、見えてしまうということでもある。 (だから、嫌いなんだ・・・) どうにもできない感情を持て余し、キラは目を閉じた。 苦しくても辛くても切なくても。 側にいることを選んだのは、自分なのだから。 終 |
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2005/04/07 |
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お疲れ様でした・・・。 |
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四 | ||
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