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桜桃 |
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竜崎が、初めて夜神家に招待されたのは三年前のことだ。 きっかけはさらに一年遡る四年前。 すでに探偵という枠を超え、世界的に名をはせていた竜崎が、ある凶悪殺人事件の解決の為、警視庁から協力要請をされた。 自分の興味のある事件でない限り、動こうとしないことでも有名だったが、竜崎はその依頼を受けたのである。 気まぐれだったのか、それとも何か興味の惹かれることがあったのか。 真意は計り知れないが、日本の警察が強力な味方を手に入れたのは確かである。 竜崎が訪れた捜査本部で、総指揮をとっていたのが刑事局長である夜神総一郎だった。 類稀なる頭脳を駆使した竜崎が捜査本部に介入してから、犯人を割り出すまでにたいした時間を要さなかった。 捜査を進めるうちに、時に衝突し、時に和解しながら最終的に犯人を確保した頃、竜崎は総一郎からの信用を得ていたのである。 総一郎が語る家族の話は、絵に描いたように幸せな団欒風景を思い浮かばせた。 湯気の上がる料理を囲み、笑い声の耐えない食卓。 今時、そんな家庭が本当に存在するのだろうかと、半信半疑のまま竜崎は相槌を打っていた。 「竜崎のことを家族に話したらどうしても会ってみたいというのだよ。忙しいから無理だと言い聞かせるのに苦労したんだ」 夜神家へと向かう自動車の中で、総一郎はいつもの調子で笑う。 助手席に乗っていた竜崎は、自分の事が一体どれだけ誇大誇張されているのか見当も付かず、軽い頭痛を覚える。 総一郎が悪い人ではないとわかっているだけに、思ったことを素直にそのまま伝えているのかと思うと、これから対面する家族の反応もほとんど予想できた。 「まさか誘いを受けてもらえるとは思わなかったよ」 そんな竜崎の心内を知らずに、総一郎は邪気の無い笑顔を向ける。 それに対し、竜崎は苦笑いで誤魔化すしかなかった。 住宅街の路地を抜け、自動車が到着したのは、一般的な日本家屋の前だった。 それでも都心に一戸建ての家を持つ程の経済力は、中流以上であるのは確かだ。 「夜神さんからの誘いでは断れませんよ。これからもお世話になりそうですから」 事件を解決した後、竜崎は総一郎から個人的にこれから先の捜査協力を求められていた。 もちろん、本格的に関わることはなくとも、助言という形でかまわないという案である。 竜崎にとって、総一郎の人柄は尊敬に値する程であり、このまま縁を切るのはもったいないと思っていた矢先の申し出に、二つ返事で承諾したのだ。 「世話になるのはこっちの方だよ」 総一郎は自動車を車庫に入れ、車を降りるように竜崎を促した。 玄関の鍵を開け、木目のドアを開けると奥の方から小柄な女性が姿を現した。 「おかえりなさい、あら、お客様?」 竜崎の姿に気が付くと丁寧に頭を下げる。 「妻の幸子だ。幸子、彼が竜崎だよ」 名を聞いて、幸子は笑顔になった。 それを見た竜崎は、自分の予想がほぼ的確だったと悟る。 「竜崎です」 軽く頭を下げると幸子も「いつも主人がお世話になっています」ともう一度頭を下げて、来客用のスリッパを取り出した。 総一郎が先に上がり、竜崎もその後に続いた。 踵を潰した靴を脱ぎ、素足でスリッパを履く。 その様子に幸子は少し驚いたようだったが、笑顔は崩さなかった。 「お父さん、おかえりー」 リビングに入るとダイニングテーブルに座っていた娘の明るい声が響く。 「あれ、お客様?こんばんは、夜神粧裕です」 竜崎を見つけた粧裕は、立ち上がって行儀のよい挨拶をする。それだけでも躾け良く育てられているのが見て取れた。 「初めまして、竜崎です」 粧裕につられるように、竜崎も軽く会釈をする。 「え?竜崎さん?本物?」 名乗った途端、粧裕がびっくりしたように竜崎の姿を改めて見直す。 「ええ、本物です」 一体自分はどんな人間として説明されていたのか、竜崎は呆れるよりも先に興味がわいてきた。 「こら、粧裕」 素直な物言いに総一郎が咎めると、粧裕は「ごめんなさい」と言いつつ、無邪気な笑顔を見せる。 「ライトとキラを呼んできなさい」 「はーい」 粧裕がダイニングを出ていき、勢いよく階段を駆け上っていく振動がダイニングの食器棚を揺らした。 「落ち着きが無い娘で申し訳ない」 「いいえ、元気がよくていいじゃないですか」 恐縮する総一郎に促され、ダイニングの奥にあるソファに腰掛ける。 軽く、周囲を見渡してみると、目に入る小物やカーテンなどのインテリアが全体的に淡い色合いでまとまっている為か、和やかな空気に満ちていた。 総一郎が話していた家族団欒のある仲の良い家族の住む部屋として充分な説得力がある。 「お父さん、つれてきたよ」 粧裕の後から細身な少年が二人、やってきた。 息子が双子だと聞かされてはいたが、本当に瓜二つだった。 栗色の髪に、色白の肌、幼さはあるが端整な顔立ちが並んでいるとそれだけで、その場が華やぐようだ。 「竜崎、息子のライトとキラだ。今年中学三年になった」 左側の少年が目を輝かせながらペコリとお辞儀をした。 「ライトです」 緊張している空気が伝わるほど、声が震えている。 「竜崎さんは、僕が尊敬する憧れの人なんです。お会いできて本当に光栄です」 ライトが賢そうな言葉遣いで、握手を求めて差し出した手を竜崎も握り返した。 嬉しさを隠し切れないのか、ライトは頬を赤らめて満面の笑みを浮かべる。 竜崎はライトから手を放し、同じようにキラにも握手をしようと手を差し出す。 「キラ?」 反応を見せ無いキラをライトが呼ぶとゆっくりと竜崎の手を握った。 「初めまして、キラです」 キラは、竜崎に向かって堂々とライトと同じ笑顔を作ってみせる。 外見だけなら見分けが付かないほどそっくりな二人が、本当は全く似ていないことを竜崎はすぐに見抜いた。 話し方も表情もほとんど違いがないが、話せば話すほど二人の相違点が明らかになっていく。 「竜崎さんは、迷宮入りが確実といわれた一〇二六事件も解決しているんですよね?」 好奇心が輝く瞳で、ライトは積極的に竜崎の話を聞きたがった。 「あまりにも凶悪な犯罪だったから、いまだに犯人確保までの詳細が明らかになっていないのは、竜崎さんが手がけたからですか?」 キラもライトに合わせ、助言を添えてはいるものの、それ程関心を寄せているようには見えなかった。 ライトのよせる無邪気な好意があからさまなだけに、キラの笑顔を始め、口調、言葉、態度の全てに違和感が残る。 例えば、紅茶を注ぎ差し出す動作ひとつをとってみても、キラは完璧なまでに隙を与えなかった。 これがライトならば、震える手が危なっかしさを強調するのである。 「こら、二人とも答えられない質問はするんじゃない」 思わず沈黙した竜崎を困惑したと勘違いした総一郎が、その場の空気を変えた。 竜崎もその声で現実に引き戻される。 ライトと笑い合い、総一郎に謝るふりをするキラが、『異質の者』だと竜崎は確信していた。 (誰も気が付いていない。完璧なまでの仮面) 仕事上、自分以外の人間は全て容疑者であると仮定しての人付き合いをしてきた竜崎でも、キラを見抜くことは難問だっただろう。 それ程、彼は完全無比なのである。 そんな相手をこの短時間で見破れた理由は、そこに居たのが総一郎であり、ライトだったからである。 総一郎が裏表の無い善人だと認めざるを得ないことを竜崎は身をもって知っていた。 その総一郎の血を受け継ぎ、育てられた子供ならば、純粋で素直、頑固で優しい人間になると疑う余地さえない。 それを証明しているのが、全ての要素を隠すことなく発揮しているライトの存在だった。 双子だからか、それとも隔世遺伝なのか。 キラの持つ空気そのものが、異なっているように映る。 「竜崎さんは、どう思いますか?」 ライトにそう問われて、竜崎は多発する犯罪事件や検挙率低下について語り合っている途中だったことを思い出す。 「そうですね。私は・・・・・・」 中学三年のライトとキラは、十四歳という年齢にそぐわない知能指数を活用できずに持て余しているようだった。 それに気が付いた竜崎が簡単なヒントを与えると、二人は導かれるように次々と新たな推理やアイディアを生み出していく。 開花するような目覚しい成長に父親である総一郎も驚愕するほどだった。 積極的なライトに合わせるようにキラも同じように答えてはいたが、竜崎はすでにキラがライトの十分の一も興味が無い事を理解していた。 それが竜崎の心を引き寄せる。 誰も気が付かず、識られることもない、キラの影が見えた時、竜崎は捕らわれ、堕ちていた。 続 |
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