桜桃

 
   
 



ある晴れた日の日曜日。
空には雲ひとつ無く、一足早い初夏の日差しが照りつける午後。
一般的な住宅の前で、運転手付きのリムジンを降りたのは、白い長袖のTシャツに少々くたびれたジーンズ姿の青年である。
青年は、重力を無視したようにはねた黒髪と、印象的な大きな黒い目の下に厚い隈のはった、不健康そうな顔色をしていた。
大型の高級車は、閑静な住宅街にもその青年にも不似合いすぎた。
近所の目を引くことは、ここに住む家族に余計な迷惑をかけてしまいかねないだろう。
青年は、早々にリムジンを追い払い、自分もまた玄関のインターホンを押した。
片手には薄いA4の茶封筒を抱え、ドアが開くのを待ったが、いっこうにその気配が無い。
留守ではないと事前に確認してある為、もう一度インターホンを押した。
数分後、スピーカーから非常に低い声が響いた。
「どなたですか?」
その寝起きとも機嫌の悪さともとれる声音に似合わない丁寧な口調に青年は苦笑し、応答する。
「竜崎です」
インターホンからの返事は無く、かわりに玄関の鍵を内側から開ける音と同時にドアが開いた。
現れたのは、満面の笑顔を湛えた一人の少年である。
淡茶色の髪に色白の肌、端麗な顔の造形は、時間を置いて会うたびに少しずつ大人っぽさを増していく。
この春で、高校二年になったと記憶していた。
やや細身ではあったが、身長も自分と大差ないようだ。
立派に成長している証である。
「ご用件は?」
挨拶もせず、玄関先で事を済まそうとする態度に竜崎は素直に応じるつもりはなかった。
「この資料を夜神さんに渡すことと次の事件の資料を頂くことになってます」
わざと大げさに茶封筒を目の前に差し出して見せると、彼は笑顔のままありきたりな応対をする。
「父からは何も言付かってはいませんので、出直していただけますか?」
彼の言うことは追い払うための嘘ではなく、本当のことだと、疑わずともわかるのは、資料を今日届けることも次の事件のことも、夜神総一郎からは一言も依頼されていないからだ。
ようするに、もっともらしいでまかせを悪びれもせずに告げているのである。
「遠方からの来客にお茶も出ませんか」
「今日は僕しかいませんので、おもてなしはできかねます」
そして、根も葉もないでまかせがあっさりと通用するような相手ではないことも理解しているのだ。
「では、お水を一杯頂きたい」
必要以上な丁寧語と仮面のような作り物の笑顔を何とかできないものかと、竜崎は思案する。
「コンビニなら歩いて三分もかかりません」
「それが夜神家の来客に対する教育ですか」
呆れたように呟くとさすがに口調が変わった。
「竜崎じゃなきゃもっと親切に応対するよ」
単純な挑発にひっかかるところがまだ経験不足だとほくそえむ。
外見と共に精神も成長しているものの、大人と呼ぶにはまだ遠い。
「私だけ?」
「今日は僕しか居ないってさっきも言っただろ?竜崎も父から聞いていたはずだ。僕には竜崎をもてなす理由が無い」
言葉遣いを変えても笑顔を崩すつもりは無いらしく、愛想の良い笑みで本音を漏らす。
それがどれ程相手を煽るのか、相手を見極めるという能力の低いキラが知る由も無いだろう。
「キラくんはどうして私を嫌うのですか」
強調するように名を呼ぶと、キラはドアノブを掴んだまま、一歩後ろへ下がった。
無意識にせよ、竜崎を意識している証拠である。
その事実に竜崎の心が躍りだす。
好きか嫌いかを別として、少なくとも目の前の人間を認識しているということなのだ。
「父親の関係者に好意を持つ必要はないじゃないか」
「偽りの笑顔で本当のことを言う。酷い人ですね」
「竜崎は最初から僕を見抜いていたからね。距離もとるし壁も厚くするのは当然だろ?もちろんそうなることも想定内のくせに」
「そこまで私のことを識っているあなたなら、私があなたに対してどう思っているかも理解しているはずですね」
「竜崎のことを識りたいとも思わないし、ましてや何を思っているかなんて興味ないね」
「よく言う・・・」
竜崎は見えない早さでキラの鳩尾を一撃した。
まさか攻撃に来るとは予想だにしていなかった為か、キラは構える間もなくまともにそれを食らい、崩れ落ちた。
キラの全身には痺れが走り、思うように動けなくなったかと思うと、意識も遠のいていく。
竜崎は玄関のドアに鍵を掛け、力なく倒れているキラを抱き上げると、二階の彼の部屋へと向かった。
本棚と机とベッドしかない、シンプルな部屋は竜崎の識るキラという人物像を見事に反映している。
自分の興味の無いものを一切寄せ付けようとしない。
その一貫とした気質は、ある意味片割れと同様、純粋で真っ直ぐなのである。
ベッドにキラを寝かせると、彼のはいているジーンズのベルトをはずし、引き抜いた。
意識の無い間に両手首をベルトで締めあげ、ベッドのパイプに固定する。
細身のジーンズを膝まで下げるとそれが両足の枷とさせた。
目が覚めれば怒り狂うに違いない。
竜崎は、目を閉じたままのキラに口付けをした。
幼さは残るものの、その秀麗な顔立ちに思わず見惚れてしまう。
他人と関わることを避けてきた竜崎にとって、今まで自分がどんな風に思われていようと全く気にもしていなかったし、気にもならなかった。
(なのに、どうして許せないのだろうか)
初めて会った時から、キラは竜崎に関心が無かった。
父親の客人として紹介された時も決まりきった挨拶をされただけである。
彼の双子の兄が竜崎に好意的だっただけに、その差は明確だった。
父親さえも信じて疑わない彼の作り笑いが、気に入らなかったことだけをいまだに鮮明に覚えていた。
もう一度口付けると、キラは呼吸を取り戻すようにゆっくりと目を開けた。
「・・・・・・っ」
見下ろす竜崎に反応して起き上がろうとするが、両手両足はすでに拘束されて自由にはならない。
手首を繋ぐベルトがベッドのパイプを軋ませる。
「な、にを・・・」
自分の置かれた状況を把握できないのか、一瞬瞳が揺らいだ。
「賢いあなたならすでに理解しているはずです」
竜崎はキラの下着をやはり膝まで下ろすと、露になったそれを口に銜えた。
「やめ・・・っ」
キラが身を捩ったが、それくらいではどうにもならない。
竜崎は口の中で徐々に硬くなっていくそれを急かすように舌先で弄ぶ。
まだ誰にも触れられたことはないであろうそれから伝わる感覚にキラの腰が揺れた。
その初々しい反応が楽しくて、竜崎は舌の動きに変化をつけ焦らしていく。
僅かな時間で限界に達したそれは、軽く歯を立て刺激を与えるとあっというまに果てた。
キラは顔を赤く染め、きつく目を閉じている。
「気持ちよかったですか?」
羞恥心をかきたてるように、わざと耳元で囁くとキラが鋭く睨んだ。
「なんでこんなことを」
「わかっているのに聞かないでください」
口の周りに零れた白濁した液体を見せ付けるように指で拭い、竜崎は意地の悪い笑みを浮かべる。
責めれば責めるほど、キラは自分だけを追いかけてくるのだ。
優越感が全身を熱く駆け抜けていく。
「いやだ、やめろっ」
竜崎はもう一度それを口に銜えるとキラが腰を引いて拒絶したが、逃れることなど許す訳もない。
先刻よりも濡れた口内で先端を吸うとすぐにそれは硬さを取り戻す。
達する前に竜崎は口を離し、舌をそのまま後部へと滑り下ろした。
触れることの無い蕾んだそこを尖らせた舌先で舐めるとキラの全身が震えた。
「ぁあっ」
それこそ初めての感触に耐え切れずキラが声をあげる。
キラの反応を逐一確認しては、竜崎は舌の動きを変え、強弱をつけては絶え間ない刺激を与え続けた。
口唇を噛み、僅かな抵抗をするキラに反して、そこは熱を帯び柔らかく解れていく。
「血が出ていますよ」
ふ、と顔を上げた竜崎が血の滲んだキラの口唇を舐めた。
それでも声を出すまいと耐えるキラは竜崎から顔を逸らす。
「強情ですね」
必死で抵抗されればされるほど、酷い目に合わせたくなるのは、本能だろうか。
力の差は歴然としているにもかかわらず、守り抜こうとするその自尊心を粉々に砕いて自分の下に屈しさせたいと。
願望は尽きることが無い。
竜崎は、キラのジーンズと下着を足からはずし、両足を持ち上げた。
程よく濡れてはいるものの、全く慣れさせていないそこに自分の硬くなったものを無理矢理突き刺した。
「ひっ・・・ぃ、い、たぁ・・・・・・ぁっ」
甲高い悲鳴がキラから零れたが、竜崎はかまわず腰を動かした。
なにものも受け入れたことのないキラの中を少々きつく感じつつも奥まで強引に飲み込ませた。
「い、・・・・・・あぁっ」
何度も挿抽を繰り返すと、どちらともつかない体液がまじり、音を立てる。
竜崎が内側のどこかに触れるたびにキラは喘いだ。
呼吸が乱れ、涙の滲む双眸に誘われるように、竜崎はキラを求めた。
「くっ・・・・・・んぁ、こ、の、へん・・・た、い」
自然に漏れる声を抑えきれないまま、できる限りで悪態をつく。
「その変態に下でいやらしい声をあげてよがるキラは淫乱ですね」
キラの勃ち上がったものを扱きながら、煽り立てる。
「ち、がぁ、あ、・・・んぅっ・・・」
何度か激しく突き上げるとキラはもう言葉が出せなくなった。
白く濁った液体で濡れた指に力を込めると同時に竜崎は自分をキラの中に放った。
纏わり付く熱を惜しみつつ、濡れたものを抜き出すと、キラの身体が少しだけ跳ねる。
「なんで、僕なんだ・・・」
乱れた息を整えるように肩を揺らすキラが低く唸る。
竜崎は両手首を留めていたベルトをはずし、キラの痺れている腕を軽くマッサージするように撫でた。
さすがにそれを拒絶するほどの体力は残っていないのか、キラはされるがままに大人しくしている。
「・・・・・・お前なんか、殺してやりたいよ」
抵抗されないことを確認して、竜崎はキラに口付ける。
「いいですね。あなたになら殺されてもいい」
殺気の篭った鋭い視線が竜崎を突き刺さした。
「むしろ、殺して欲しい位です。あなたが私以外の誰かに関心を持つところを見なくて済みますから」
キラの赤茶色の髪を指先で触れると、嫌がるようにキラは背を向けた。
「この身体の全てに私を記憶させれば、あなたは私を忘れることはない。私は諦めが悪い上にしつこいんです」
「最低だな、死ねばいい」
布団を引き上げ、竜崎から隠れるように頭から被ると、キラは沈黙した。
拗ねた子供のようだと、竜崎は苦笑する。
(その明白な拒絶が、私を惹きつけるのだとわからないのか?)
故意なのか無意識なのか、判断しかねたが、どちらにせよ竜崎には好都合だった。
音を立てずに部屋を出て、竜崎は携帯で迎えを呼んだ。
家人が帰宅する前に姿を消さねばならないのだから。










 
     
     
     
 

 
   
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     

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