弐 |
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1時間後。 「流河」 名前を呼ばれ、Lは意識を取り戻した。 どうやら、本当に眠ってしまっていたらしい。 頭だけを上に向けると月が呆れたように見下ろしていた。 「次は第3講義室だろ?そろそろ移動しないといい席が取れなくなってしまうよ」 Lはゆっくりと上体を起こし、両腕を天井へ伸ばす。 ずっと感じていた体温が一瞬で消えてしまい、身近にあったものが遠くに離れていく。 「夜神くんの足は大丈夫ですか?」 自分が眠ってしまってから、ずっと月は動かずにいてくれたのだろう。 度が過ぎるほどの面倒見のよさに吐き気がする。 「別に」 月はレポート用紙とペンケースを持って立ち上がった。 本当になんでもないようだ。 一時間も他人の頭を足の上に乗せたままにしていたというのに、痺れることはなかったのかと、Lは思った。 しかもその様子からすると、課題のレポートはすでに書き上げたらしい。 「でも、本当に寝ていたんだな」 隣りを歩くLを見て、月が微笑う。 「たぬきねいりだと?」 廊下に出ると先ほどまでの静けさが嘘のように、ざわめいている。 「途中まで、そう思ってた」 「私も」 最初はただ側にいる口実のつもりだったのだ。 何もせずに側にいることを月が嫌うのを知っていた。 だからといって、必要のない課題のレポートを一緒にすることなどできなかった。 「眠ることができるとは思いませんでした」 Lにとって、他人に無防備な姿を曝け出すというのは、命懸けの行為だった。 しかも自分の正体を信じる信じないは別として、明かした相手の前で隙を見せるというのは、許されることではない。 「そう?」 「はい。ですから、夜神くんには感謝しています」 廊下の窓から射す陽の光に照らされて、月の髪がその色素を薄くする。 不意に生まれた衝動を抑えるのにLは両手をズボンのポケットにしまいこんだ。 「特別料金を払わなければいけませんね」 月の言った戯れの冗談を拾い上げる。 「今日はサービスするよ」 笑いながら答えた月の腕をLは掴んで引き止めた。 「なに?」 「・・・。そっちの方が高くつきそうです」 何を言おうとしたのか。 Lは思考よりも先に行動に出てしまったことに戸惑っていた。 「じゃあ明日の昼食にA定食でも奢って貰おうか?」 月はほんの少しだけ驚いた表情をしたが、Lの変化には気が付かなかったようだ。 「わかりました」 掴んだ腕を放し、Lは再びズボンのポケットに手を入れた。 触れたい。 その欲求が、身体の奥底から膨らんで溢れだす。 Lは、それを留める術を知らなかった。 |
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2005/01/26 |
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気まぐれに続く |
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