dream
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幸福論改訂  +++++ 2
「本当にここですか?」
 近所のオススメ店を教えて貰って、ついでに色々、買って家路を辿ると、マンションの前で冴木くんが何とも言えない表情で、私の顔を見下ろした。
「そうだけど、なに?もしかして評判の悪いマンション?」
「いえ、良いマンションですよ。保証します。何てったって俺もこのマンションの住人ですから」
「……本当に?」
「本当ですよ」
 私を揶揄っているんじゃないかと半信半疑で聞いてから、そんなことをする理由はないかと納得する。
「すごい偶然」
「白川さん、何も言ってなかったですか?」
「何も、って。お兄ちゃん、冴木くんがここに住んでること知ってるの?」
「何度か、遊びに来ましたからね」
「全くもう。きっと結びついていないんだわ」
 溜め息を吐いても、従兄の抜けぶりは今に始まったものではないから、それだけに終わる。マンションに知り合いが居るのは、何かと便利かもしれない。
 彼の顔を見上げると、同じマンションの住人として宜しく、と笑った。
「冴木くんは何階?私は302なんだけど」
「……。多分、さんの真下ですよ」
「……表札ローマ字の家?」
 そう言えば、引っ越し当日からずっと下の人は留守で、まだ挨拶出来ていなかったりするんだけど、名前までは覚えていない。それが冴木くん?
「そうです」
 出来過ぎたような偶然に言葉を失くすしかない。まあ、私が森川先生の研究会に行かなければ知り合いになっていないんだから、有りといえば有りの状況なのかもしれないと、肩をちょっと竦めた。それに懸案事項が一つ片付くし、物事は良い面を見なくては。
「じゃあ、ちょうど良いわ。いつも留守だったから、引っ越しの挨拶が出来なくて困ってたの。ちょっとうちに寄ってもらっても良い?ご挨拶、渡したいから」
「良いですよ、そんなの」
 頭を振って固辞する彼に、更に言い募る。
「ダメよ。こういうことはちゃんとしなくちゃ。それに、荷物を持ってもらったお礼をしなくちゃだし」
 そう言って、彼の両手にある私の買った買い物袋を見た。


 次の研究会の日。残業をさっさと切り上げ、日本棋院に向かう。ばったり駅で冴木くんに会ったことを、というか同じマンションだったことを従兄に言おう。知り合いが近くに居ることに少しは安心して、週一の報告義務も緩めてくれるかもしれないなどという、甘い期待もちょっとはあったりする。この件に関しては身から出た錆だから、あまり強くも言えないけれど。
 あの日、冴木くんは私を送りがてら近所の店を一つ一つ説明しながら辿ってくれて、なおかつ、私が買った食料品や日用品やらを気が付くと彼の手にある状態でさり気なく持ってくれた。その手慣れたスマートさが冴木くんの外見にぴったりで、これはかなりのタラシじゃないかと推測した。
 きちんとしたタラシな人は結構好きだったりする。そういう人と一緒にいると居心地が良いからだ。何事もきちんとエスコートしてくれるし、スマートに気を遣ってくれるし、一緒に居る時はとことん優しい。彼氏にするには考えるけれど、惚れさえしなければ、気持ちが良くて、楽しい。この持論は友人には不評だけど、今のところ、この論理に当てはまらない人はほとんど居ないから、まあ良いのだろうと思う。そして冴木くんはかなりの線で当てはまりそうで、新しい生活はなかなか面白くなりそうだ。
 やっぱり引っ越して良かったと思う。それだけはきちんと従兄に言わなければならない。

「−−ちゃん」
「お兄ちゃん」
「お待たせ」
 棋院のロビーで待っていると、いつもの優しい従兄らしい笑みで、従兄が降りてきた。座っていた椅子から立ち上がり近付くと、ポンポンと頭を撫でられる。いつまでたっても年下扱いは変わらなくて、拗ねるのを通り越して苦笑するしかない。
「ディナーで良いわよ」
「夕食ならね」
 奢ってと強請るのに、優しく了承してくれる。
「じゃあ、夕食で」
 にっこり満面の笑みで従兄にお願いした。
「了解。行こうか」
「うん」
 話している側を先週紹介してもらった同じ研究会の人が声を掛けて通っていく。
「そう言えば、今日は冴木くんは来てるの?」
「来てるよ。会ってく?」
 階上を指さす従兄に、ふるふると頭を振った。
「ううん。別に無理に会わなくても良いし。冴木くんから何か聞いた?」
「何も聞いてないよ。何かあったのかい?」
「なら、それは後でのお楽しみ。行こ」
 不思議そうに聞き返されれば、勿体ぶりたくなるのが人情で、まずはご飯、と従兄を促して歩き出そうとした。
「−−あ、さんっ!」
 意識外で奥の階段から駆け下りてくる音が聞こえてくるな、と思っていたら、私の名前が叫ばれて騒音が止んだ。
 振り返るとロビーに進藤くんの姿が現れていた。やんちゃで可愛い弟のようだと従兄が言う通りの彼に、笑みが零れる。バタバタと私達の前まで小走りでくる。
「こんばんは。進藤くん」
「こんばんは。さん」
「会えてラッキー。明日、和谷に自慢してやろー」
 勢いのままに言い募る姿は可愛らしい。和谷くんは進藤くんよりも、もう少し年上らしいけれど、同じように元気いっぱいだった。
「和谷くん、今日はお休みなの?」
「うん。仕事だって」
「大変ねぇ」
 同じ年齢の子は学校で勉強している中、腕一本で稼いでいるのはきっと色々苦労があるのだろう。そう想像して言葉にすると、進藤くんも胸を張った。
「俺も大変だよ。いつも和谷と二人で片付けしてるのに、今日は一人だし」
「それにしては早いね、進藤君」
 従兄が後ろから茶々を入れるのに、あっけらかんと彼は種明かしをした。
「あはは。実は冴木さんが手伝ってくれたんだ」
「だろうねぇ。部屋の鍵は?」
「冴木さんが返してくれるって。ほら、今エレベータで来るよ」
 言った通り、開いたエレベータから冴木くんが降りてきた。目が合ったのが判ると離れたそこから軽く会釈をして、彼はそのまま受付の方へと向かう。面倒見が良いのだと失礼にも感心した。
「じゃあ、俺行くね。来週はさん、ご飯一緒に食べようよ。和谷もいるはずだし」
 進藤くんの声に引かれて、視線を戻す。
「了解。来週はそのつもりで来るわね」
「−−進藤。お前、結構手が早いなぁ」
 いつの間にか、冴木くんが側に来ていて、進藤くんの頭をわしゃわしゃと掻き回した。
「うわっ。冴木さーん。ひがまないでよ、冴木さんもちゃんと誘うから」
「よしっ」
 もう本当に、とぶつぶつ言いながら、進藤くんが髪を撫でつけるのを見て、思わず笑ってしまった。
「これ以上、冴木さんにいじめられる前に、帰ろうっと」
 言うなり、進藤くんは走り出し、ドアの前で振り返ると大きく手を振って出て行った。
「じゃあ、来週ねー」
 つられて振った手を下ろすと、ロビーが急に静かに感じられた。
「元気が良いわね」
「それが進藤君の取り柄ですかね」
「そうそう。からかうと楽しい」
 不穏なことを言う冴木くんに視線をやると、失言と手で口許を覆った。
「それじゃあ、俺もこれで失礼します」
「お疲れ様」
「気を付けて」
 冴木くんは棋院を出ようとして自動ドアの手前で、歩を止めた。どうしたのかと首を傾げると、彼は踵を返して私に告げる。
さん。明日はリサイクル品の日ですから。間違えないように気を付けて下さいね」
 リサイクル品?ゴミの話?
「えーと、ビンカンじゃないの?」
「第三週目だけはリサイクル品なんです」
 そう言ってにっこり笑うと、軽く頭を下げて、冴木くんはドアをくぐっていった。その後ろ姿を見送りながら、従兄は私に再び疑問をぶつけた。
ちゃん、今の?」
「うん。ゴミの日の話。私達も行こ。本当にニュースがあるのよ」




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今のところ二人共、知り合い程度で、まだまだって所ですよね。次ぐらいから、もう少し絡んでくれるかな、と期待しているのですが…。
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