『ひでぼんの書』外伝:
ラストダンサー

前の話次の話

2. CROSS THE RUBICON

 一般的に『吸血鬼』と呼ばれる魔物は、大雑把に三種に分類する事ができる。
 第一に“感染型”――こいつはホラー映画やゲームに登場するゾンビを想像すればいい。
 『バンパイア・ウイルス』と呼ばれる特殊なウイルスによって感染する、ぶっちゃけて言えば一種の病気だ。ただし不治の。
 感染者は一時的な仮死状態になった後に、ウイルスによって遺伝子レベルで肉体を作り変えられて、吸血鬼として“復活”する。
 人間らしい理性も知能も感情も完全に消滅して、ただ生き物の生き血を啜ろうと闇夜を徘徊するだけのモンスターになっちまうんだ。
 まぁ、その戦闘力は人間より力が強くて死ににくいというだけで、吸血鬼としては最弱に近い。所詮は病人なので心臓や脳味噌のような重要な器官を破壊すればくたばるし、魔法的な特殊能力を持っているわけでもない。バンパイア・ウイルスが紫外線に弱い事も手伝って、ほとんど夜にしか活動できないという弱点もある。退魔師ならぺーぺーのひよっ子でも楽に退魔できるだろう。
 だが、弱いといっても一般人にとっては十分に脅威だし、何よりほんの一滴でもこの吸血鬼の体液が体内に入れば感染してしまうという爆発的な増殖力が恐ろしい。侵入した一匹の吸血鬼によって、ある町の住民全員が一夜で吸血鬼化してしまったケースもある。その意味では、一番厄介な吸血鬼と言えるかもしれない。
 第二に“宗教型”――ついさっき退魔してやった連中がこのタイプだ。ブラム・ストーカーのドラキュラみたいな、黒いマント姿でコウモリに変身し、夜な夜な美女のベッドに忍び込んで生き血を啜るという、『吸血鬼』と聞いて一般人が最初に連想するような奴だと考えればいい。
 宗教型と呼ばれる所以は、こいつらは神の呪いや悪魔の祝福によって、人間から魔物として生まれ変わった(と言われている)からだ。
 神の呪いだの悪魔の祝福だの、ろくでもない理由で生まれただけあって、その性格は邪悪の一言に尽きるし、魅了の視線、野生動物の下僕化、驚異的な身体能力、肉体の霧化、強大な魔力、犠牲者のレッサーバンパイア化、不死身に等しい再生能力、etc. etc. ……個体差は大きいが、様々な特殊能力を持つ極めて厄介な魔物だ。専門の退魔技術を知らなければ、人間が退治するのはまず不可能だろう。
 だが弱点もある。こいつらは自分を吸血鬼化させた神や悪魔の性質を色濃く受け継ぐので、それらの宗教に起因する属性に極めて弱いのだ。たとえばキリスト教系の吸血鬼は十字架や聖水が弱点となり、道教系の吸血鬼は桃の果実や餅米を見ると逃げ出してしまう。『吸血鬼は太陽に弱い』と言われるのも、大抵の宗教では太陽が神聖な物と崇められているからだろう。
 逆に言えば弱点がわからなければ絶対に倒す事のできない難敵という事だ。俺も『退魔剣法』という、どんな宗教の吸血鬼にもダメージを与えられる退魔武術を習得していなかったら、さっきの戦いも苦戦は免れなかっただろうな。
 最後に“種族型”――これは単に『生まれつき血を吸う魔物だった』というだけで分類されるタイプで、ほとんどの場合上記の2タイプに含まれない吸血鬼が該当する。退魔組織の分類法もいいかげんなもんだ。
 まぁ要するに民間伝承に登場する『生き血を啜る魔物や妖怪』なので、その外見も性質も強さも能力も種族によってバラバラだ。一般人でも倒せるくらい貧弱な奴もいれば、神と崇められるほど強大な力を持つものもいる。真面目に分類しようとすれば冗談抜きで百科辞典並みの分量が必要なので、ここで解説するのは勘弁してもらおう。

 ――だが、そんな三種の吸血鬼も、こいつに比べればハナクソだ。
 『――“星の精(スター・バンパイア)”――』
 星界の彼方から降臨した邪神の眷属――邪神の力を持つ吸血鬼。
 その気になれば、単身で世界中の全ての魔物を皆殺しにできるほどの強大な力を持つ、最強の吸血鬼――それが、今、ここに、まさに俺の目の前にいるんだ。
「ひっく……ひっく……ぐすん」
 ……肩を震わせて、泣きじゃくりながら。
「あー……とりあえず泣き止んでくれや。悪いようにはしないから、な?」
 そのあまりに情けない姿に、俺は自分でも緊張感が欠落してるなぁと思う調子で、震える肩に手を置いた。
「ひゃいっ!?」
 途端に“星の精”のボウヤはビクッと跳ね起きて、涙目で俺を見上げるや、
「ごめんなさい!! ごめんなさい!!」
 土下座せんばかりにペコペコ頭を下げ始めた。
 ……さすがの俺も、目を合わせただけで謝られると傷付くぞ、オイ。
 とりあえず、今すぐ邪神の本領を発揮して暴れまわるような様子はないが……さて、どうするか。
 何せ相手は邪神にして最強の吸血鬼“星の精”だ。もし戦う羽目になったら今の俺では絶対勝てるわけが無いし、万が一怒らせたら世界が阿鼻叫喚の地獄絵図になる事は間違いないだろう。とにかく慎重に慎重を重ねて接触しなければならない。俺は軽く深呼吸すると、意を決して話しかけた。
「えー、もしもし?」
「ごめんなさい!! ごめんなさい!!」
「私は退魔組織に所属しているものだが……」
「ごめんなさい!! ごめんなさい!!」
「君に敵対する意思は無い。ただ、できれば私の話を聞いて欲しい……」
「ごめんなさい!! ごめんなさい!!」
「……あー……」
「ごめんなさい!! ごめんなさい!!」

 ごつん!

「ごめんなはうっ!?」
 ……はっ!? 思わず反射的に殴ってしまった!!
 さすがに心臓が凍り付く俺を尻目に、“星の精”はしばらく頭を押さえて唸っていたが、やがて再び涙目で俺を見上げると――
「なぜ叩かれるのかはよくわからないですが……とにかくごめんなさい!! ごめんなさい!!」
 またペコペコと土下座を始めるのを見て、俺の頭の中で何かが切れた。たぶん理性だろう。

 ごつん!

「ごめんあうっ!?」
 俺はもう一度“星の精”の頭頂部にゲンコツを振り下ろした。
「だ〜〜〜っ!! 男がメソメソウジウジ泣いてんじゃねぇ!! キンタマ付いてんのか!?」
「はいぃっ!? い、一応ありますけど……」
「俺はそういう女が腐ったような男見るとイライラするんだよ!!」
「は、はうぅ……ごごご、ごめんなさ――」
「男が簡単に頭下げるな!!」
「ひゃいぃ!!」
「まずは起立!! 背筋を伸ばしてちゃんと立て!!」
「はははいっ!!」
「まっすぐ俺を見て目を逸らすな!! 男だったらシャンとする!!」
「あうあうぅ……」
 びしっと直立不動の姿勢できをつけをする“星の精”の姿に、俺は満足して頷いた。顔中冷や汗ダラダラで、ガクガク震えが止まらないのが気になるが、まぁ今回は見逃してやろう。
 ……なんだか途方もなくとんでもない事をしているような気もするが、もうこうなったらこのまま突っ走るぜ……
「俺の名前は“M”」
「え、えむ……ですか?」
「アルファベットのMだ。イニシャルだと思えばいい。闇高野所属の退魔師をしている……と言ってもわからないか」
「???」
 案の定、可愛らしい顔を傾げて“星の精”は頭上にハテナマークを浮かべている。
「あー、ようするに悪い魔物をやっつける正義のスーパーヒーローだと考えてくれ」
「はぁ……?????」
 こら、口調に疑問符を増やすんじゃない。
 まだ少し首を傾げながら、“星の精”はおずおずと片手を上げた。
「あ、あのぅ……この場合正義のスーパーヒーローという表現は間違っているのでは――」
「黙って聞く!!」
「はははいっ!!」
 首をすくめる“星の精”の姿に満足した俺は、軽く咳払いして話を進めた。
「正義のスーパーヒーローとしては、君のような怪しい者を見逃すわけにはいかない」
「えええっ!! ぼ、ぼく、怪しい者なんですか!?」
 心底驚いた様子で自分を指差す“星の精”君に、俺はぴしゃりと叩きつけた。
「こんな薄暗い地下室のロッカーの中にいる邪神なんて、どう考えても不審者以外の何者でもないぞ」
「がーん!」
 口で驚愕音を言うとは、律儀な子だ。顔は今にも泣きそうだけど。
「というわけで、素直に取調べを受けてもらおうか」
「と、取り調べですか……? 退魔師さんって警察権があるので――」
「男だったら細かい事は気にすんな!!」
「は、は、はいぃ!!」

 とりあえず瓦礫の中から椅子とテーブルになりそうなやつを適当に選び、壁際に運んでそこに座らせた。発光の術を付与した針を瓦礫テーブルに突き立てて、本当の取り調べみたいな雰囲気に仕立ててみる。ちと演出過剰かな。
「まずは君の名前を聞こうか」
「な、名前ですか?」
 当然だろうが、“星の精”君はとても居心地が悪そうだ。無視するけど。
「ぼ、ぼ、ぼ、ぼくは“星の精”です。せ、星間宇宙で吸血生物やってます……」
「いや、それは知ってるから名前を教えてくれ。個体名称だ」
「あのぉ……そういう個体識別の為の名称という観念は、ぼくの種族には無いんですが……」
 それもそうか。むしろ人間みたいに一人一人に名前がある種族の方が珍しいしな。
 だけど名前が無いと色々面倒だ。“星の精”だけじゃ個体名か種族名かもわからんし。
「よし、俺が君のゴッドファーザーになってあげよう」
「は、はぁ……でも、この場合ゴッドファーザーというのは間違っているのでは――」
「男なら話に割り込まない!!」
「はいぃぃ!!」
「そうだな……よし、君の名前は“S”君だ」
「え、えす!?」
「アルファベットのSだ。スター・バンパイアの頭文字から取った」
「……Mさん、ペット飼っていますか?」
「ん? ああ昔は犬や猫や九官鳥を飼っていたな。それがどうかしたか?」
「名前を教えてもらえませんか」
「犬はポチ、猫はタマ、九官鳥はキューちゃんだ」
「やっぱり……」
 目を逸らしながら深く深く溜息を吐かれると、何だか思いっきりバカにされてるような気がするそ、オイ。
 いまいち釈然としないが、とりあえず“星の精”――いや、S君の尋問を続けよう。
「まず何より知りたいのは、S君がなぜ地球にいるのかだ。地球は君の縄張りじゃないだろ」
「は、はい……その筈なんですが……」
 S君の声はいつも以上に歯切れが悪い。俺に怯えているんじゃなくて、困惑しているように見える。
「それが……あのぅ……実は……」
「男だったらはっきり答える!!」
「ひゃあい!! お、覚えてないんです!!」
 今度は俺が困惑する番だった。
「はぁ? 覚えてない?」
「はい、星間宇宙でのんびりしていた所、誰かにこの惑星へ召還された事は覚えているのですが……それから後の記憶が全然無いんです」
「本気と書いてマジな話か?」
「マジと読んで本気です。気がついたら、僕はこの地下室にいました。そうしたら変な人達が沢山来たので、慌ててロッカーの中に隠れたんですが……外から変な声がするし、悲鳴とか大爆発とかわけがわからなくなって……後はMさんの御存知の通りです。はい」

 俺は天を仰いだ。
 記憶喪失の邪神なんて、笑い話にもならない。
 誰が何の為に“星の精”なんて物騒な存在を召還したのか。なぜその物騒な存在が記憶を失っているのか。わからない事だらけだ。
「あのぅ……僕はこれからどうすればいいんでしょうか?」
 それは俺が聞きたい。
「あー……何か身分証明になるようなものは持ってないか?」
 我ながらアホな提案だが、他に何の手がかりも無いのだから仕方がない。それでもS君は素直に自分のワイシャツやスパッツをペタペタ触り始めた――が、
「……ぼく、何も持ってません」
 がっくりと項垂れて見せた。
 その言葉を聞いて、俺もがっくり項垂れて……ってちょっと待て。不審者本人に身体検査させてどうする。
「いや、俺が探そう」
「え?」
 俺はS君の背後に立つと、その華奢な上半身をワイシャツの上からまさぐってみた。
「はひゃうん! な、なにをするんですか!?」
 裏声で悲鳴を上げたS君が、肩越しに涙目で抗議の眼差しを向けるが、当然ながら無視する。これはただの身体検査だからな。
 ワイシャツ越しのS君の肢体は、華奢なのに柔らかく、それでいて張りがあって温かい。
「気にすんな。単なる身体検査だ」
「と、とても単なる身体検査とは……ひゃあん!」
 抗議は無視(きっぱり)。
 ワイシャツのボタンを外して、直接S君の素肌に触れてみよう。
「ああぁ……く、くすぐったいですよぉ」
 うーん、このスベスベプニプニな感触がたまらん! きっとシャワーを浴びれば肌がお湯を弾くんだろうなぁ。ちくしょう、羨ましいぜ。
 心の中で感動の涙を流しながら、俺は可愛い乳首を指の腹で撫で回したり、おへそをくすぐったり、下腹をマッサージしたり、背筋を指先でツツーっとなぞったりして、美少年の柔肌を存分に楽しんだ……いや、これは身体検査だぞ。うん。
「や…やめてくださいよぉ……Mさぁん……」
 あああああ、そんな甘い声で囁かれちゃうと色々な所がおっ立っちまうよ。
 さぁて、そろそろスパッツの上からカワイイあそこを身体検査しちゃおうかなぁ……!!

「――ッ!?」
 残念ながら、身体検査は中止せざるを得なかった。
 瓦礫の椅子とテーブルを跳ね飛ばしながら、S君の首根っこを掴んで壁際から飛び離れる。跳躍の距離は反対側の壁まで――約30mだ。そして俺は空中回転しながら、さっきまで俺達がいた空間を、壁から生えた長く鋭い刃が貫いているのを確認した。
「ななな何が起こったんですか!?」
 華麗なキャット空中3回転で着地を決めた俺の腕の中で、お姫様抱っこされてるS君が目をぐるぐる回している。
「身体検査は中止だ。狩り残しがいたらしい」
「え?」
「下がってな」
 俺はS君を後ろに放り投げた。
「わわわ〜〜〜!?」
 情けない悲鳴と瓦礫の崩れる情けない音に、アンタは本当に邪神なのか?と萎えそうになる気力をなんとか奮い立たせて、俺は前方の壁に向けて錫杖を構えた。
 まるで計ったようなタイミングで、錫杖を向けると同時に壁から生えた刃が縦横無尽に乱舞する。ワンテンポ遅れて、壁は豆腐のように角切れに分断された。
 そして、壁の向こう側にいたのは――
「て、てめぇは……!」
 黒い風が吹いた。
 一般人なら少し当てられただけで即死するだろう、邪悪な因子を含んだ黒い風――
――いわゆる瘴気ってやつだ。
 退魔師である俺でさえ、背中を数百匹の蛞蝓が這うような怖気を覚える瘴気。それは双子のようにそっくりな、黒いドレス・ユニフォームを着た二人の美青年から放たれているわけじゃない。
 無論、そいつらの背後の暗闇で蠢く、数十人のレッサーバンパイアが発生源なわけもない。
 それは、鏡絵のような二人の美青年――おそらく真性のバンパイアだろう――の間に立つ、下手すれば小学生よりも幼い、可憐な少女から放出されていた。
 まるで絵本から飛び出したような、無邪気で可愛らしい笑顔――
 ――しかし、その瞳はどんな悪魔より邪悪に歪んでいる。
 まるで天上の星々から紡ぎ編んだような、美しく輝くツインテール状に結わえたプラチナブロンドの髪――
 ――しかし、その髪は瘴気に乗って不気味に靡き、亡者を招く死神の手のようだ。
 まるで王侯貴族のお姫様のような、豪奢で華麗なドレス――
 ――しかし、そのドレスの不吉な赤黒さは、明らかに人間の生き血で染められたものだった。
 やばい。
 こいつは本気でまずい。
 魔物が絶対に遭遇したくない相手が退魔師ならば、退魔師が絶対に会いたくない存在の一つが、あの小便臭そうなガキだ。
「……久しぶりだな、“ドミノ”」
 俺は全身全霊をかけて、なんとかその一言を搾り出せた。畜生め。
 『バンパイア・ロード“ドミノ”』――現行最強の吸血鬼の一つだ。

「Mちゃんもおひさしぶり〜! またあえてうれしいな♪」
 まるで天使のように無邪気な笑顔。
 だが、昔から悪魔は天使の姿でやってくると言われている。その一番わかりやすい例がこいつだ。
「こっちは二度と会いたくなかったぜ。また世界を滅亡させるくだらねぇ計画でも立ててんのか」
「うん! だってせかいをほろぼすのは、あくのだいまおうのたしなみだもん」
 ……こんなセリフを真顔で言うから始末に負えねぇ。
「その悪の大魔王サマが、こんな所で野良バンパイアを仕込んでどうするつもりだ」
「??? なんのこと???」
「とぼけんじゃねぇ。さっき俺が退魔したレッサーバンパイアどもの親玉はお前だろう。残念ながら救助は一足遅かったな」
「なにをいってるのかよくわからないけど……ドミノのもくてきは、そこでひっくりかえってめをまわしているじゃしんさんなんだよ。Mちゃんとであったのはぐーぜんぐーぜん」
 にぱーっとロリぺド野郎なら涎を垂らしそうな笑顔で首と両手を振るドミノだが、無論あいつの言葉を鵜呑みにするほど俺はお人好しじゃない。それに一人称で自分の名前を使うのがムカツク。
「……まぁいい。しかし、なぜ邪神を狙う? それがどれほど危険な事かは貴様でも理解できるだろうが」
「さいきょうのきゅうけつそんざいをふっかつさせるのに、そのこがどうしてもひつようなの。それいじょうのことは、おとめのヒミツだよ♪」
 最強の吸血存在を復活? 最強の吸血存在とはS君の事だよな。ボウヤの記憶が失われている事と何か関係があるのか?
「さて、おしゃべりはここまでにしちゃおうね」
 ドミノは、にぱーっと花のような笑みを浮かべた。
 口は耳まで裂けて見えた。
「来やがるか……」
 それが合図のように、壁の奥の暗闇からレッサーバンパイアどもがぞろぞろ涌き出るや、地下室の中でぐるりと円陣を組んだ。無論、その中心に俺がいるわけだが、その間合いはやけに遠い。いわゆるランバージャックマッチの人壁ってやつか。傍から離れているS君の事が少し気になったが、最強の吸血鬼である“星の精”なら、放置しても何も問題無いだろう。
 さて、俺の相手は当然――
「あとでごほうびあげるから、がんばってね」
 腰が抜けそうなくらい緊張感のない声に、左右に控える黒スーツが全く同じタイミングで頷くや、目にも止まらぬスピードで宙を舞い、円陣の中に降り立った。
 ――予想が外れたな。
 まずは御稚児で露払いってわけか。
 俺は錫杖を構え直した。柄の中程を両手で掴み、目元水平に掲げる。一対一でも一対多でもない、一対二で戦う場合の構えだ。
 黒服どもの指先が煌いた。両手の指の爪が50cmほども長く伸びて、物騒な刀剣の類と化す。あの時、壁から生えた刃の正体があれか。
 精神支配の魔力を宿した真紅の邪眼の輝きにくらくらしながらも、俺は真っ直ぐ連中の目を見据えた。対吸血鬼用の防御装備がなかったら、容易く連中に屈服していたかもしれない。それほど強力な邪眼だった。
 こいつらがドミノの寵童ならば、間違いなく相当な力を持った宗教型バンパイアだろう。その戦闘能力はさっき戦ったレッサーバンパイアとは雲泥の差だ。ちと気合入れなきゃな。とりあえず、見た感じではドミノみてぇな厄介な特殊能力を持ってるようには見えないが――

 戦力分析をしている最中、右手側のバンパイアの姿がふっと揺らぎ――視界を銀閃が両断した。
 速い!!
 神速で振り下ろされた爪刃がかろうじて仰け反れた俺の顎先を掠める。間髪入れずに突き出されたもう片方の爪刃は旋回した錫杖と噛み合った。
 耳障りな金属音と黄金色の火花が舞う。
 火花を切り裂き爪刃の追撃が迫った。音速を遥かに超える爪突が目の前に迫る。視界全てが微細な爪先に隠れるほどの至近距離――
 間一髪で身を屈めた。爪刃に髪結いが切り裂かれて、自慢の金髪がばっと宙に広がる。
 煌く長い金髪が目くらましになったのか、千分の一秒ほど棒立ちになった目の前の足首に、すかさず錫杖を叩きつけ――
 !?
 ありえない方向からの爪刃。真横からのそれをなんとか錫杖で受け止める。
 同じ方向からの蹴りは受け止められなかった。
 身体をくの字に曲げて水平に吹き飛ぶ自分の身体を、床に錫杖を突き立てて急停止させる。
 血反吐を吐きながら顔を上げる俺を、二人目の黒スーツの冷笑が迎えた。
 黒袈裟の蹴られた個所からパラパラと針が落ちる。今の一撃で防御魔法を付与した針が十数本駄目になった。これが無かったら俺の腹部は達磨落としよろしく吹っ飛んでいただろう。
 その針が床に落ちるより速く、バンパイアは襲いかかってきた。
 二人、同時に。
 迫り来る爪刃の暴風に、今まで温存していた針を撃ち放つ。慌てて爪刃で防御する黒スーツ。今度は爪刃と針が派手な火花のダンスを踊る。下半身が隙だらけだ。素早く錫杖を繰り出して――
 またもう一匹に邪魔された。
 一瞬体勢の崩れた所に、爪刃の猛攻が迫る。黒袈裟のあちこちを切り裂かれながらも、今度は自分から後ろに飛んで間合いを離し、かろうじて回避する。
 再び最初と同じ状況で向かい合う事になった。だが、どちらが優勢なのかは明らかだ。俺は額に嫌な汗が浮かぶのを自覚した。
 ……まずいなこりゃ。
 一対一ならなんとかなるが、杖術と針だけでこのクラスの吸血鬼を二匹同時に相手するのは、どんな凄腕の退魔師でも自殺行為に近い。このままじゃジリ貧だろう。
「仕方ねぇ……」
 軽い溜息が出た。
 正直、あまり使いたくない『力』なんだが……四の五の言ってる余裕は無いようだ。覚悟を決めるぜ。
 俺は自分という存在を、ほんの少し“ずらした”。
 対峙する黒スーツどもの無表情に、僅かな疑念が浮かぶのがわかる。奴等には、俺の瞳がブルーダイヤモンドから猫のような濁った金色に変貌したのが見えただろう。
 警戒しているのか、今度はじりじりと左右に分かれながらゆっくり接近してくる。それを尻目に、俺は肩担ぎに錫杖を構えて――
「はっ!!」
 気合一閃。目の前の何も無い空間に、退魔剣法の力を宿した錫杖を突き出した。
 刹那――
「ごはぁ!?」
 初めて黒スーツの一匹が鮮血と一緒に苦悶の叫びを漏らした。いい響きだぜ。
 その土手っ腹には大穴が開いて、流れ落ちる赤黒い血と肉片の軌跡を床に残している――それは、俺が錫杖を突き出した地点へと延々続いていた。
 あたかも、錫杖の攻撃を食らったまま、今の位置まで気付かずに移動していたかのように。
 もし、今の戦いをビデオにでも録画して見たなら、俺が錫杖で突いた空間は、ちょうど一分前にあの黒スーツがいた空間と完璧に一致する事に気付く奴もいるかもしれない。
 驚愕と困惑の表情を浮かべたまま、黒スーツはぐらりと崩れ落ち――身体が床に触れるより先にミイラ化して砕け散った。

「……!!」
 明らかに狼狽しながらも、隙の無い素早さでもう一匹の爪刃が迫る。俺はそいつにシニカルな笑みを見せると、さっきと同じように何も無い空間に錫杖を横薙ぎに振り払い、バックステップで間合いを離した。
 今度は何事も起こらずに黒スーツが走り寄る。だが、俺が錫杖を薙ぎ払った地点に到達した瞬間――
「ぐぅ!?」
 右の肺腑が目に見えない鉄棒でぶん殴られたようにひしゃげ、側転するように吹っ飛んだ。円形に撒き散らされる血のアーチが、地下室の床と壁と天井に派手な染みを作るのに満足した俺は、瓦礫に激突した黒スーツのバンパイアに唇を尖らせた。
「おのれぇ……」
 露骨に怒りの感情を爆発させながら、瓦礫の中から起き上がろうとする黒スーツの顔面に数十本の針が突き刺さり――数秒後、青白く炎上しながらの断末魔を永遠に停止させた。
「やれやれ」
 俺は意図的に軽く安堵の溜息を吐いた。数十年ぶりに使った『力』だったが、なんとか飲み込まれずに使えたようだ。
 強大な力を持つ魔物と対抗する為に、武術、魔法、超常能力、武具等の戦闘能力を身に付けなければ成らない退魔師だが、当然ながらその全てを習得できる訳がない。
 魔法の一流派だけでも何千何万もの種類があり、他にも武術や体術だの魔物に対する知識だのマジックアイテムの使い方だの……それら全てを奥義まで完璧にマスターするのは、物理的にも時間的にも不可能だ。
 無論、ある程度はどんなジャンルも習得しなければならないし、『広く浅く』という手段もある。しかし、中途半端な力で戦えるほど魔物は甘い相手じゃない。『他の力は常人に毛の生えた程度であっても、これだけは魔物にも負けない』という、極限まで研ぎ澄まされた一本の牙を持つ者こそが、魔物と戦う資格を持つ。
 そういった事情で、退魔師は自分に向いた能力をいくつか選び、あるいは生まれつき身に付けていた能力を徹底的に鍛えて、己の武器としていく。
 俺の場合は、杖術であり針術であり退魔剣法であり、そして、さっき使った『力』というわけだな。
 この力を俺は『影踏み』と名付けている。具体的には『かつて存在した物、これから存在する物に干渉できる』という能力だ。
 たとえば“一分前”に設定して『影踏み』の力を解放すると、目の前に写真のネガみたいに白黒な“一分前の光景”が広がる。その時、俺自身は一分前の世界からは何の干渉も受けないが、逆にこちらはその世界に干渉できる。わかりやすく言えば人や物をぶん殴れる。で、ぶん殴られた奴は『一分前に殴られていた』事になって、能力解除後の“現在”が修正されるという仕組みだ。最初の黒スーツを仕留めたのが、このやり方というわけ。
 同じように“一分後”に設定して『影踏み』を使えば、一分後の世界が目の前に展開して――後は細かく説明する必要ねぇか。二人目の黒スーツは、『数秒後に攻撃を受ける』のが決定されたという事だ。
 こうして言うと無敵の能力に思えるかもしれないが、もちろん世の中そんなに甘くねぇ。能力使用中は“現在”からは完全に無防備状態だし、干渉できる時間帯も、使用した瞬間から前後一時間までと限定されている。傍目には、何も無い所に向かって一人芝居してる危ない奴にしか見えないし……
 何より、この力を使うと俺の身体は――
「あ、あのぅ……まだ敵がいるのですから、目の前で自分の能力をベラベラ喋るのはやめた方がいいのでは……」
「男だったら野暮なツッコミしない!!」
「ひゃぁい!!」
 後ろの瓦礫からボソボソと突っ込み入れてくれやがったS君は、俺の一喝で慌てて瓦礫の中に身を縮めた。
 ……さて、そうなると次の相手は当然――

 ぱちぱちぱちぱちぱち

 緊張感の無い気の抜けた拍手……案の定、“そいつ”のものだった。
 ――バンパイアロード“ドミノ”――
「すごいすごーい! やっぱりMちゃんはたのしませてくれるねぇ」
 心底嬉しそうに笑いながら、ドミノのクソガキは俺に両手を広げて見せた。その小さな指の間には、キラキラ輝くガラスの球体――ごく普通のビー玉が挟まれている……
……って、やべぇ!!
 俺は飛燕と化してドミノの元へ突撃した。
 あのロリペド嬢ちゃんが、現行最強の吸血鬼の一人と称されているのは伊達じゃねぇ。魔力も身体能力も異能力も、全てが通常の吸血鬼を桁外れに上回っているだけではなく、宗教型吸血鬼ならではのとんでもなく厄介な能力がある。
 死なないのだ。
 いや、吸血鬼はすべからく不死身なんだが、こいつはレベルが違う。肉体を原子核一つ残さず消滅させようが、精神や魂を概念レベルで滅ぼそうが、あらゆる方法で封印しようが、異世界に追放しようが、歴史改変で存在そのものを否定しようが、どんな手段を使って倒しても、次の瞬間には俺達を嘲笑うかのように五体満足な姿を見せ付けやがるんだ。
 こいつも宗教型吸血鬼なのだから、関与する宗教に基いた滅ぼし方があるって理屈はわかるんだが、世界中の退魔師があらゆる手段を尽くしても、ドミノを吸血鬼化させた宗教はわからなかった。もうとっくに世の中の記憶から忘れられたドマイナーな宗教という可能性もあるが、あれほど強力な吸血鬼を生み出すには、かなり強大な力を持った神か悪魔が関与してる筈だから、誰も知らないのは不自然なんだよなぁ……
 だが、俺をこうして必死にさせているのは、あのクソ吸血鬼の不死身っぷりではなく、奥の手とも言える“能力”だ。
 俺の『影踏み』と同じく、ドミノにも固有の特殊能力がある。
 その名は『チャイナ・バタフライ』。
 それを使われたら――
「――終わりだ畜生め!!」
 30mの距離をコンマ数秒で縮めながら、俺は渾身の力を込めて針を噴出した。
 ドミノの小さな身体に数千万本の針が突き刺さる。
 ほぼ同時に込められた魔力が開放される。
 幼いバンパイア・ロードの肉体は、素粒子一粒残さず消滅した。
 ……一個のビー玉を摘んだ右手首から先を除いて。
「しまっ――」
 ――た。そう考えるより先に右手を針で粉砕する。
 遅かった。
 指先から零れ落ちたビー玉が、キラキラ煌きながら床に落ちて、散らばる瓦礫の隙間に転がっていった。
 それを追撃しようとする俺の目の前に、
「ざんねんでした〜♪」
 無邪気に嘲笑う、傷一つ無いドミノの姿が。
 腹部に衝撃が走った――そう気付いたのは瓦礫の山に吹っ飛ばされた後だった。
 ドミノは悪戯っぽく俺の腹を指先で突付いただけなのだろう。だから瓦礫の山に突っ込む程度で済んだ。本気で奴に殴られたら、誇張抜きで月まで吹っ飛ばされた筈だ。ちくしょう、遊んでやがる。

 俺は瓦礫を跳ね飛ばしながら起きあがり、あのクソガキに今度こそ痛打を食らわせてやろうと――

 かちん ぱたん ころん

 全身が総毛立つのがわかった。
 前方の床から、左右の壁の中から、崩れかけた天井から、背後の瓦礫の山から、小さな、本当に小さな音が四方八方から響いてくる。
 何かにぶつかるような。何かを倒すような。何かを落とすような。何かが転がるような。

 かちん ぱたん ころん

 俺はドミノの事も忘れて、錫杖を構えながら辺りをキョロキョロ見回した。
 ――『チャイナ・バタフライ』――
 すでに発動していたのか!?
 何時来る? 何処から来る? 何が来る?
 俺にどんな“結果”がやってくる――?
 地下鉄だった。
 いや、冗談じゃない。
 正真正銘の地下鉄の車両が、何の前触れもなく壁を突き破って出現し、レッサーバンパイアどもをまきこみながら反応する間もなく突っ込んできたんだ。俺は瓦礫ごと容赦無く跳ね飛ばされて、壁にクレーターを作らんばかりに叩きつけられた。全身の骨がバラバラになりそうな衝撃と激痛に、一瞬気が遠くなった所に――さっきの電車がそのまま突撃してくれやがった。
「……………………」
 もう、呻き声も出せねぇ。
 壁に激突してようやく停車した電車の運転席の中で、俺は周囲の瓦礫とそう変わらない姿で転がっていた。壁と電車にプレスされる寸前、何とかフロントガラスを突き破って運転席に飛び込めたはいいが……無茶苦茶なダメージを受けた事には変わりない。
「くそっ……たれめ」
 錫杖を支えに気力だけで無理矢理立ちあがる。
全身の骨がバラバラというのは、あながち形容表現じゃなさそうだった。
 ぴちゃり
「……っと」
 危うく足元を滑らせかけて――そこで初めて、俺は車両の床が真っ赤な絵の具をぶちまけたみたいに、血の海と化している事に気付いた。
 あまり形容したくない惨姿で、少なくとも俺に確認できる範囲では、地下鉄の乗客乗員は全員死亡していた。
 おそらく、この地下室の近くに地下鉄が走っていて、それが何らかの理由で脱線事故を起こし、俺目掛けて突っ込んで来たんだろう。
 そう、これは『不運な事故』だ。誰が悪いという問題ではない。
 その際、どこかの魔術師が落としたらしい『隠形』と『物理防御無効化』の術が施された呪符が、たまたま地下鉄の車体に貼り付いていたのも『単なる偶然』だろう。おかげで俺は地下鉄アタックをまともに食らう事になったわけだ。
 だが――

 かちん ぱたん ころん

 よろめきながら地下鉄の扉をこじ開けた俺の周囲には、まだ例の音が響いていた。
 ちくしょう。まだ終わってねぇのか。
 俺は無駄と思いつつも、しつこく錫杖を構え直した。
 次はどんな『結果』が訪れる!?

 今度は天井――に見えた。
 今の衝撃がとどめになったのか、崩壊した天井の塊が巨大な鉄筋コンクリート片と化して俺の頭上に落下する。その場から素早く飛び退こうとして――『偶然にも』逃げようとした全ての場所に、絶対に避けられないタイミングで天井の破片が落下しようとしているのを知って、俺は愕然とした。御丁寧にもさっき降りたタイミングで先に落ちた瓦礫が地下鉄を押し潰して、中に逃げ込むのも不可能ときたもんだ。
 逃げ場は無い。ならば受けるしかない。
 錫杖を垂直に立てて、素早くその場にしゃがむ。
 魔力付与した特殊合金で練成されたこの錫杖なら、数百トンの衝撃にも耐える事が可能だ。数瞬後、予想通りに巨大な天井の塊は錫杖に突き刺さり、自らの落下衝撃で無害な大きさまで砕け散った。
 だが、その中に埋まっていた鋼鉄性のワイヤーロープの存在は予想外だった。
「ぐっ!?」
 鋼のムチにしたたかに全身を叩きのめされた俺は、軽く10mは吹っ飛び、再び壁に叩きつけられた。
 そこに『偶然にも』落下した天井補強用建材の鉄棒十数本が、反応もできない速度で降り注ぐ。慌てて振り回す錫杖をすり抜けて、鉄棒の束がモロに直撃した。
 もちろん、ただの鉄の棒では、防御魔法を付与した針を埋め込んである黒袈裟は貫けない。
 だが、鉄棒に『たまたま』防御を無効化する術を付与した魔法の鎖飾りが絡み付いていたなら話は別だ。
 ぐぁああああ――!!
 全身を捻じ曲がった鉄の棒が貫く灼熱の激痛に、俺は情けない声で叫んだ。心の中で。
「うわぁ〜こんちゅうさいしゅうみたいだね〜」
 笑顔で拍手してくれやがるドミノのクソガキの言う通り、手足や身体を串刺しにした鉄棒同士が変な具合に絡まって、俺は身動き一つ取れなかった。
 万事休す。
 これがドミノの望んだ『結果』か。
 そう、今までの理不尽な『偶然』は、ドミノの能力『チャイナ・バタフライ』がもたらしたものだった。
 理屈はこうだ。
 ドミノが床に落としたビー玉。転がったそれが何か棒に当たり、その衝撃で倒れた棒がガラスを割って、破片を通行人が踏み、痛みでよろけた先に自動車が迫り、慌ててハンドルを切った先にはガソリンスタンドが――という風に、ドミノのビー玉が様々な偶然の連鎖を生んで、些細な原因が想像を絶する結果を作る。それも必ず『ドミノが望んだ結果』をだ。それがどんな理不尽で不可能なものであっても……
 『自分のアクションが、必ず自分の望む結果となって返ってくる』――それが『チャイナ・バタフライ』という能力。
 効果そのものは運命改変系や因果律操作系の術としては、比較的ポピュラーなものなんだが、何せ使い手が最強の吸血鬼だ。一度発動すれば絶対に止める事は不可能――
――というより、妨害しようとする行為そのものが偶然の連鎖に組みこまれちまう。欲しい物は必ず手に入り、殺したい相手はどんな相手だろうと必ず殺せる。理論上、不可能な事は何も無いという無茶苦茶な能力だ。
 まぁ、術の性質上、発動から結果が出るまでタイムラグがあるという弱点はある。望んだ結果があまりに不可能過ぎるものなら、願いがかなうまでに数百年かかる事もザラらしい。その間に術者をブチ殺せば、発動をキャンセルさせることも可能だ。
 ……あいつが不死身でなけりゃ、その方法も取れるんだけどな……

「わざわざドミノのちからのかいせつありがとね。それがなんのいみがあるのかよくわからないけど……」
 どこか呆れた様子で、ドミノが手を差し伸ばした。今度はビー玉を指弾の形で向けている。単なるビー玉弾きも、ドミノの手にかかれば亜音速どころか亜光速に達して、一発で島一つ蒸発させる破壊兵器と化す。やべ、どうやら完全に止めを刺す気らしい。
「それじゃあ、バイバーイ♪」
 ガキが遊び仲間に挨拶するようなフレンドリーな口調で、ドミノは別れの言葉と指弾を放った。
 ――が、
「なめんじゃねぇぞクソガキ!!」
 気合を入れると同時に、俺の身体を完全に拘束してた鉄棒は見えない手で払いのけたように吹き飛んだ。
「え?」
 間髪入れずに、衝撃波を纏いながら迫り来る死のビー玉に『ベクトル反転』の術を込めた針を放つ。
「きゃあ」
 180度方向を変えた亜光速のビー玉を、しかしあっさりとドミノは指で挟み止めやがった。衝撃波で後方の瓦礫とレッサーバンパイアどもがミンチと化して吹き飛ぶが、不思議な事に本人はドレスの裾一つ乱れない。
「あれれ〜? どうやってあそこからだいだっしゅつできたの??? あ、そっかぁ。れいの『影踏み』であらかじめてつぼうをはらいのけていたんだね〜」
「一方的に結論出すんじゃねぇ。そろそろ決着つけるぜ」
 金色に濁った瞳で睨みつけても、相変わらずドミノは余裕の態度を崩さない。ちくしょうめ。
「うん、そうだよね。さっきとどめをさそうとしてしっぱいしちゃったから、ドミノかっこわるいよね。たーげっともかくほできたし、そろそろたいさんしようかな」
「ターゲットを確保? てめぇ、今更何を言ってやが――」
「た、た、た、助けてくださぁい」
 後ろからのあまりに情けない悲鳴に、俺はずるっと転びかけた。
 恐る恐る振り向くと、世界最大最強最高の吸血鬼“星の精”が、単なるレッサーバンパイアに後ろ手に捕らえられて半泣きになっているという、悪夢的な光景が有りやがった。
「……って、オイ!! 何やってんだぁぁぁ!!! お前は究極の吸血鬼だろうがぁぁぁ!!! なにあっさり捕まってるんだぁぁぁ!!!」
「そんなこと言われましても……痛い痛たたたぁ」
 トホホ……本気で痛がってるよ、オイ。演技でも冗談でもなく、マジで捕まってる……邪神がだぜ。
 俺は天を仰いだ。崩れかけたボロボロの天井は、今の心境を写す鏡みたいだ。
 対照的な表情で、ドミノがこちらに指を突きつける。今度はそこにビー玉は無かった。
「えっとね、これいじょうてーこーすると“星の精”ちゃんにヒドイことしちゃうよ? おとなしくこーふくしてね」
「はぁ?」
 思わず間抜けな声が出た。
 俺とは何の関係もない奴を人質にとってどうすんだ。そもそも退魔師相手に邪神を人質にする行為自体、矛盾を通り越して理不尽過ぎるだろ。
「馬鹿か、お前」
 思わず口に出た言葉にも、ドミノの余裕は崩れない。
「どうせドミノはおばかだもん。それに、Mちゃんにはこういうきょうはくがゆうこうだもんね」
 突き出された指がパチリと鳴ると、
「いたたたたたた!! 痛い! 痛い! や、やめてぇ……!!」
 女でもここまでか弱い声は出さねーぞって感じの、S君の情けなさ過ぎる悲鳴が陰鬱に響いた。

 ……ちっ。
 俺は錫杖を無造作に放り投げた。
 足元に転がってきたそれを拾い上げて、ドミノの笑顔が深くなる。
「やっぱりね。ふつうのたいましさんによくきくおどしはMちゃんにはぜんぜんつうようしないのに、ふつうのたいましさんならぜったいにきかないおどしが、Mちゃんにはこうかてきなんだよね♪」
 うるせえ。
 生理痛二日目の女みたいな顔で棒立ちになった俺の両手両足を、いつのまにか忍び寄っていたレッサーバンパイアどもががっしりと押さえ付けた。御丁寧に顎まで指で掴まれて、十八番の針も使えない。
 今度こそ、本当の万事休すだ。
 ……ん?
 あれ?
 何か俺、間違っているような……
 頭の片隅に浮かんだ疑念を余所に、ドミノの体がふわりと宙に浮くや、俺の頭上を飛び越えて、捕まってるS君の傍に降り立った。いや、頭を固定されて後ろが見えないから推測だが。
「それじゃあ、そろそろドミノはバイバイするよ。“星の精”ちゃんもきちんとつれていくからあんしんしてね♪」
 安心できるか。
「Sく……“星の精”をどうする気だ?」
「さっきもいったでしょ。おとめのヒミツだよ」
「……一応聞いておくが、俺はどうする気だ?」
「それは、そのこたちにきいたほうがいいとおもうよ」
 周囲に群がるレッサーバンパイアどもが、一斉に下卑た笑い声を上げた。なるほど、そういう事か。
「いちおういっておくけど、そのこたちにていこうしたりさからったりしたら、すぐに“星の精”ちゃんにひどいことしちゃからね。それじゃあ、こんどこそほんとうにバイバーイ♪ たっぷりたのしんでねぇ♪」
「え、Mさぁぁぁぁん……」
 俺の身を案じているのか自分の境遇を心配してるのか微妙なS君の悲鳴が、ドミノの笑い声と一緒に遠ざかり、消えていった。
 やれやれだぜ。俺は心の中で軽く肩をすくめた。人間、絶望的過ぎる状況だと、かえって気が静まるもんだな。
 ぞわり
「――!」
 突然、首筋に悪寒が走った。
「へへへ……分かってるだろうが、優しくして欲しけりゃ逆らうんじゃねぇぞ」
 俺のうなじに舌を這わせた男が、下卑た顔に相応しい下卑た台詞を吐いた。どうやらこいつがレッサーバンパイアどものリーダー役らしい。
「…………」
「愛想のねえ奴だな。まあいい、勝手に楽しませてもらうぜ」
 汚らしい爪が黒袈裟の胸元にかかり、一気に引き千切られた。まるで内側から弾けるように、100cmを超える自慢のバストがぶるんっとまろびでる。先刻までの戦いで上気していた身体は、白い乳房を湯気立つように火照らせていた。普段はピンク色で小さ目の乳首も、乳輪がぷっくりふくらんで乳頭が痛いくらい勃起しているのがわかる。くそっ、これじゃ興奮してるみたいじゃねぇか。

 周りから下品な声と口笛が重なり合った。
「うひょっ! すげぇオッパイだなぁ……さっきから、戦いの中ブルンブルン揺れまくるこいつにむしゃぶりつきたくて堪らなかったぜ」
「こんな極上のパツキン女が何で闇高野退魔師なんかやってんだ? 見ろよこのいやらしい身体……トップモデルか高級娼婦の方がお似合いだよな」
「ドミノ様も気が利いてるぜ。この美人を好きにしてかまわないなんてよ」
「どうせすぐズタボロにしちまうだろうけどな」
「ひひひ……死体になっても可愛がってやるぜ」
 ……どうしてこういう時、男どもは同じようなセリフしか言えないんだろうな。どうせ輪姦されるなら、もうちょっと気の聞いた言葉を聞きたいもんだ。女にゃムードってものがあるんだよ。
 そんな事を考えている内に、我慢できなくなったらしいレッサーバンパイアの一人が、掴みかかるように乳房に指を食い込ませてきて、
「――っぎゃああああああ!?」
 たちまちそこから手を離して絶叫を上げた。
「て、て、手が、手がぁ……!!」
 その手の平にはびっしりと数千本の針が刺さっていて、まるで銀色の手袋をはめたように見える。どうやら、先にそっちの方がズタボロになったみたいだな。
「て、てめぇ!! 逆らったらどうなるか分かって――」
「俺は何もしてねぇぜ。あんた等が勝手に自爆したんだろ」
 軽く肩をすくめながら、俺は片目を瞑って見せた。
「と、とにかくさっさと武装解除しやがれ!! 今後俺達を傷付けるような事があったら、問答無用で抵抗したと見なすからな!!」
「へいへい」
 俺はレッサーバンパイアの手を振り解くと、地下室の真ん中辺りに移動して、床を見ながら喉の奥に指を突っ込んだ。
 銀色の奔流が溢れ出る。
 体内に収納していた『針』は、ザラザラと音を立てながら床に小山を作り始めた。
「お、おい……」
「なんだありゃあ!?」
 その針の山がどんどん大きくなっていくにつれて、レッサーバンパイアどものざわめきも大きくなっていった。たまに長さが2mを超える針や、太さが丸太ほどもある針を吐き出すと、驚愕の声はいっそう強くなった。
 三十分後――
 ちょっとした体育館ほどもある部屋の三分の二以上が天井まで針の山で埋め尽くされた頃には、しかしレッサーバンパイアどもは声一つ漏らせないでいた。
「……終わったぜ」
 最後に奥歯に挟まった針をぷっと吹き出して、全ての武器を失った俺は、二日酔いの酔っ払いみたいな気分で両手を上げた。
「お、おう」
 困惑していたレッサーバンパイアどもが、再び俺の周りを取り囲む。

「まずは服を全部脱げ。これ以上何か隠されてちゃたまらねぇからな」
 そういう事は、胸元を破く前に言って欲しかったぜ。一張羅が台無しじゃねぇか。
 半ばやけっぱちになりながら黒袈裟を脱ぎ捨てると、また下品な歓声が上がった。
「へえ、乳がバカでかいからもっと肥えてると思ったが、ずいぶん腰も脚も細いじゃねぇか」
「尻と太ももは油が乗ってて美味そうだけどな」
「マン毛もパツキンなんだな……へへへ、ずいぶん濃いねぇ」
 だから、ありがちな三文台詞ばかり吐いてんじゃねぇ。犯るならとっとと始めろってんだ。あとヘアが濃くて悪かったな。ここ数十年御無沙汰だから処理してないんだよ。くそったれ。
 俺の毒付きが顔に出たわけじゃないだろうが、それからの責めは迅速だった。
「膝をつけ」
 言われた通りにすると同時に、目の前にぬっと“それ”が突き出された。
 湯気を立てながらビクンビクンと脈打つ、血管の浮き出た赤黒い肉棒――長さ20cmを超えそうな勃起したペニスが、俺の閉じた唇に押し当てられた。
 ツンと鼻に突く『男』そのものの獣臭に、身体の中で何かが疼くのを感じる。
「しゃぶれ」
 その一言が終わるより先に、俺は唾液に塗れた舌を這わせた。
 熱い。
 舌先に広がる垢の苦味と汗の塩味。
 グミみたいに弾力のある亀頭を舐め回し、先端の割れ目を舌先でこじ開ける。灼熱した鉄棒のようなシャフトにキスしながら、ハーモニカを吹くように唇を往復させる。裏筋を舌で撫でながら頬擦りして、玉袋をそっと口に含む――数十年ぶりのフェラチオは、それが日常であったかのようにすんなり実行できた。
「うおおぉぉ……う、うめぇ……」
「お、俺もだ!」
「早くしろ!!」
 マヌケな恍惚の表情を浮かべる吸血鬼の左右から目の前に突き出された、勃起したペニスの数々――それが自分の身体を蹂躙するという、確信に近い想像に、心臓が一際大きく鼓動する。俺は自分でも意識する事無く、自然に左右の手で肉棒を捉えていた。灼熱した鉄棒のように固く熱いペニスが、掌の中でビクンビクンと脈動しているのがわかる。時には速く、時には遅く、綿のように優しく、握り潰すように強く、指を絡めて、掌で撫で、シャフトを擦り、亀頭をくすぐり……自分の知るあらゆるテクニックを駆使して、俺は左右のペニスをしごき――
「――んぶっ!?」
 むせかえりそうになった。
 ペニスに舌を這わせていた男が我慢できなくなったらしく、いきなりイラマチオを仕掛けてきやがった。髪を乱雑に掴まれて激しく頭を揺さぶられる度に、口の中一杯に詰まった灼熱の肉棒が喉の奥まで蹂躙する。
「んぐっ……んぐぅぅ!……うふぅぅぅ……!」
「ひゃはあっ! さ、最高だぜこいつの口は!!」
 喉を突かれる吐き気と、カウパーの苦味。呼吸すらできないペニスの圧迫感に、頭の中が真っ白になって――俺はより激しく両手の肉棒に奉仕した。
「うほぉ!」
「こ、こいつ……」
「へへへ、だいぶ気が乗ってきたみてぇだな」
「はむぅ…んぐぅ!……じゅるっ…んぅふうぅぅ!!」
「そら、たっぷり味わいな!!」

 射精は三人同時だった。
 こってりとしたザーメンが口一杯に広がる。直接喉の奥に発射された精液は有無を許さず嚥下を強要し、喉を鳴らしてそれを飲み込んだ。この食道を伝うザーメンの感触は、自分が男達の“性処理の玩具”として使われている事を、何よりも明確に教えてくれる。飲みきれなかったザーメンが口の端から零れ落ちるが、それを気にする必要はなかった。左右の手から射精された白濁液が、びちゃりと顔にへばり付いたからだ。間欠泉のように断続的に吹き出す汚濁が、容赦無く顔を、髪を、鎖骨を、胸元を汚していく。
 信じられないほど大量のザーメンが、俺を中と外から蹂躙していった。
「ふひゃあ……す、すげぇぜこの女……」
「俺様がこんなに早くイっちまうとは……」
「ど、どけっ!!」
「出したらさっさと交替しろよ!!」
 まだ恍惚の表情でビクビク肉棒を震わせてる男達を、周囲の連中が荒々しく引き剥がした。
「んぐうぅ……」
 息を吐く間もなく、新たなペニスが咥内に挿入されて、両手にペニスを握らされる。それどころか、待ちきれなくなった奴等が後ろから腋の下にまで肉棒を挟み込み、髪の毛にペニスを絡めてオナニーを始める始末だ。
 身体中余す所なく、汚らわしい男のシンボルで汚されていく――それを実感する度に、しかし下腹の奥が熱くなるのを感じた。今すぐ舌を噛み切りたい屈辱の中に……紛れも無い恍惚感が――
「んぷはぁうっ!!」
 いきなりの衝撃に、思わずペニスを吐き出して喘いでしまった。
「オラ、しっかり咥えろ!!」
 再び乱雑に喉の奥まで固い肉棒が突き刺さるが、それを気にしてる余裕は無かった。
 ……ぺちゃ……ぴちゃ……くちゅ……じゅるぅ……
 いつのまにか、小柄な吸血鬼が中腰で膝立つ俺の股を開いて、アソコにむしゃぶりついていたんだ。爬虫類を思わせる長い舌がヴァギナをほじくり、秘唇を舐め回し、クリトリスを撫でると、股間から脳天にかけて稲妻のような快感が走った。
「オイオイ、舐める前からグショグショになってるじゃねぇか。チンポしゃぶって感じたのか?」
「ひゃはははは!! とんだ淫売だぜ!!」
 う、うるせぇ。こっちには事情があるのよ。
 心の中で悪態を吐きながら、俺は十数発目のザーメンをごくりと飲み込んだ。
 本来、女にとってセックスは精神状態が大きな意味を持つのは言うまでもない。心が“その気”にならなければ、たとえ世界一の美男子が最高のテクニックで愛撫しても、乳首は1ミリも立たずに、股は干上がったままだ。レイプされても感じる女なんて、男の妄想の世界にしか存在しない――本来は。
 しかし、薬や魔法の力で強制的に性欲を高められているのなら話は別だ。
 俺が使うのを避けたかった力――“影踏み”の副作用が『これ』だった。一度でも“影踏み”を使うと、その後は回数にもよるが数時間から数日は、ナメクジが身体を這うだけでイっちまうほど性感帯が敏感になって、精神状態も淫乱症の患者顔負けの色情狂になっちまうんだ。それでいて理性は残っているから、こうして屈辱に身を震わせながらも、自分から男を受け入れるしかなくなる。
 しかし、強力な能力には代償が必要だってのは分かるんだが、どうしてよりによってこんな副作用なんだ? なにかの陰謀を感じるぜ……ひゃうんっ!?

「ひゃふぅんっ!?」
「何さっきからチンポ咥えたままブツブツ呟いてんだ?」
「かまわねぇで犯っちまえ。まだまだ後はつかえてるんだからよ」
 ……ぅう…ち、ちょっとイっちゃった……股間に顔を埋めた吸血鬼がヴァギナに舌を差し入れたと同時に、愛撫もなしでアナルに舌を入れてきたんだ……ってやぁん!! し、舌をそんな奥に……うう動かしちゃ……やめろ…だめぇ!!
「んふうぅぅぅ!! んひゃあぁはぅうっ!! あはぁあんぐぅぅぅ……」
「へへへ、いい反応いい反応」
「そんなに入れて欲しかったのかよ。じゃあ早速……」
 やあぁ……す、少し休ませて……はあぐぅ!!
 当然、そんな願いが叶えられるわけなかった。
 子供の腕ほどもある勃起した肉棒が、一気に根元までヴァギナとアナルに突き刺さったのを、絶頂の陶酔の中で感じられた。呼吸が止まるような一瞬のオルガスムス――続けて騎乗位と後背位を組み合わせたような体位で、容赦のないピストンが内側から蹂躙する。下腹部が爆発するような凄まじい快楽の嵐――
「あぐぅぅっ!!……んんんっっ!! きゃあうっ!!」
「うおっ……すんなり受け入れやがった。相当使いこんでるな、こりゃ」
「す、すげぇ締め付けだ……こいつは大当たりだぞ」
「んはぁあああんぐぅぅぅぅぅぅ……!!!」
 子宮が壊れちゃう……!! お尻が熱いぃ……!!
 だ、だめぇ……気持ちいい!! おちんちんが身体の中をグチュグチュにかき回して……溺れそうなくらいザーメンを注がれて……あはは……右を向いても左を向いても美味しそうなおちんちんがいっぱいで……もっと!! もっと気持ち良くしてぇ!! 何でも飲んであげるから……いっぱい気持ち良くさせてあげるから……どんな事をしてもいいから……!! だからあたしの身体をめちゃくちゃに犯してぇ!!! んきゃあぁああああっっっ!!!
「んきゃあぁああああっっっ!!!」
 いままでで一番の快楽が爆発したのは、次の瞬間でしたぁ……バックからお尻を犯す男のひとが、あたしのおっぱいを『ぎゅううう』って握りしめたの……だめぇ!! それダメぇ!! さっきおっぱいを触った男の人の手を針千本にしたのは、もうおっぱいを苛められないようにするためだったのにぃ……!!
 男の人の射精の数十倍の気持ち良さが、あたしのおっぱいから吹きだしました。
「うわっ!? 見ろよコイツ、母乳出したぜ!!」
「やけにバカでかい乳だと思ったら、本物のミルクタンクだったのかよ」
「すげぇ勢いだな。まるで噴水だぜ」
 もうあたしの頭の中は真っ白で、なにも聞こえませぇん……やだぁ…こんな副作用やだよぉ……おっぱいが吹きだすと、とってもとってもきもちよくて、ザーメンとまざりあってあたしのからだが真っ白ぐちょぐちょで、おちんちんが前から後ろからみぎからひだりから上からしたからあたしをぐちゃぐちゃにして――
「ぁあああぁあああああああぁぁああぁああああ――!!!」

 ……それから十数時間、俺は徹底的に犯された。俺の身体に吸血鬼達のペニスやザーメンが触れなかった場所はなく、完全に肉欲の虜となった俺は、奴等の求めるどんな変態的なプレイも喜んで受け入れた。吸血鬼どもの情欲は止まる事を知らず、一人が果てても新たな男がペニスを突き入れ、順番が一巡する頃には最初の男はもう怒張が回復していた。終わる事のない陵辱の無限連鎖――
(やれやれ……)
 そうして四つん這いの姿勢でバックから犯されながら、俺の心の奥底に残った最後の理性が軽く溜息を吐いた。
 ろくでもない人生だったが、よりによってこんな最期を迎える羽目になるとは……ついてないぜ。
 どうやら俺もこれでオシマイらしい。退魔師なんてヤクザな仕事してりゃ、いつでも死ぬ覚悟が必要だって理屈はわかるが、のんびり引退生活していた所を無理矢理担ぎ出されてこの始末じゃ、愚痴の一つも出るってもんだ。
 ……せめて、あいつの傍でくたばりたかったわねぇ……
 あ、ついでにS君を助けられなかった事も後悔しておこう。一応。

 ――本当に、そんな終わり方でいいのですか?

(いいも何も、死に方を選べるなら誰も苦労はしないさ。運命の女神ってのは性悪女だと決まってるらしいぜ)

 ――死に方を選ぶのとはまた別ですが、今の貴方は分岐点にいるじゃないですか

(……何の話だ?)

 ――そうして“人間”として死ぬか。それとも“本当の貴方”に戻って生きるか

(…………)

 ――貴方はとうに気付いている筈だ。自分という存在が、たかが吸血鬼ごときに責め殺される程度ではないと言う事を

 ――貴方はとうに知っている筈だ。闇の中をさまよい、土くれを掘り返し、物言わぬ“それ”を引き摺り出して、恋人のように抱きかかえ、口いっぱいにかぶりつく愉悦を

(そうしたいのは山々なんだが、俺は“それ”が無けりゃ脆弱な人間の身体って奴に妥協しなきゃならねぇんだ。諦めるしかないのさ)

 ――あるじゃないですか。“それ”なら、ほら、目の前に

(……いや、ちょっと待て……俺は誰と話している? お前は何者だ!?)

 ――さあ、今、ここで、その一歩を踏み出すのです

 そして、俺は、目の前に横たわる、“それ”を、見つけた。

「ふへへへへ……まぁだまだだ。てめぇがくたばるまで犯し抜いてやるぜ」
 俺の尻に腰を叩きつけながら、下卑た笑いを漏らす吸血鬼の台詞を、しかし俺はほとんど聞いていなかった。

 ぴちゃ くちゃ かりっ

 目の前に横たわる男の股間に、むしゃぶりつくのが忙しかったからだ。

 ずるっ にちゃ がりっ

「へっ、まだまだ元気そうじゃねぇか。そいつが終わったら、今度は俺のモノを――」

 ぺちゃ ずずっ ばりっ

 吸血鬼の笑い声が止まった。
 どうやら気付いたらしい。
 横たわる男がついさっきまで“この地下室には存在しなかった”という事を。
 そして、その男が生ける死者“吸血鬼”ではなく、死後数日が経過した人間の“死体”である事を。

 むしゃ くっちゃ ごくん

 どうやら気付いたらしい。
 死体の下腹部が食い尽くされて、ぐちゃぐちゃな赤黒い水溜りと化している事を――

 ばり ぼり ごくり

「て、て、てめぇ!! 何してやがる!?」
 五月蝿ぇな。
 食事中だ。静かにしろ。
 俺はゆっくりと振り向いて、驚愕に顔を歪ませた吸血鬼を睨みつけた。
 千切れた腸をくわえながら。
「ななな、なに食ってんだ!! てめ――」

 ばくん

 男の叫び声は永遠に停止した。
 かつて吸血鬼だった男の身体は、その上半身が巨大な獣の顎に食い千切られたかのように消滅し、うじゃけた切断面から噴水のように濁った血を吹き上げていた。俺のケツを犯す下半身だけが、まだカクカク動いているのが妙にシュールだ。
「「「――ッ!?!?」」」
 この異常事態に、さっきまで俺の身体を貪っていた吸血鬼どもが、絶句しながら身構える。俺はそいつらを完全に無視して、食事を再開した。

 一噛み毎に、自分の肉体が存在概念レベルで変貌していく。

 ぴちゃ くちゃ かりっ

 西洋人特有の白い肌は、死者のそれに等しい褐色に――

 ずるっ にちゃ がりっ

 南国の海のような青い瞳は、不吉に濁った金色に――

 ぺちゃ ずずっ ばりっ

 綺麗に切り揃えられた爪は、猛禽のような鉤爪に――
 白く輝く歯は、鋭い肉食獣の牙に――

 むしゃ くっちゃ ごくん

 形の良い耳は、狼を思わせる巨大な犬の耳に――
 流れるような金髪は、漆黒のざんばら髪と化して背筋に走る鬣(たてがみ)と一体化し――

 ばり ぼり ごくり

 最後に、一本の長く毛並の良い犬科の尻尾が生えて、俺の変身は完了した。
 いや――『本当の姿に戻った』というのが正解か。

 ……ごくん

 死体の最後の一欠けらを飲みこんだ俺は、ゆっくりを身体を起こした。
 四つん這いで。四足獣のように。
「こ、こいつは……人狼(ワーウルフ)だったのかよ!?」
 震える声で呟いた吸血鬼の台詞を、隣の奴が訂正する。恐らく、奴の吸血鬼人生の中でも最も訂正したくなかった事実だろう。
「ち、ち、違う……人狼じゃねぇ……まさか……あいつは!!」
 それは声というより絶叫だった。
「“食屍鬼(グール)”!! 邪神の眷属か!!」
 地鳴りに聞こえるほどの動揺と恐怖が、半壊した地下室に絶望の轟きを起こした。

 へぇ、知ってる奴がいるのか。なら話は早い。
 俺は、恐怖のあまり震えるのも忘れ、石のように硬直している吸血鬼どもをぐるりと見回して、
『バンパイア――死者の王か……美味そうだな』
 笑って見せた。邪神の笑みを。
 次の瞬間、地下室を混沌の嵐が吹き荒れた。
 泣き叫びながら逃げ出す者。恐怖のあまり失神する者。恐慌状態になって突っ込んでくる者。完全に精神が壊れて笑い狂う者……やれやれだ。
 俺は軽く肩をすくめた。
 いくら俺が邪神の一員とはいえ、こうして本当の姿を見られただけで、あんな態度を取られると乙女心が傷付くぜ。ずっと昔、薄暗い墓地で陰気な仲間達と死体を漁っていた頃、その姿を見た人間と同じ反応しやがって。
 それなら、“食屍鬼”らしい姿をこいつらにも見せてやらなくちゃな。
 俺はゆっくりを口を開いた――

 ばくん

 逃げ惑う吸血鬼の一団が消滅した。

 ばくん

 襲いかかる吸血鬼が食い千切られた。

 ばくん

 無抵抗な吸血鬼も、のた打ち回る吸血鬼も、発狂した吸血鬼も、俺を陵辱してくれた全ての吸血鬼は、この場から一歩も動かずにいる俺に、髪の毛一本残さずに食い尽くされた。
 そうだ。死者を食らうのが“食屍鬼”の本質なのだ。

 もぐもぐ……ごくん

 ……ふぅ。
 軽いゲップを飲み込んで、俺は崩れかけた天井を仰いだ。
 やっちまったな。
 この姿だけは、たとえ自分が殺される事になっても絶対に戻ってはならない筈だったのに。
 この場で犯し殺されるのは免れたが、別の死神の契約書にサインをしちまったわけだ。
 まぁ、なってしまったものは仕方がない。今回食った死体の量では、“食屍鬼”に戻れる時間はあと一時間弱。今のうちにやれる事を済ませてしまおう。

 ばくん

 俺は目の前の何も無い空間にかぶりつき、続けてそこに手を伸ばして、そいつらを引き摺り出した。
「え? あ、あれ? ななななぜさっきの場所に!?」
 虚空からテレポートするように出現し、お目々をぱちくりしながら床に座りこんで呆然としているワイシャツスパッツの美少年――S君に、俺は片目を瞑って見せた。
「あああ…あ……そんな…うそぉ……」
 その隣でうめいているドミノは、右半身が食い千切られたように消滅して、闇のようにどす黒い血を流して痙攣している。あの状態でも生きられるとは流石だが、ドミノお得意の絶対復活能力は発動する兆しも見せなかった。
 当然だろう。邪神の牙に引き裂かれて、無事に済む者など存在しない。不死身の存在を食い殺す――そうした矛盾を体現できるのが、混沌の稚児たる『邪神』なのだ。
「ぼ、ぼく……さっきまでニューヨークのカフェでドミノさんとお茶を飲んでいた筈なんですが……なぜ元の地下室に戻ってるんですか?」
 ……人が散々苦労してたのに、そんな事してたのか……
 萎えそうになる気力を振り絞って、俺はS君の手を取ってドミノの傍から引き離した。
『これが本当の“影踏み”の力だぜ、S君
 人間時には前後一時間の時間軸しか干渉できなかった影踏みだが、“食屍鬼”状態ならそれに空間超越能力がプラスされる――というより、これが本来の“影踏み”で、人間時には縮小バージョンしか使えないというのが正確かな。
 具体的に言えば、時間や空間を超越して、時空間的にどんな離れた場所の対象も直接“食う”事ができる能力だ。
 たとえ相手が地球の裏側にいようが、宇宙の果てに逃げようが、異世界に逃れても、直接噛み殺す事ができる。一歩も動く事無く地下室の吸血鬼どもを食らい尽くし、ニューヨークにいたS君とドミノを引っ張ってこれたのも、この能力のおかげだ。
 遥か昔、同じ犬系の邪神という事で、ティンダロスの猟犬から教えてもらった技だが、非常に使い勝手がいいので愛用させてもらっている。欠点は、あまり“食屍鬼”っぽくない力である事ぐらいか。
「う…そ……このばしょには……ねずみさん…いっぴきも……したいが…ないことは……かくにんしたはずなのに……な…ぜぇ……?」
 あ、そういえばこいつ、まだ仕留めてなかったか。
「どう…してぇ……?」
『知った事か』

 ばくん

 残された左半身を一口で飲み込み、バンパイア・ロード“ドミノ”は完全に消滅した。
 ……筈だ。
「ど、ドミノさん……倒しちゃったんですか?」
『…………』
 背中の鬣に顔を埋めるようにしがみつくS君の問いかけに、俺は無言を返した。確信の無い事は言いたくなかったからだ。
 数十年前、ドミノと対峙した時も、同じように“食屍鬼”の姿となって――その時は、ちゃんとした許可の元で食屍鬼に戻った――細胞の一欠けらも残さずに食い尽くした。食い尽くした筈だ。
 それなのに、今日こうして再び五体満足なドミノと遭遇している。
 相手が絶対的不死性を誇る吸血鬼の王だろうが、如何なる超常的な力を持っていようが、邪神の牙の前には復活など絶対に不可能だろう。
 だが、事実を前に常識など空しいものだ。
 ……可能性としては、ただ一つだけある。
 相手が『邪神』の加護を得ている場合だ。認めたくねぇが。
 どうやら、ドミノに吸血鬼の力を与えた存在の正体が見えた気がするぜ……

「……Mさん?」
『お? おぅ』
 無言の俺が心配になったのか、恐る恐るといった感じなS君の声に、俺は慌てて微妙な相槌を返した。
『いや、大丈夫だって。まだ確信のある話じゃないからな。前回はうっかり食い損ねたのかもしれねぇし……』
「あ、あのぅ……そうじゃなくって……Mさんって、“食屍鬼”さんだったのですね」
 なぜか顔を赤くして、S君は呟いた。
『ああ、そっちの話ね……まぁ隠していた訳じゃないが、そういうこった』
 挨拶代わりに、もう一度片目を瞑って見せても、S君はモジモジしたままだ。どうしたんだコイツ?
「あのぅ……それでぼく、これからどうなっちゃうんでしょうか」
『は?』
「Mさんは退魔師さんなのですよね。助けてもらったばかりなのに、こんな事を言うのも何ですが……やっぱりぼくもドミノさんみたいに食べられちゃうんですか?」
 なるほど、そういう事か。
 S君の不信な態度は、そのまま俺への恐れだったわけね。
 確かに、邪神“食屍鬼”の力があれば、同じ邪神である“星の精”を倒す事も不可能ではなくなる。さっきはそんな事を考えていたのも事実だ。
 だが――
 俺は少し身を屈めると、S君の綺麗な瞳を真っ直ぐに見据えた。真剣に。
『S君、きみはどうしたい?』
「え……」
『俺にどうされたいかって聞いてるんじゃない。君自身は、これから何をしたいのかを聞いているんだ』
 S君は真っ赤な顔のまま俯いた。しかし、俯いても俺から目は逸らさなかった。
「……帰りたいです、ぼくの故郷に。あの星間宇宙の彼方に……」
『よっし!』
 俺はS君の肩に勢い良く手を置いた。ちょっと強過ぎたらしく、よろける華奢な身体をしっかりと支えて、
『手伝ってやるよ。S君が無事にお家に帰れるようにな』
 きっぱりと、力強く断言してやった。
「……本当ですか!?……あ、ありがとうございます!」
 たちまちS君の顔に花のような笑顔が浮かぶ。そのあまりの可愛らしさに、頭の中がポワワ〜ンと熱くなるのを必死に我慢した。ええい、落ちつけ俺。今ここでS君を襲ったらあまりにカッコ悪過ぎるぞ。

「でも、本当にいいんですか? ぼく、Mさんにお世話になりっぱなしで……」
『いやぁ、実は闇高野の許可無しで勝手に“食屍鬼”に戻っちまったから、これで俺もお尋ね者の立場なんだわ。国際指名手配されて、抵抗したら即座に殺されるぐらいの勢いで』
「……え?」
『それなら同じ邪神の眷属である“星の精”と仲間になる方が、何かと心強くてねぇ……ん? なんだそのアゴの外れそうな顔は?』
「い、いえ……別に」
 軽く咳払いしてから、S君は今度は目を逸らしながら呟いた。
「あのぅ……そ、それで、お願いがあるのですが……」
『ん?』
「ええと……その……ですから……」
『男だったらはっきり言うッ!!』
「ひゃいぃ!! ふ、服を着て頂けませんかぁ!!」
 天使が通り過ぎる間が流れた。
『……は?』
「え、Mさん、すごく綺麗だから……その……そんな姿だと……ぼく……あの……ええと……」
『…………』
 真っ赤になってモジモジしてる、健気な純情美少年……

 ぷつん

 心の中で何かが切れた俺は、思いっきりS君を抱きしめた。
 あー!! もー!! 可愛いなぁコンチクショー!!!
「むがむがむが〜〜〜!?」
 胸の谷間に埋まってジタバタ暴れるS君を押さえ込みながら、俺は久しぶりに湧き上がった人間らしい感情を思う存分満喫した。
 さてはて、これからどうなる事やら……
 まぁ、退屈だけはしそうにないけどな。
 色々な意味で。

「ううぅ……ヒドイですよMさぁん」
『ごめん、精液まみれだったの忘れてた……』

 続く


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