『ひでぼんの書』

前の話次の話

第2部第1話

「しかし、君も無茶をする……私の忠告を聞いていなかったのかな?」
「ははは、面目無いです」
 海老餃子の皿に直接醤油とラー油を注ぎながら、中華テーブルの向かいに座るブロンドシスターは溜息を吐いた。奇妙な形に伸ばされた前髪で、顔半分が隠れているけれど、それでも素晴らしい美女である事がわかる。シスター特有の地味な修道服を着ていても、そのムチムチのナイスバディは想像できた。事実、周囲の客もみんな彼女を横目でちらちら見ている。例外なく鼻の下を伸ばして。
「ま、これで幸か不幸か退魔組織の強硬派は一掃されたからな。しばらく君に対する人間側からの直接的な危険は無くなったと言えるだろう」
 名前はわからないけど健康に良さそうな中華風スープを飲み干して、ブロンドシスターことゲルダさんは頷いた。
 ゲルダさんは人間の退魔師さんだけど、下手に『邪神』を刺激しないほうが良いと考えていて、それと正反対の考えを持った人間から僕を助けてくれているいい人だ。何でも組織に改造された強化人間で、どんな人間の姿にも変身する事ができるらしい。ただ、その力の代償として、本当の自分の姿がわからなくなってしまったとか。今の姿も、過去の自分の断片的な情報から再現した姿だそうだ。悲惨なのかマヌケなのかよくわからない人だなぁ。
 そんなゲルダさんと僕は、こうして定期的に会っては今後の事を相談するようにしているんだけど……

「だが、君に対する人間側の脅威が無くなったわけではない」
「えーと、例の『資格者』でしたっけ?」
 確かゲルダさんの話では、“つぁとぅぐあ”さんみたいな『邪神』さんから、ほんのちょっぴり力を借りて使う事ができる者を『資格者』と言うらしい。でも、その『資格者』は力を借りるために“直接”邪神と接触すると、その瞬間『資格者』の資格を失ってしまうそうだ。だから、僕みたいな邪神と直接交流している非常に希少な人間『接触者』に仲介してもらう必要があるという。
 つまり、そうした『資格者』さん達が、今後僕を勧誘したり脅迫したりして、自分の陣営に引き込もうとする事が十分考えられるらしい。とほほ、平穏な生活が恋しいなぁ。
「とにかく、気をつけることだ。いくら『邪神』に愛されているとはいえ、常に君を見守ってくれているわけではないのだからな」
「ええ、わかってます」
「……わかっているのなら、なぜここに君1人で来たのかね」
「えーと、まぁ、なんとなく」
「わかってないな、君は……」
 ――そう、わかってなかったんだ。
 僕も、そしてゲルダさんも。
 僕を狙っている人間は、退魔師達や『資格者』だけじゃない――それを、僕達は理解していなかった。
 それがあんな結果をもたらす事になるなんて、今の僕は知る由も無かったんだ。

 その帰り道――
「兄さん、ちょっと見てってくれや〜」
 すっかり暗くなった表通りの道を歩いて、帰宅しようとしていた僕は、突然の呼びかけに思わず足を止めた。そうさせる不思議な魅力が、その声にはあった。
 声の方に振り向くと、歩道の端にゴザを広げて、何か箱のような物を並べて売っているお姉さんのニコニコとした笑顔が僕を迎えてくれた。この寒い時期なのに、上着は外国のロックスターがプリントされたシャツ一枚しか着ていないし、大胆に破られたデニムの裂け目から、艶かしい太ももが覗いている。靴は紐が切れかけたサンダルだ。そして、前髪の一部をオレンジ色に染めた栗色の長髪の中には、思わず微笑み返したくなるくらい明るくさわやかな素晴らしい美貌があったんだ。耳のピアスと右目の下に描かれた涙のタトゥーがカッコイイ。そのロッカー風味のお姉さんは、僕に手招きしながら売り物の箱の中身を見せてくれた。
「お土産に1つどうでっか兄ちゃん。今ならお買い得だべさ〜」
 箱の中身――それは、よく肥え太った今にも動き出しそうなカニだった。見れば、並べられた箱には全部美味しそうなカニが大量に詰まっている。なるほど、このお姉さんはカニの露天商だったのか。
「身の詰まった美味しいカニじゃけん、一口食べればほっぺたが落ちるぜよ〜」
 ……しかし、この人の出身地はどこなんだろう?
 でも、確かにみんなへのお土産は欲しかった所だ。ちょっと覗いてみよう。

「お勧めはどれかな」
「これなんかどうでっか? ムー・トゥーラン産のタラバガニでっせ〜」
「おお、生きがいいですねぇ。まだ動いてるし……
……って、タラバガニって足が20本もありましたっけ?」
「少ないよりはマシじゃけん。これもオススメ、インスマス沖とれたてレッドクラブじゃ〜」
「肉厚でハサミも大きいですね……目測5m以上ありそうなんですけど」
「大は小を兼ねるっぺよ。これは掘り出し物、ノフ=ケー産ヒステリックエンプレスだぎゃ〜」
「うーん、回転泡地獄と誘導レーザーで見事にシルバーホークを撃墜してますね。初見で体当たりを避けられた人はいるのでしょうか?」
 ……って、本当にカニですか? これは!?
 そんな僕の疑念を察したのか、お姉さんは片目をつむりながら両手を擦り合わせた。
「イケズな事いわんでなー、ウチを助けると思って何か買うてってや〜」
 まぁ、どのみちお土産を買うつもりだったし、ここで済ませていいかな。お姉さんすごく美人だし。
「えーと、じゃあ一匹いくらですか?」
「今日は特別サービスや、10杯で50円にまけまっせ〜」
「…………」
 僕は色々な意味で硬直した。当然だろう。

「むー、もう一声かや?じゃあ、大まけにまけて20杯50円〜!!」
「い、いや、そういう事じゃなくて……無茶苦茶安いですね」
「産地直送でごわすから〜」
 にぱーっと営業スマイルを浮かべるお姉さんだけど、そういう問題じゃないような気がする。
 うむむむむ……ここまで安いと安過ぎて逆にブキミなんだけど、ここは1つ思いきって――
「じゃあ、全部」
「え?」
「いや、だから全部ください」
 今度はお姉さんが硬直する番だった。
 もちろん、この膨大な量のカニの大半は、“つぁとぅぐあ”さんへのお土産だ。彼女ならこの量も一口ぺロリだろうし、万が一ヘンな物が混じっていても、“つぁとぅぐあ”さんならどんな物を食べても平気だと思うし。
「……まいどあり〜♪」
 硬直から回復したお姉さんは、今度は嘘偽り無い満面の笑顔を浮かべると、いきなり僕に抱き付いてきた……って、いきなり何ですかー!?
「気前の良いお客はん、ウチは好きやで〜」
 かなりボリュームのある巨乳が僕の胸に遠慮なく押し付けてくる。視界一杯に広がる彼女の笑顔は、息を呑むくらい美しかった。

「え、えーと、その、あの、えーと」
「こうなったら大サービスや!! 全部まとめて500円にまけたるで〜!!」
 ほとんど無意識の内に、彼女の赤いルージュに引き寄せられていく――と、次の瞬間には、ぱっと彼女の身体は僕の懐から離れていた。何となく、僕の手が宙をかいた。
「兄さんの家はどこでっしゃろ? 家まで運びまっせ〜」
 そうあけらかんと言うと、てきぱきとした動作でいつのまにか傍にあった大八車に商品のカニをあっという間に積み上げて、トン単位はありそうなそれを、軽々と動かしてくれたんだ。
 思わず後ずさりしかけた僕に、お姉さんは最高の営業スマイルを見せてくれた。
「兄さん、お近付きの印にお名前教えてくれますかえ〜?」
「名前……ですか? 赤松 英です。知人からはよくひでぼんと呼ばれます」
「ひでぼんはん……でっか〜」
 その瞬間のお姉さんの顔は――なぜか街灯の影になってよく見えなかった。
「ウチは“らーん=てごす”言いまんねん。今後ともよろしゅう頼みますわ〜」

「まァ、これは生きの良いぼるきゃんさーですネ」
「わん、ぁんわん!」
「……いぶせますじー……?」
 シーフードレストランが経営できそうなくらい大量のカニのお土産は、幸いにもみんなに好評だった。あの“らーん=てごす”という変わった名前のお姉さんは、せっかく運んでくれたのだからと、お礼に家でお茶でもと誘ったんだけど、明るく断ってけっこうあっさり帰っちゃった。まぁ、彼女も何かと忙しいんだろう。送り狼と思われたのかもしれないけど。
 で、お土産のカニの山は、さっそく“しょごす”さんがてきぱきと料理してくれた。カニ鍋、カニシャブ、刺身、素揚げ、網焼き、味噌酒、カニ飯、てっぽう汁、etc……
……どれもすごく美味しそうなんだけど、僕はゲルダさんと近所の大衆中華料理店で夕食は済ましてしまったので、翌日までのお楽しみになりそうだ。とほほ……
「うン、我ながらなかなか上手にできましタ。サテライトシステムは順調に稼動しているようでス」
 “しょごす”さんがカニシャブに舌鼓を打ち、
「わぅん……くうぅん」
 “てぃんだろす”が、カニの殻を剥くのに悪戦苦闘して、
「……積尸気冥界波……美味しい……」
 “いたくぁ”さんはカニミソがたっぷり詰まった甲羅にお茶を注いで飲んでいる。みんなとっても美味しそうだ。カニは食べると幸せな気分になるからなぁ。みんな無口になるけど。
「……じゃあ、僕は“つぁとぅぐあ”さんに供物を運んでくるね」
 何だか彼女達が羨ましくなってきたので、僕は山積みのカニを必死に引きずりながら、押入れの奥に引っ込む事にした。

「うわぁ……美味しそうな金星ガニですねぇ」
「えーと、とりあえずこれが今日の供物です」
 ぜーぜー荒い息を吐く僕の隣で、山積みになっているカニの山を見上げて、“つぁとぅぐあ”さんは両手をゆっくり打ち合わせて喜んでくれた。
「それではぁ、いただきますねぇ」
 全部生のままなんだけど、“つぁとぅぐあ”さんは気にせずにぱくぱく食べてくれる。例によって物理法則を無視した食べっぷりで、彼女の体積を軽く凌駕する量のカニの山は、あっというまに標高が低くなっていった。
「パリパリして美味しかったですよぉ……ごちそうさまでしたぁ」
 数分後、カニの山脈を綺麗さっぱり平地にした“つぁとぅぐあ”さんは、『にへら〜』と微笑みながら深々と頭を下げてくれた。反射的に頭を下げながら、僕の脳裏になぜか浮かんだのは――あのカニ売りのお姉さん“らーん=てごす”さんの事だった。
 “つぁとぅぐあ”さんなら、彼女の事を知っているかもしれない……訳もなく、突然僕はそう思ったんだ。理由はわからない。
「あー、“つぁとぅぐあ”さん、さっき変な人に会ったんですけど――?」
「……くー」
 でも、“つぁとぅぐあ”さんはお辞儀した姿勢のまま、静かな寝息を立てていたりする。ああ、相変わらず食っちゃ寝な神様だ。
「じゃ、今日はこれで……」
 彼女を起こさないように小声で――大声でも絶対起きないだろうけど――挨拶をして、僕は黒い靄の奥に進んだ――

 ――で、自室に帰った僕が居間に戻って見たものは……ちょっと奇妙な光景だった。
「すやすヤ」
「……くぅん」
「…………」
 “いたくぁ”さんに“てぃんだろす”、“しょごす”さんまでがカニを食べかけたまま、テーブルに突っ伏し、あるいは床に倒れているんだ!!
「ねえ、ちょっと……もしもし!?」
 慌てて3人を介抱したけど、みんなただ眠っているだけだった。でも、いくら大声で呼びかけたりガクガク揺すっても、全然目を覚まさないというのは、尋常じゃない。
 これは……まさか、このカニが原因なのか!?
「大正解や」
 ぱち、ぱち、ぱち、とそっけない拍手が静かな居間に鳴り響いた。
 愕然と振り向いた僕は、冷風と共に揺らめくカーテンの影――いつのまにか開け放たれた窓の傍に、破れたジーンズにロックスターがプリントされたTシャツ、そして前髪の一部をオレンジに染めたワイルドな長髪と、不敵に唇をゆがめた美女――“らーん=てごす”さんを目撃した。してしまったんだ。

「あ、あ、貴方は――」
「兄さんの推測通り、ウチは『旧支配者』じゃけん」
 そう言って髪をかきあげる“らーん=てごす”さんの仕草には、あの明るく人の良いカニ売りお姉さんの面影はどこにもない。
 あああああ、やっぱり彼女も“いごろーなく”さんや““つぁーる”&“ろいがー”ちゃん達みたいに、僕を美味しく食べようとしている『邪神』だったんだ。
「“しょごす”さん! “てぃんだろす”!! ついでに“いたくぁ”さん!?」
 この極めてピーンチな状況を、矮小な人間の一人に過ぎない僕が解決できると考えるほど、自惚れてはいないつもりだ。僕は必死に彼女達を起こそうとしたけど……
「ああン……御主人様ったラ、そんな事まデ……」
「わぅぅぅん♪」
「……クレオパトラとのデートが……台無しだぜ……」
 頼みの3人は幸せそうに寝ているだけだった……ギャー。
「無駄どすえ。あのカニには“ひぷのす”はんから頂戴した特製睡眠薬がたっぷり入っておるのじゃ。兄さんみたいな人間には何の影響もあらへんけど、ウチらの同類なら『旧支配者』クラスでも滅多には起きへん」
 じりっと僕のすぐ傍までにじり寄る“らーん=てごす”さん。僕は恐怖で全身を震わせながらも、その人間の範疇を遥かに超えた魔性の美貌に、呆然と見惚れていた。
「それじゃあ……契約分の仕事にかからせてもらうで。兄さんの体液、全部飲ませてもらうわ」

 突然、それこそ本当に何の前触れもなく、“らーん=てごす”さんの唇が僕の唇に押し当てられた。驚く間もなく、熱い舌が僕の唇を割って咥内に侵入する。にちゃにちゃと音を立てながら彼女の舌が踊り、歯茎を撫でて、内頬をくすぐると、自然に僕の舌は彼女のそれに絡んでいた。しばらく舌と舌が卑猥に舐め合い、たっぷりと唾液を交換し合う。
「――!?」
 僕は目を丸くした。ほんの少し“らーん=てごす”さんの頬がくぼむと同時に、とてつもないバキュームが僕の舌を吸引したんだ。いや、舌だけじゃなくて肺の中の空気全てを吸い取られかねない、凄まじいほどのディープキス。頭の中が真っ白になるような息苦しさと共に、しかし僕は恐ろしいほどの快感を感じていた。
「……ぷはっ」
 ようやく彼女が唇を離してくれた時には、僕の口の中は冗談抜きでカラカラだ……あ……?
「あれっ?」
 視界が斜めになっている……そう思った時には、僕はもう床に崩れ落ちていた。全然力が入らない。どうやら、肺の中の空気を吸い取られたというのは、あながち冗談じゃなかったらしい。これは酸欠による失神だ……その筈なのに、なぜか意識はしっかりしているのは、やっぱり神様の力なんだろうか?
「うん、兄さんなかなか美味しかったにゃあ……じゃあ、今度はこっちの味見じゃね」
 相変わらず国籍不明な方言でまくしたてる彼女は、動けない僕を跨ぐようにして、Tシャツを気持ちいいくらいスパっと脱ぎ捨てて見せた。大きく張りのある、形の良い美乳がプルンと踊る。ノーブラだったんだ……
 もちろん、それだけでは終わらない。ジジジ…とゆっくりじらすようにデニムのジッパーが下ろされて、茶色いヘアが顔を覗かせた次の瞬間、これも綺麗に脱ぎ捨てられていた。やっぱり下もノーパンだ。
 あっというまに全裸になった彼女の肢体の、健康的な小麦色の肌の美しさに、僕は自分の立場も忘れて呆然と見惚れてしまった。ああ、仁王立ちしてるからアソコも丸見えだし……

「あははっ、立派なモノを持ってるやないか」
 ……って、いつのまに僕のズボンとパンツをずり下ろしたんですかー!?
 いや、正直この展開はちょっと予想していたけど。
「いただくわや〜」
 まだ力無く垂れていた僕のペニスを、“らーん=てごす”さんは一気に全部口に含んだ。熱い唾液が柔らかい舌と一緒にペニスをかき混ぜて、同時に指でふにふにと陰嚢を優しくマッサージしてくれる。たちまち僕のペニスは固くそそり立ってしまった。
「あむ……ぷはぁ……ふふふ、じゃあ必殺技いくじゃよ」
 舌先でカリの周囲をチロチロ舐めていた“らーん=てごす”さんは、いきなり僕のペニスを喉の奥まで咥えた。先端は食道にまで届いているだろう、すごいディープスロートだ……と、その時、
「うわぁぁぁぁぁ!?」
 僕は嘘偽りない悲鳴を上げた。苦痛ではなく、快楽のあまりに。
 あのキスをした際の凄まじいバキュームが、今度は僕のペニスを襲ったんだ。下半身全てが吸い込まれるようなとてつもない吸引力と、それに伴う異常なまでの快感。気持ちいい。気持ち良すぎる。フェラとはまた違った未知なる愉悦に、僕は一瞬も耐える事ができずに射精した――でも、
 「……え!?」
 射精が……止まらない!?
 そう、頭の中が真っ白になるような射精の感覚が止まらないんだ。終わらない快楽の連鎖――これが男にとっては天国を通り越して地獄に等しいのは言うまでもないだろう。困惑よりも何よりも恐怖を覚えた僕は、じゅるじゅるといやらしい音を立てながらザーメンをすする“らーん=てごす”さんの頭を掴んで、無理矢理引き剥がした。
 勢い良く抜き取られたペニスと彼女の口元から、唾液とザーメンの混じった白濁液があふれ出て、部屋中に飛び散る……それくらい、凄まじい射精だったんだ。

「んんんっ?……ぷはぁ、イケズやねぇ」
 妖艶に口元を綻ばせながら、僕の頬を撫でる“らーん=てごす”さん。そこにあの気風の良いお姉さんの面影は無かった。
「も、もう……勘弁……」
「なにゆーてんのや。次はウチが気持ち良くなる番でっせ」
 そう言って、再び僕の身体に跨るように仁王立ちした“らーん=てごす”さんは、その場でぴょんとジャンプしたんだ。当然、重力の法則に従って、彼女の身体が僕の上に落下する。そして――
「ぐはぁ!?」
「っはあ!……大っきいなぁ…やぁん」
 なんと、僕のそそり立つペニスが、落下した“らーん=てごす”さんのアソコに奥まで一気に挿入されてしまったんだ。本来ならこんな事をすればどちらものた打ち回るくらいの激痛が走るはずなのに、僕の股間で爆発するように弾けたのは、確かな快感だった。彼女も野性的な美貌に快楽の色を宿している。
「んんんぁ……はあっ! い、いいでぇ……あふぅ!!」
 彼女の中の具合は最高だった。根元とシャフト、そしてカリの部分を膣肉がキュっと締めつけてくる。いわゆる三段締めというやつだ。
「ふふふっ……んん…兄さん、こんなのは……どうや?」
 あまつさえ、騎乗位のまま“らーん=てごす”さんが腰をピストンしながらグリグリとローリングさせるのだからたまらない。股間に電流が流れたような快感に、僕は彼女を乗せたまま腰を浮かせて、頭上でぶるぶる揺れまくる美乳に手を這わせ、思う存分揉みまくった。

 そして――
「うううっ!!」
「あはははっ……たっぷり出してや、兄さん」
 膣全体がキュウ〜っと締め付けられて、僕は全身の体液が全て精子になったかと思うくらい大量の精を彼女の中に放った……が、
「……え?」
 それだけでは終わらなかったんだ。
(射精が……止まらない!?)
 そう、不思議な事に僕の射精は一向に止まらなかった。射精の瞬間という最も快感が強い時間が持続する。頭の中が白熱化しそうになりながらも、僕は彼女の言葉を思い出していた。
 『兄さんの体液、全部飲ませてもらうわ』
 それってエッチな比喩表現じゃなくて、まさか言葉通りの意味だったんですか!?
 そういえば、あんなに大量のザーメンを出しているのに、彼女の膣からは一滴も漏れる様子がない……
「……た…たすけ……て……」
 必死に搾り出した悲鳴を、“らーん=てごす”さんは歪んだ美貌で嘲笑った。
「無駄な事はやめるっぺよ……もう、誰も兄さんを助けには――!?」

 その刹那、魔法のように“らーん=てごす”さんの姿が僕の上から消滅した。ようやく抜き取られたペニスがビクビクと震えながら天を仰ぐ。その真上を銀色の閃光が目にも止まらぬスピードで通過した――次の瞬間、僕の身体は何か温かくてネチョネチョした物質に包まれて、一気に部屋の隅まで引っ張られた。
「御無事ですカ、御主人様」
「……“しょごす”さん?」
「はイ、救出活動が遅延して大変申し訳ありませン」
 僕の身体をすっぽりと包んで守る黒い粘液――そして、そこから生えた“しょごす”さんの上半身が、糸目を綻ばせてしっかりと頷いてくれたんだ。
「がるるるる……」
 更に、部屋の反対側の壁に張りついて、忌々しそうな表情でこちらを牽制している“らーん=てごす”さんに対峙しているのは、四つん這いになって唸り声をあげる、戦闘モードの“てぃんだろす”だった。
「……平和だねー……」
 で、そんな僕達を眺めて平然とお茶をすする“いたくぁ”さんもいるけど、忘れる事にしよう。
「お前達……どうやって、眠りから覚めたんや?」
 “らーん=てごす”さんが、僕の疑問を代弁してくれた。
 黒い粘液から伸びた触手が、部屋の隅を指差す。
 そこには、うねうねと蠢く数本の長い髪の毛が空中を舞っていた。髪の毛は居間の扉の隙間を通って、2階の方に伸びているようだ。僕にはこの髪に見覚えがある。そうだ、この美しい髪を見間違える筈がない!!

「“つぁとぅぐあ”さん!!」
「そうでス、“つぁとぅぐあ”様が危機を察して我々を起こしてくれたのでス」
「んなアホな!?」
 今度は“らーん=てごす”さんが狼狽する番だった。
「あいつも睡眠薬入りのカニを食べた筈や!!」
「確かにそうですが……でも、忘れていませんか?」
 僕は思いっきりキザな調子で肩をすくめて見せた。
「あの御方は、普段から寝てばかりじゃないですか」
 ずるっ、と“らーん=てごす”さんの身体が30度くらい傾く。
「そ、そんなおバカな理由で……」
 かなり失礼な事を言っているような気もするけど、まぁ、“つぁとぅぐあ”さんなら笑って許してくれるだろう。
「がるるるる……わん、わんわん!!」
「というわけデ、観念しなさイ!!」
「むむむむむ……」
 しばらく苦々しい顔で唸っていた“らーん=てごす”さん。でも、
「……ま、ええわ。これだけ精を搾り取れば、データ収集には十分やからね」
 そうあっさり頷くと――
 ドガァ!!
 凄まじい破砕音が家全体を揺るがした。なんと、“らーん=てごす”さんが背後の壁をデコピンの一発で破壊してしまったんだ。唖然とする僕を尻目に、彼女は素早く大穴の開いた壁から外に飛び出すと、
「ちゃお〜」
 ウインクと投げキスを残して、夜の闇の中に消えてしまった……

「あちゃあ……さっそく大工さんを呼ばなくちゃ」
 寒風が吹きつける大穴を覗きながら、僕は盛大に溜息を吐いた――
 ――と、普段ならこれで終わる所だけど、
「わん、わわわん、わん!!」
「追いましょウ、御主人様!!」
「え、な、なぜ……確かに修理代を請求したいけど」
 “てぃんだろす”と“しょごす”さんの剣幕は本物だった。でも、せっかく向こうから逃げたのだから、もう忘れた方がいいと思うんだけど……
「あの方ハ、御主人様の身体情報を手に入れましタ」
「それが……どうしたの?」
「詳しい目的はわかりませんガ、その情報を利用して御主人様に危害を与える魂胆に違いありませン。とにかく危機的状況なのでス」
 “しょごす”さんの真剣な眼差しは本物だった。正直、僕の身体情報を取られる事に何の意味があるのかはさっぱりだけど、これも人間には到底理解できない人外の領域の事なんだろう。とにかく、彼女が僕に対して嘘をつかない事は、他の誰より僕が知っている。
「……じゃ、よくわからないけど追いかけよう!」
「はイ!」
「わおん!」
「……いってらっしゃい……」

 もう、日付が変わってしまった深夜――住宅街の裏通りは、僅かな街灯と冬の星空しか光源らしい光が存在しない。そんな裏通りを、“てぃんだろす”を先頭に、僕と“しょごす”さん、それに襟首を捕まれてズルズル引きずられている“いたくぁ”さんが疾走していた。
「……なぜ……ワタシまで……」
「いいから付き合ってください。後でお礼にお尻を弄ってあげますから」
「……それは……むしろ行きたくない理由に……なるのだが……」
 “いたくぁ”さんのぼやきは無視して、僕達は四つん這いで先導する“てぃんだろす”の後を追う。
「でも、彼女を見つけられるのかな」
「御安心ヲ、ティンダロスの猟犬の追跡から逃れられる者はいませン」
 その“しょごす”さんの台詞が終わらない内だった。
「わぉん!!」
 “てぃんだろす”が急に止まり、尻尾を立てて唸り声を上げる。
 その向こうには、廃材と土管が置かれた小さな空き地があったんだけど……
「お、ようやく来たなぁ〜」
 そこの真ん中に、まるで待ち構えていたように“らーん=てごす”さんがいたんだ。
「がるるるる……」
「ようやく追い付きましたヨ。観念して下さイ」
「……私は別に……どーでもいい……」
 僕達に周りを取り囲まれても、しかし“らーん=てごす”さんは平然としている。
「えらい剣幕っすが、今更ウチを捕らえても無駄でっせ。兄さんの身体情報は、もうそこの雇い主はんに渡しましたゆえ」
 その瞬間――僕は“らーん=てごす”さんのすぐ傍に積まれた土管の上に、1人の女性が腰を下ろして僕達を見下ろしている事に気付いた。

 後で知ったのだけど、奇妙な事に――いや、恐るべき事に、“てぃんだろす”や“しょごす”さん、なんと“いたくぁ”さんまでが、そう言われるまで彼女の存在に気付かなかったんだ。
 年は20歳くらいか。深い藍色のビジネススーツを着た、身震いするくらい美しい女性だった。シャギーのかかった前髪から覗く切れ長の眼差しは氷のように冷たく、サファイヤよりも透明だ。超有能な美貌の社長秘書――そんな印象を僕は彼女に覚えた。
「ほんじゃ、これで契約終了やね。またお会いしましょうな〜」
 彼女に目を奪われていた僕達が、その声にはっとした時には、“らーん=てごす”さんはひらひらと片手を振りながら猛スピードで夜空に上昇して、闇の中に消えてしまっていた……
「――赤松 英ね」
 外見に相応しい、冷徹そのものの声に、僕は嘘偽りなく震えあがった。もし、この場に“てぃんだろす”や“しょごす”さんがいなかったら、僕は何の躊躇いもなくこの場を逃げ出していただろう。
「礼儀として名乗っておくわ。あたしは“龍田川 祥子(たつたがわ しょうこ)”――ダゴン秘密教団・ニコニコ組の巫女にして、大いなる“くとぅるふ”様の『接触者』よ」
 彼女の――龍田川さんの言葉が嘘ではない事を、僕は直感的に悟っていた。
 『接触者』――邪神と直接接触し、それと交流する者。
 僕と同じ立場の人間と、ついに僕は接触した。してしまったんだ。
 そして、僕は“がたのそあ”さんの言葉も思い出していた。
 “くとぅるふ”、“はすたー”、“くとぅぐあ”、そして“つぁとぅぐあ”さん――
――四柱の偉大なる旧支配者の『接触者』が、人間の中に出現したと。

「……で、なぜその龍田川さんが、なぜ僕の身体情報を調べたんですか?」
 思ったよりも平然とした声が出せたと思う。どうやら、人間動揺し過ぎると、かえって肝が座るらしい。
「敵の情報を知るのは、基礎の基礎よ」
 独り言のように淡々と、龍田川さんは呟いた。夜風が妙に冷たく感じるのは、冬の所為だけじゃないだろう。
 彼女ははっきりと、僕を『敵』と言ったんだ。
「それじゃ、改めて宣戦布告するわね」
 ゴゴゴゴゴ……と、地響きのような擬音が周囲に轟いているような気がする。幻聴だといいなぁ。
「あたし、龍田川 祥子は、ダゴン秘密教団・ニコニコ組の巫女として、大いなる“くとぅるふ”様の接触者として、“つぁとぅぐあ”神の接触者たる赤松 英を、全力で排除するわ」
 言っちゃった。そして聞いちゃった。
「な、なぜ僕と貴方が戦わなければいけないんですか?」
「……知る必要は無いわ」
 ゲルダさんの言う通り、僕は心構えが足りなかったみたいだ。かつてない危機が襲いかかろうとしているのを、僕は直感で確信していた。
「がぅううううう……」
「御主人様に敵対行為を取る者ハ、全力で排除しまス」
 “てぃんだろす”と“しょごす”さんが、たちまち彼女に剣呑な表情を向ける。
「……貴様等に……そんな玩具は必要無い……」
 “いたくぁ”さんは、相変わらず無感情にお茶をすすっているけど。
 しかし――
「これを見ても、そう言えるかしら?」
 パチン、と龍田川さんの指が鳴った、瞬間――

ドドドドドドド――!!!
 とてつもない轟音が深夜の住宅地に轟いた。誰も家を飛び出さないのが不思議なくらいだ。
「え!?」
 龍田川さんの周囲に、巨大な水柱が吹きあがっていた。水道管が破裂したとは違うと一目でわかる、凄まじい勢いで。
 水柱の数は4本。龍田川さんの足元から2本、背後から巨大なやつが1本。そして、すぐ隣の土管の上から細く、しかし一際猛烈な勢いで噴出しているのが1本だ。
「な、な、な、何が!?」
「わんわんわんわん!!」
「御主人様、注意してくださイ」
「……血風連……?」
 そして、その水柱の中から4人の美女が――いや、『邪神』が降臨した。
 足元の2本からは、ガーターベルトがまぶしい下着姿の美女が2人。エロチックに抱き合う2人は双子のようにそっくりで、ボブカットの方は黒い下着、ロングヘアの方は白い下着を着ている。どちらも息を呑むような美しさだ。
 背後の巨大な1本からは、なんと巨大な人型機動兵器が一体。ホラー映画の怪物のようにグロテスクな巨大ロボットは、体高10mはありそうだ。しかし、その胸部装甲には、なんと可憐な美少女の上半身がレリーフみたいに埋まっている。
 最後に隣の1本からは、近世ヨーロッパの貴族令嬢みたいなドレス姿の美女が1人。優雅な仕草でティーカップを傾ける豪奢な美女は、目元にかかる金髪縦ロールを高慢そうな仕草で払った。
 誰もがこの世のものとは思えない場違いな姿で、そしてこの世のものとは思えないくらい美しい。

「“だごん”と“はいどら”、それに“おとぅーむ”……“ぞす=おむもぐ”までガ!!」
「えーと、誰が誰ですか?」
「黒い下着が“だごん”、白い下着が“はいどら”、巨大ロボの操縦者が“おとぅーむ”、縦ロールのお姫様が“ぞす=おむもぐ”でス」
 例によって説明的な驚き方をしてくれる“しょごす”さんのお陰で、彼女達の名前は判明した。名前がわかった所で、全然状況は改善していないけど。
「が、がるるる……きゃうん」
 “てぃんだろす”も冷や汗を掻きながら唸っているけど、その尻尾は丸められている。
 やっぱり彼女達は『邪神』なんだ。それも強力な。
「…………」
「…………」
 で、“いたくぁ”さんと“ぞす=おむもぐ”さんはお互い無表情でにらみ合いながら、無言で緑茶と紅茶をすすっている。どうも互いに対抗心を持っているらしい。
「……撤退しましょウ、御主人様。戦力的に不利でス」
「それは大賛成だけど……」
「あら、まだ紹介は終わっていないわよ」
 ここで初めて、龍田川さんは口元を綻ばせた。でも、切れ長の瞳はにこりともしない。
「お前達、この者達を捕らえて」
 龍田川さんの命令は、4人の『邪神』に発せられたものじゃなかった。
「「「はいー、了解しましたー」」」
「「「了解しましたー」」」
「「「ましたー」」」
 四方八方、あらゆる方向から、その舌っ足らずな声が響く。

 ドドドドドドド――!!!
 再び、巨大な地響きが周囲に轟いた。さっきから近所迷惑だよなぁ。
 そして――
「「「ただいま参上ですー」」」
「「「参上ですー」」」
「「「ですー」」」
 この空き地に通じるあらゆる道から、なんとスクール水着を着たロリロリな美少女が、何十、いや何百人も押し寄せてきたんだ!!
「ななななな、なんですかー!?」
「わ、わわん!!」
「これハ……“でぃーぷわん”!!まさかこれほど大量ニ!?」
「…………」
 あっという間に、僕達はロリロリスクール水着美少女軍団“でぃーぷわん”に取り囲まれてしまった。形容じゃなくて、アリの這い出る隙間も無さそうだ。
「邪神の皆さんは、自分が逃げるだけなら簡単でしょうけど、その男を守りきるのは不可能よ。あきらめなさい」
 きっぱりと龍田川さんは断言してくれた。これって深く考えなくても死刑宣告? うわーい。
 今までで最大のピンチが、僕達に振りかかろうとしていた。
 “てぃんだろす”と“しょごす”が身構えて、“いたくぁ”さんだけは平然とお茶を飲み、僕は恐怖のあまり硬直しているだけだ。
 龍田川さんがすっと片手を上げた。それが振り下ろされた時、みんなが一斉に襲いかかってくるのだろう。
「まずは1人……これで“つぁとぅぐあ”神はリタイアね」
 彼女の手が無情に振り下ろされた――その時!!

 ――ッ!!!
「!?」
「これは……!!」
「「「きゃー!!」」」
 突然、僕の胸元から、『漆黒の光』とでも言うべき謎の輝きがほとばしった。その光に怯えるように、周囲の『邪神』達が後退する。僕自身は何ともないけど。
 黒い光の源を胸ポケットから取り出すと――それは、山羊の角を模した黄金の髪飾りだった。あの“しゅぶ=にぐらす”さんから(無断で)もらった物だ。
「これは……『黒山羊の角』!? なぜ貴方がそれを持っているの!!」
 よくわからないけど、“つぁーる&ろいがー”ちゃんと遭遇した時と同じように、周囲の邪神達は動揺している。
 とにかく、今がチャンスだ!!
「“しょごす”さん、“てぃんだろす”、ついでに“いたくぁ”さん!!」
「わわん!!」
「ハイでス」
「……ついで?……」
 僕は2人の手を握り、1人を肩に担ぐと、その場を脱兎のごとく逃げ出したのだった……

「「「ごめんなさーい、逃げられちゃいましたー」」」
「「「逃げられちゃいましたー」」」
「「「ましたー」」」
 “でぃーぷわん”達の報告を聞いて、龍田川は憂鬱な溜息を吐いた。
「まさか、この包囲網を――」
「――突破されるなんて」
 “だごん”と“はいどら”が全く同じタイミングで語る。その内容は龍田川の心情を正確に代弁したものだった。
「“らーん=てごす”カラ受ケ取ッタ情報ニハ、アノ人間ガ“しゅぶ=にぐらす”ト接触シテイタトイウ事実ハナカッタ」
「どうやら、一杯食わされたようですわね」
 “おとぅーむ”と“ぞす=おむもぐ”の声には、人間らしい感情は欠片も含まれていない。
 ぱきり
 龍田川が腰掛ける土管に、稲妻のようなひび割れが走った。
「面白くなってきたわね」

 同時刻――
「――ほい、赤松 英の身体情報や」
「御苦労」
「ちゃんと龍田川はんの方には、ニセのデータを渡してきたで〜」
「これで、我々が1歩リードできたか」
「でも、赤松はんをほっといていいのかや? あの『黒山羊の角』がある限り、ウチの仲間は大半が手を出せんのやで?」
「構わん、すぐにあいつは破滅するさ。あいつは“しゅぶ=にぐらす”の力を借り過ぎた。夫の“門にして鍵”が黙ってはいないだろう」
 1人納得したように、頷く人影。
「くくく……我々の勝利は遠い日ではありませんぞ、“はすたー”様」

 続く


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