『ひでぼんの書』

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第1部第11話

「――はい、偶発的ではありますが、目標に接触しました。ええ……はい、やはり彼が邪神と交流しているのは間違いありません……
……はい……いえ、現在の所、彼にそういった野心は無く、むしろ現状に戸惑っているようです。確かに『戸惑う』程度ですむのは、大した素質といえるかもしれませんが……はい……
……その通りですね。注意すべきは、彼を刺激する事による邪神の反応です。やはり、監視に留めるのが最良かと……もしもし?……もしもし!?」
「無駄よ。通信妨害させてもらったわ」
「!?……どうやら、既に包囲されているようだな」
「状況判断は的確ね」
「何処の組織の者だ? お仲間(テンプラーズ)か? IMSOか? アズラエル・アイ(イスラム退魔開放戦線)? 闇高野? それとも崑崙山か?」
「その全てよ」
「!!」
 周囲を取り囲むざわめき。
 爆発音。
 破砕音。
 短い悲鳴。
 そして、静寂――

 玄関のドアを開けた瞬間、僕の胸の中に飛び込んできたのは、
「きゃん、きゃんきゃん!!」
 案の定、半泣き状態の“てぃんだろす”だった。しかし、僕を迎えたのはこの子だけじゃなかったんだ。
「あ、お帰り〜」
「お邪魔してます」
 いつのまにか、2人の少女が玄関先に佇んでいた。いや、ただの少女じゃない。美少女だ。それもとびきりの美少女なんだ。
 10歳にも満たないだろう幼い体を白いワンピースで包み、くりくりと大きな瞳が宝石のように輝いている。この美少女っぷりは、“てぃんだろす”や“がたのそあ”さんに匹敵するだろう。薄桃色のロングヘアの美少女達は、鏡で写したようにそっくりだった。確認するまでもなく双子なんだろう。いや、よく見れば片方は若干目が吊り気味で勝気そうだけど、もう1人はむしろ垂れ目で気弱そうに一歩身を引いている。
「だ、誰だい君達は?」
 その可愛らしさに見惚れながらも、僕は警戒の念を抱いていた。いや、どう考えても不法侵入者だし。
 それとも、やはりこの子達も――
「そんな事より、早く中に入ろうよ。お兄ちゃん」
「お外は寒いですから。お兄ちゃん」
「は、はぁ」
 全く悪びれる所の無い2人の剣幕に押されて、僕と“てぃんだろす”は何となく慌てて自宅に入った。
「どうぞ」
「あ、どーも」
 気弱そうな方の子が煎れてくれたお茶を飲みながら、僕達は居間のテーブルを挟んで対峙していた。うん、温度も茶葉を引くタイミングもいいし、なかなか良く煎れてある。
「……って、これは僕の家のお茶じゃないか!」
 なぜ、僕が礼を言う必要があるんだ。つい勢いに飲まれてしまった。
「ご、ごめんなさい」
 気弱そうな子が申し訳なさそうに頭を下げるのに対して、
「どうでもいいじゃない」
 勝気そうな子はココアを傾けながら片手を振って見せる。

 その時、僕はある事に気付いた。2人の美少女は、頭頂部に1本跳ねた髪の束――いわゆる『アホ毛』があるのだけど、その髪同士が細く伸びて、2人の間で繋がっているんだ。文字通り髪の毛のように細いので最初は気付かなかった。2人を結ぶ髪の糸は、お互いが離れるとその分長く伸びて、決して切れる事はない。
 この2人の美少女は、実は繋がりあった1つの存在なんだ。
「……で、君達は何者なんだい? やっぱり人間じゃなさそうだけど」
 2人は、互いの体をぎゅっと抱き締めた。
「あたしは“つぁーる”」
 気の強そうな子が流し目を送り、
「わ、私は“ろいがー”です」
 気の弱そうな子がぺこりと頭を下げる。
「お兄ちゃんの推測通り、あたし達は『旧支配者』だよ」
 そして、2人は同時に笑って見せた。その外見に似合わない、艶然とした笑みを。
 ああ、どうして僕の予想は悪い方に当たるのだろうか。
「その旧支配者さんがなぜ僕の家に?」
「いまさらそんな事、どうでもいいじゃない」
 “つぁーる”ちゃんが小生意気そうに片手を振った。うーん、あまり強く否定できない。
「あの…“がたのそあ”さんと“いごーろなく”さんを……」
「人間のお兄ちゃんが倒して、篭絡したって話を聞いたの」
「いや、それは思いっきり間違ってます」
 実際、僕は見学していたかちょっと手伝っただけで、ほとんど何もしていない。第一、単なる人間に過ぎない僕が、超高位存在である旧支配者にどうこうできるわけないじゃないか。

「それが、できるんだよね」
「“あの御方”が動いてるから…」
 2人の無邪気な言葉を聞いた瞬間、僕はなぜかぞっとした。心を読まれたからじゃない。“あの御方”という単語が、とてつもなく不吉なものとして僕の心に突き刺さったからだ。理由はさっぱりだけど……
「くぅん……」
 と、まるで僕の不安が伝染したように、“てぃんだろす”が心細げに僕の背中に体を摺り寄せてきた。その様子を、“つぁーる”ちゃんは楽しげに、“ろいがー”ちゃんは少し気の毒そうに見つめている。
 まさか……
「あはは、お兄ちゃんを待っているのが退屈だったから、その子で遊んでいたの」
「ご、ごめんなさい」
 遊んでいたって、“てぃんだろす”の挙動を見るに、まともな遊びとはとても言えないに違いない。今までのパターンから考えるに、やっぱり……
「それじゃあ、お兄ちゃんにも教えてあげるね」
「再現VTR、スタート!」

「……きゅぅん」
 居間のソファーで横になっていた“てぃんだろす”は、心細そうにクッションを抱き締めた。お気に入りのお菓子やTVゲームも、1人では美味しくないし、面白くない。今日こそ頑張って1人でおるすばんしてみせると意気込んでいたものの、やっぱり大好きな飼い主が傍にいなければ、寂しくてたまらないのだ。これは目をつけた相手には時空を超えてどこまでも追跡する『猟犬』としての本能もあるので仕方ない部分もある。しかし、いくら理屈をつけようとしても寂しい事には変わりない。
「じゃあ、あたし達が遊んであげようか?」
「一緒におるすばんしましょうね」
 突然、耳元で鈴の鳴るような少女の声をかけられて、“てぃんだろす”はソファーから飛び上がった。
「わぅん!?」
 薄手のワンピースを着た薄桃色の髪の美幼女が、2人抱き合いながら自分を見下ろしていた。いつ、どうやってこの位置まで接近できたのか、“てぃんだろす”にはまるでわからなかった。
「うぅぅぅぅぅ……」
 動揺しながらも、床に飛び降り、四つん這いになって尻尾と耳を逆立てて唸り声を上げる“てぃんだろす”。このままでは『知らない人を家に上げてはダメ』という、おるすばんの基本事項を守れない。
「あはは、そんなに怖がらなくていいよ」
「私達と、色々遊びましょう…」
 その瞬間、“てぃんだろす”はいつのまにか自分が指一本動かせない事を知った。双子の周囲の何も無い空間から、目に見えず触れる事もできない『触手の群れ』が伸びて、自分をがんじがらめに拘束しているいるのを、“てぃんだろす”は異界の超感覚で理解していた。

「わ、わぉん!?」
 ジタバタ暴れる“てぃんだろす”の頬を、“つぁーる”はそっと撫でた。
「お医者さんごっこは初めて?」
「じゃあ…じっくりたっぷり教えてあげるね」
 “ろいがー”は手早く“てぃんだろす”のホットパンツを下着ごと脱ぎ下ろした。靴下は残しておくのがポイントだ。ぷらん、と力無く垂れた可愛いペニスが、スジのような女性器の上に乗っている。
「わぁ、両方ついているんだ…」
「あはは、可愛いね……じゃあ、診察してあげる」
 “つぁーる”の吊り目が“ろいがー”を促すと、“ろいがー”は躊躇うことなく、“てぃんだろす”の股間に顔を近づけた。吐息が秘所を撫でて、ピクっと“てぃんだろす”が腰を浮かせる。そして――
「きゃうぅん!!」
 悲鳴のような嬌声が漏れた。
 “つぁーる”が“てぃんだろす”のスジ状の性器を、小さなアヌスから皮のかぶったクリトリスまで、舌先でチロチロ舐め這わせたのだ。柔らかい舌先が強過ぎず弱過ぎず、絶妙な動きで性感帯を愛撫する。幼女の外見にそぐわない、娼婦のようなテクニックに、“てぃんだろす”の女性器は徐々に花開き、小さなペニスは触れてもいないのにむくむくとそそり立ってきた。
「……ん…この子の女の子…はぁ…美味しいよ……」
「きゃふぅ!! あうぅん!!」
「あはは、女の子の部分をいじめられてるのに、男の子の部分が反応してるよ」
 仰向けに背中を反らしながら、きゃんきゃん泣き叫ぶ“てぃんだろす”の頭上に、ゆっくりと“つぁーる”がまたがった。ワンピースの下には何も着ていない。白くて細い足と小さなお尻、そしてスジというより線に近い未発達な秘所が視界一杯に広がって――

「あむぅ!?」
 息が詰まると同時に、ツンとした甘酸っぱい性器の香りが、“てぃんだろす”の鼻腔と咥内に広がる。“つぁーる”は“てぃんだろす”の顔の上に腰を下ろしていた。そう、いわゆる顔面騎乗というやつだ。あの幼い体なら顔の上に乗ってもあまり重くなさそうに見えるが、何せ“てぃんだろす”の方も幼い子供だから、相対的には苦しい。しかし、それが逆にマゾヒスティックな刺激を与えるらしく、この屈辱的な体勢に“てぃんだろす”の息は自分でも意識しないうちに荒くなっていた。それに気付いた“つぁーる”は、見た目に似合わない――いや、妙に似合っている――妖艶な笑みを浮かべると、
「きゃは、美味しそう」
 69の体勢で、びくびく震えるペニスをぱくりと咥えこんでしまった。
「むきゅぅぅぅん!!」
 小さな口の中で熱い舌が唾液を塗り込めて、固いペニスはドロドロに溶けるような快楽の波に晒された。可愛らしい幼女のディープスロートに、“てぃんだろす”の理性は崩壊寸前だ。
「……んん…こっちも美味しいよ……」
 それと同時に、“ろいがー”がクリトリスから小陰口、アヌスにかけて舌先で激しく愛撫するのだからたまらない。男と女の部分を同時に責められて、“てぃんだろす”は涙を流して快楽に吼えた。
「あぉおおおおん!!」
 そして、ほとんど我慢できずに、“てぃんだろす”はペニスから熱い精を放った。

「やぁん……飲みきれないよぉ」
 口の中一杯に射精されたザーメンを、“つぁーる”は何の躊躇いもなくゴクゴクと音を立てて飲み干した。口元からあふれ出た白濁液が、射精の余韻にびくびく震えているペニスのシャフトを垂れ落ちる。
「こっちも……びしょびしょ」
 膣口からピュッピュッと断続的に飛び出る愛液を、“ろいがー”は唾液と愛液でべとべとになった顔のまま、可憐な口をあけて飲み込んでいた。“てぃんだろす”は射精すると同時に、潮も吹いたのである。
「ふぅー、ふぅー、ふぅぅ……」
 男の部分と女の部分を同時にイかされた“てぃんだろす”は、泣きながら目の前の“つぁーる”のアソコに顔を埋めて、快楽の波が引くのを待っていたが、
「――んんんっ!! あぉおおん!!」
「あはは」
「うふふ」
 イったばかりで敏感なペニスとアソコを、再び“つぁーる”と“ろいがー”が咥え、舌を這わせたのだ。全身のあらゆる感覚が下半身に集中したような凄まじい快楽――何度イっても、いや、無理矢理イかされても2人のフェラチオとクンニは終わらない。永遠に続く快楽――快楽地獄に、“てぃんだろす”は悦楽の悲鳴を上げ続けた……

「――はい、VTRしゅーりょー」
「こんな風に、わたし達はこの子と遊んでいたんです…」
「…………」
「……くぅん」
 僕はしばらく呆然としていた。なるほど、“てぃんだろす”が怯えるわけだ。でも、それは他人事ではなかったんだ。
「じゃあ、次はお兄ちゃんの番だね」
「へ?」
「あのぅ……お兄ちゃんを篭絡させてもらいます」
 えーと、話の繋がりが見えないんですが。
「人間のお兄ちゃんには意味不明なのかもしれないけどね、あたし達にはちゃんと理由があるの」
 そう言って無邪気に笑う2人の姿に、僕はとてつもなく不吉な物を感じた。咄嗟に背中の“てぃんだろす”を抱きかかえて、この部屋から飛び出そうとして――
 ……あれ?
 僕は床目掛けて無様に崩れ落ちた。体がぜんぜん動かない。まるで、目に見えない触手で全身を拘束されてるみたいに。
「きゃん、わんわん!!」
 頭の方にいるらしい“てぃんだろす”も、僕と同じ状況のようだ。見えないから推測だけど。
「うぅん……これ、外しにくいよぉ」
 そして、仰向けのまま動けない僕のズボンを、気の弱そうな方――“ろいがー”ちゃんが外そうとしているんだ。ああ、やっぱりこのパターンか。

「えへへ……どうかな、お兄ちゃん」
 と、そこに“つぁーる”ちゃんが僕の頭を跨ぐように立って、スカートをそろそろとたくし上げた。ほとんど凹凸の無い肢体に染み一つ無いマシュマロのような柔肌、ほとんど色素の無い可愛い乳首、そして幼過ぎて僅かな窪みにしか見えない秘所があらわとなる。その可憐で純粋な美しさに、あまりロリ系には興味のない僕でも、思わず生唾を飲み込んだ。
「あはは……」
 “つぁーる”ちゃんは、そのまま僕の頭を抱きかかえた。平坦な胸が鼻先を潰して、幼女特有のホットミルクのような甘い香りが鼻腔をくすぐる。そのまま徐々に頭を下半身へと下げていく。触れただけで崩れてしまいそうな、砂糖菓子のように華奢な身体には、しかし、紛れも無い女の艶香を醸し出していた。そして、僕の視界一杯に陰毛どころか産毛すらない、あまりに未発達な性器が広がった。
「舐めて、お兄ちゃん」
 あまりに無邪気なその声に、僕はほとんど屈辱感も無く、彼女のスジに舌を這わせた。あまりに小さすぎて、ちょっと舌を動かすだけで秘所全体をねぶってしまう。
「きゃあん…んっ……お兄ちゃ…ん……じょうず…ぅ……」
 可愛らしい喘ぎ声に、僕は舌の動きを早めた。ぴったりと閉じた肉の割れ目が少しずつ開いて、甘い蜜がどんどんあふれてくる。
「――っ!?」
 その時、僕の股間に稲妻が落ちたような衝撃が走って、声も出せずにのけぞった。

「わぁ…お兄ちゃんのとっても大きい」
 そう言って、“ろいがー”ちゃんが固くそそり立っている僕のペニスを、両手で一生懸命ゴシゴシしごいて、
「んんん……おっきくてお口に入らないよぉ…」
 小さな舌で、カリ全体をチロチロ舐め回すんだ。
 そのあまりの気持ち良さと、僕自身が舐めるアソコの妖しい味わいに、僕は自分の理性が闇の中に消え去ろうとしていくのを実感していた。
 そう、あの『人外の快楽』が、また僕を支配しようとしていた。相手が幼女だろうが関係無い。僕は今すぐにも彼女達にブチ込みたい衝動に襲われていた――が、今の僕は見えない触手に拘束されて、指一本動かせないんだ。
「あはっ、お兄ちゃん息が荒くなってきたよ」
「おちんちんがびくびく震えてます……怖ぁい」
 それなのに、彼女達は僕の男性自身を弄ぶだけで、決して達するまでの刺激は与えてくれないんだ。もどかしい。あまりにももどかしい。快楽を求める欲求が頭の中をぐるぐる回って、冗談じゃなくて脳が爆発しそうだった。もし、この状況があと1分でも続いていたら、僕は本当に発狂していただろう。
 しかし――
 ぽろっ
「あれ?」
「え?」
 偶然か必然か……その時、僕のポケットから、ぽろりとある物がこぼれおちたんだ。

「きゃあ!!」
「やぁん!!」
 床に転がった『それ』を見て、“つぁーる”ちゃんと“ろいがー”ちゃんは、まるで機械仕掛けの人形みたいに僕の体の上から離脱した。そのまま部屋の隅にうずくまり、抱き合いながらわなわなと震えている。
「な、な、な……なぜ、お兄ちゃんが!?」
「“千の仔を孕みし黒山羊の角”を持ってるのぉ!?」
 そう、僕のポケットから落ちた物、それは、あの妙齢の超絶美貌な奥さん――あれ? 名前は何だっけ?――から頂いた、山羊の角を模した金色の髪飾りだった。
「あれ?」
「あぉん?」
 と、僕と“てぃんだろす”は、自分の体が自由になっている事に気付いた。わけもわからないまま僕は足元に転がる髪飾りを手に取ると、“つぁーる”ちゃんと“ろいがー”ちゃんは、ますます縮こまった。
「……まさか、あの御方とも接触していたなんて」
「……さすがお兄ちゃんだね」
 ――いや、よく見れば彼女達は怖がっているんじゃなくて、この髪飾りとそれを持つ僕を警戒しているだけのようだ。まだ予断を許さない状況だと言えるだろう。
「ねえ、これそんなに凄いのかな?」
「わぅん?」
 “てぃんだろす”に髪飾りを見せても、この子は首をかしげるだけだった。以前、“つぁとぅぐあ”さんに見せた時も、おっとりとビックリしていたけど平気そうだったし、なぜこの髪飾りを警戒しているんだろう?

「……どうやら、お兄ちゃんは何もわかってないみたいだね」
「……やっちゃうなら、今のうちかもしれないよ…」
 いけない、何だかまた不穏な空気になりそうだ。再びあの見えない触手に拘束されたら、今度こそ僕はオシマイだろう。しかし、あの旧支配者さん達相手に、人間の僕はどうすれば……
「あ、そうだ」
 ピンとひらめいた僕は、素早く2人の傍に接近した。
「え?」
「あれ?」
 そのまま2人をひょいと抱きかかえて、
「“てぃんだろす”、押入れを開けて!」
「わん!」
 押入れの奥の靄の中に、彼女達を放り込んでしまった。

『きゃ〜!?』
『え、なに、なにぃ!?』
『ん〜……誰ぇ?』

 靄の奥の方から、動揺する幼女達の声と、相変わらずのんびりとした美女の声が微かに聞こえたような気がする。しばらくして、腹の底に響くような振動が断続的に伝わってきた。
「な、何が起きているのかな?」
「わぅん?」

 自分でやった事だけど、何だか暗黒世界ン・カイの方では、とんでもない事が起こってるみたいだ。“つぁとぅぐあ”さんが心配になった僕は、“てぃんだろす”と一緒に靄の中を覗こうとして――
「……止めるのじゃ……少年よ……」
 馴染み深い無感情な声に止められた。いや、振り向くと例によって“いたくぁ”さんがいたんだけど、彼女が肩を押さえているのは“てぃんだろす”の方だった。どうやら、僕の方は止める気は無かったらしい。
「……今……“つぁとぅぐあ”が……“つぁーる”あーんど“ろいがー”と……戦ってる……
……巻き込まれると……危険が危ない……」
 そう言って涼しげに“いたくぁ”さんはお茶を傾けた。
 ああ、やっぱりとんでもない事をしてしまったみたいだ。“つぁとぅぐあ”さん大丈夫かなぁ……って、
「……何時からここにいたんですか? “いたくぁ”さん」
「わぅん!?」
 僕と“てぃんだろす”のジト目に、“いたくぁ”さんは無表情のまま視線を反らした。
「……うん……やっぱりコーヒーは……レギュラーに限る……」
「さては、今までずっと僕達のピンチを見ていたんですね?」
「わん!?」
「……いたた……持病の癪が……」
 そそくさと逃げようとする“いたくぁ”さんの首根っこを掴むと同時に、靄の奥から響く振動が収まった。
「……戦いは終わった……どらぐーんは破壊され……地球は宇宙のチリと化した……」
 ジタバタ暴れながら意味不明な事を言う“いたくぁ”さんを、“てぃんだろす”と一緒に押さえながら、僕達は急いで暗黒世界に飛び込んだ。
 “つぁとぅぐあ”さん、大丈夫かなぁ……

「あん! やぁん! あぁあああ……!!」
「ひゃふぅ! ダメ、だめですぅぅぅ」
「あらぁ、ひでぼんさんに“てぃんだろす”ちゃんに“いたくぁ”さんですかぁ」
 どうやら、心配は無用だったみたいだ。
 五体満足のまま『にへら〜』と微笑む“つぁとぅぐあ”さんの両脇には、あの自在に動く髪の毛で空中に吊るされて、さらに触手状に蠢く髪で全身を愛撫される“つぁーる”ちゃんと“ろいがー”ちゃんの艶姿があった。
 ……さすが“つぁとぅぐあ”さん。エロ勝負なら天下無敵なんですね。
「これが今日の供物なのですねぇ……ありがとうございますぅ」
 深々と頭を下げる“つぁとぅぐあ”さんは、相変わらず何も考えてなさそうに見えるけど、その地獄の女魔王のような威厳に満ちた高貴なる姿は、少しもくすむ事無く光り輝くように美しい。
「今回は変わった供物ですねぇ」
「いや、彼女達は……」
「ひでぼんさん達もどうですかぁ?」
 そんなとんでもない――ある意味予想していた提案を発しながら、“つぁとぅぐあ”さんは笑った。いつもの『にへら〜』ではなく、あの魂を凍らせ、同時に蕩かせるようなあまりに妖艶な笑みで。
 髪の毛に吊るされて目の前に運ばれた“つぁーる”ちゃんは、M字開脚に足を広げられたまま、桜色の唇や耳元に首筋から腋の下、おへそにふくらはぎと足の指までをさわさわと髪でくすぐられて、本当に小さく勃起した乳首やクリトリスを押されたり縛られたり引っ張られたりしている。膣口とアヌスは細い髪の束で広げられて、愛液でぐしょぐしょになるまで嬲られていた。
「ふわぁあ……ああん! だめぇ……またイっちゃうよぉ!!」
 その小さな裸身は、汗で濡れたのか“つぁとぅぐあ”さんの髪の毛から何か分泌液でも出ているのか、まるで全身にローションを塗ったように艶かしい。その背徳的な淫美に、僕は生唾を飲み込んだ。

 普通なら、こんな小さな女の子を犯すなんて、とても考えられない所だけど、あいにく、人外の淫靡に当てられた今の僕は普通じゃない。さっき襲われた件で、ちょっとお仕置きしたい気もある。
「やあぁ……だめぇ!」
 怯える“つぁーる”ちゃんの腰を抱いて、駅弁の体位で挿入しようとすると――
「わぅううううう……」
 “てぃんだろす”がショートパンツを脱ぎ捨てながら、“つぁとぅぐあ”さんの目の前に、珍しく2本足で歩み寄った。その可愛らしい顔は、ちょっと不機嫌そうに見える。
「わん、きゃんわん!!」
「そうですかぁ……じゃあ、いきますねぇ」
 “つぁとぅぐあ”さんは何か納得したように傾くと、ゆっくりと優しく“てぃんだろす”の小さなペニスを口に含んだ。
「わぉん……きゃん!」
 ぶるっと震えながら、切なそうに“つぁとぅぐあ”さんの頭を抱える“てぃんだろす”。ほんの短い間、“つぁとぅぐあ”さんの濃厚なフェラが続いたんだけど、やがてずるりとセクシーな唇から抜き取られたそれは、大の大人も真っ青のそそりたつ巨大なペニスに変貌を遂げていた。
「え……そんな、ダメぇ!」
 今にも爆発しそうなくらい勃起したペニスを、“てぃんだろす”は“ろいがー”ちゃんを四つん這いに組み伏せて秘所にあてがっている。
 やっぱり“てぃんだろす”も、さんざん嬲られて怒っているみたいだ。
「じゃあ、お仕置きだよ」
「わぉん!!」
「いやぁ!」
「ダメぇ!」
 さっきとは逆の立場となった僕と“てぃんだろす”は、躊躇う事無く彼女達の幼い性器にペニスを当てて――一気に挿入した。

「きゃぁあああああん!!!」
「いたぁあああああい!!!」
 鼓膜を破るような悲鳴が、暗黒世界ン・カイに轟いた。ぶちぶちと淫肉が裂ける感触を味わいながら挿入したペニスは、半分も入らない内に奥に当たってしまった。泣き叫ぶ彼女達に負けず劣らず、正直、僕の方もきつ過ぎてムチャクチャ痛いんだけど、僕は“つぁーる”ちゃんを駅弁で、“てぃんだろす”は“ろいがー”ちゃんをバックで容赦無くピストンする。
「いたぁ! ダメだよぉ! んぁあ! おっきすぎるよぉ!!」
「も、もう、もうダメぇぇぇ!!」
「2、3、5、7、11、13、17、19……」
 射精を我慢するんじゃなくて、痛みを我慢するために素数を数える。ああ、やっぱり幼女とのSEXはやる方も苦行なんだなぁ……第一犯罪だし。
 でも、761まで数えた頃から、
「ふわぁ…ひゃぁん…おにいちゃぁん…だめぇ…」
「あぁん! やぁん……いたいのにぃ…きもち…いいよぉ…」
 彼女達の口から甘い声が漏れるようになってきた。さすがは旧支配者、恐るべき順応性だなぁ。
 そして、2179まで数えた瞬間――
「きゃぅううううううん!!!」
「イクぅううううううう!!!」
 “双子の卑猥なるもの”は、その名に相応しく同時に絶頂を迎えて、恍惚の表情で地に伏したのだった……

「うぅぅ……まだひりひりするよぉ」
「お兄ちゃん、ひどいです…」
「あー、ゴメンね」
「わん……」
 お互いの身体を抱き合いながら、半泣きで僕達をにらむ“つぁーる”ちゃんと“ろいがー”ちゃんを見て、僕は何となく申し訳無い気分に陥っていた。やっぱり幼女相手にヤったら駄目だよなぁ。
「今回はあたし達の負けよ。認めてあげる」
「でも……今度は負けませんから」
 そうきっぱり言い放って、今度は僕達に可愛らしくアカンべーをすると、“つぁーる”ちゃんと“ろいがー”ちゃんの姿は、闇の中に溶け込むように消えてしまった……
「ばいば〜い……また遊びに来てくださいねぇ」
 脳天気におっとりと手を振る“つぁとぅぐあ”さん。勘弁してください……
「……これで万事解決……よよよいよよよいよよよいよい……あ、めでてぇな……」
 その後ろで、“いたくぁ”さんが平然とお茶をすすっていた。そういえば、貴女もいたんでしたね。
 でも……全てがめでたしめでたしで終わったわけじゃないんだ。
「……くぅん」
 “てぃんだろす”が股間を押さえながら、切なげな声を漏らす。それは僕も同じ心境だった。そう、“つぁーる”ちゃん達の中はきつ過ぎて、結局僕達は達する事ができなかったんだ。あああ、ものすごく欲求不満……
「ひでぼんさんと“てぃんだろす”ちゃん、苦しそうですねぇ……ボクとどうですかぁ?」
 そんな僕等に“つぁとぅぐあ”さんが実に嬉しい事を言ってくれた。ああ、やっぱり貴方は僕の女神様です。

「……でも、その前に」
「わぉん」
 ゆっくりと振り返る僕と“てぃんだろす”の視線の先には、お茶を飲む形のまま固まっている“いたくぁ”さんの姿があった。
「……な……なんどすかぇ?……」
 嫌な予感がしたらしく、じりじり後退する“いたくぁ”さんの華奢な身体を、僕と“てぃんだろす”はがっしり押さえた。
「そういえば、あの時ただ見物していただけで、僕達を助けてくれませんでしたね?」
「わん、わんわん!」
「……え?……」

 数時間後――
「きゃん……あぉん、わん…あん!」
「んふふぅ……はぁん…2人ともお元気…はぁ……ですねぇ」
「ううっ……や、やっぱり“つぁとぅぐあ”さんの中は良過ぎる……また中に出していいですか?」
「何時でも何処にでも御自由にぃ」
「わぉん!」
 僕はバックから“つぁとぅぐあ”さんのアナルを犯し、“てぃんだろす”は正面から“つぁとぅぐあ”さんを犯している。“てぃんだろす”と一緒に、僕は“つぁとぅぐあ”さんとの至上のSEXを心行くまで味わっていた。ああ、やっぱり“つぁとぅぐあ”さんは最高だ……
 そして、3Pを楽しんでいる僕達の傍らには――
「……ううう……ヒドイっす……」
 お尻を突き上げるようにうつ伏せに伏して、ぺろんとめくり上げられた着物のすそから真っ赤に腫れたお尻を剥き出しにして、さらにアナルからどくどくと白濁液を漏らす“いたくぁ”さんの艶姿があった。
 そう、僕と“てぃんだろす”と(なぜか)“つぁとぅぐあ”さんで、彼女のアヌスだけを徹底的に苛めてあげたのだ。
「……また……このオチ……しくしく……」

 翌日――
「御主人様、大変お待たせしましタ。今後ともよろしくお願いしまス」
 糸目をニコニコと綻ばせて、深々と御辞儀してくれる我等が万能メイドさん、“しょごす”さんがやっと帰ってきてくれた。
 彼女のメンテナンスがここまで遅れた理由は、何でも本社が“ダゴン秘密教団”とやらに襲撃されたかららしい。よくわからないけど、企業戦争って大変なんだなぁ。
 とにかく、これでまた我が家は“しょごす”さんの御世話になる事になったんだ。“てぃんだろす”は尻尾を盛大にぱたぱた振って、“いたくぁ”さんも無表情のまま彼女の帰宅を歓迎してくれている。よかったよかった……ベッドに横になりながら、僕はそう思いを馳せていた。いや、つい調子に乗って“つぁとぅぐあ”さんとガンガンHしてしまった所為で、例によって僕はベッドから起き上がれなくなってしまったんだ。ああ、良いタイミングで“しょごす”さんが帰って来てよかった……
 しかし、異常事態が起こったのは、それから1週間後――僕がようやく起き上がれるようになってからだったんだ。
 深夜、仕事の締め切りが近いので、パソコンの前で悪戦苦闘していた僕は、
 どさっ
 ベランダに、何かが落ちた音を確かに聞いた。何だろうと窓を開けてみると――
「ううう……」
 なんと、全身を血まみれにした文字通り満身創痍の人間が、ベランダに倒れていたんだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
 僕は動揺しながらも、何とかその人をベッドに寝かせて、すぐに“しょごす”さんを呼んだ。“てぃんだろす”も心配そうに謎の人物の傷を舐めている。

 すぐに駆けつけてくれた“しょごす”さんは、てきぱきとその人の治療を開始した。こんな時、彼女は本当に頼もしい。
 その謎の人物は、本当に謎な人だった。灰色のコートみたいな服を着ているけど、その人の特徴といったらそれだけだった。髪も、目も、鼻も、口も、耳も――体の全てのパーツが“ただそこにある”としか表現できない。年齢も性別も全然わからないんだ。不気味なくらい『無個性』な人だった。
 そして、裂けたコートの内側には、明らかに人間のそれとは違った、わけのわからない機械みたいな器官があちこち顔を覗かせていた。
 この人も、いわゆる人外の存在?
 でも、“つぁとぅぐあ”さんや“てぃんだろす”みたいな、『人外の空気』とでも言うべき雰囲気はまるで感じられない。
「この人、本当に人間なのかな」
「人間である事は確かですガ、どうやら魔法や機械科学でかなり肉体を改造されていますネ」
 手を何本にも分裂させて同時に数ヶ所を治療しながら、“しょごす”さんは淡々と答えてくれた。
「直せる?」
「どうも“偉大なる種族”寄りの技術が使われているようですガ……何とかしてみまス」
 それから数十分後、“しょごす”さんが、
「……治療完了しましタ」
 と肩を下ろしたと同時に、
「ううう……」
 その人物が、うめきながらもゆっくりと目を開けたんだ。
「……ここは?」
 キョロキョロ辺りを見渡したその人は、僕達の姿を見止めると、
「あ、赤松 英殿!? それにショゴスにティンダロスの猟犬までいるとは!!……さ、サイン下さい」
 本気で驚いた後、そそくさと“しょごす”さんと“てぃんだろす”に色紙を手渡していた。
「……って、なぜ僕の名前を知ってるのですか? 貴方は何者?」

「君は有名人だからね。そういえば、まだ名乗っていなかったか」
 その人は、右手を胸に当てながらほんの僅かに頭を傾けた。
「私の名はゲルダ。バチカン特務退魔機関『テンプラーズ』所属の退魔師だ……あー、そこ、露骨に引かないでくれ。別に電波な人じゃないんだ。一応、ちゃんとした組織だし」
 部屋の隅まで後退していた僕は、その人の手招きに応じて恐る恐る近付いた。
 確かに、この世界には幽霊やら妖怪やら精霊やら魔物やら、いわゆる超常の住民が存在している事は、正式に確認されている。
 中には幽霊やら悪魔やら天使やら雪女やら座敷わらしやらと交流した人もいるそうだ。
 そんな魔物達から人間を守ったり、あるいは魔物達を利用している組織が、合法、非合法を問わずに存在しているという噂は僕も聞いた事があった。まぁ、一般人は一生の間に2〜3体くらい、浮遊霊の類に遭遇する程度らしいけど。
 それに、本物の人外の存在がいるという事実は、僕自身がこれでもかと体験してるし。
 でも、こうして本物の(たぶん)退魔師さんに出会うのは初めてだ。
「で、その退魔師さんがなぜ僕の家のベランダに?」
「少々敵に襲われてね……あ、すいません」
「敵――ですカ?」
 “しょごす”さんからサイン色紙を受け取りながら、
「そうだな……君に伝えるには良い機会かもしれない」
 ゲルダさんは僕に向かって重々しく頷いた。
「実は、恐るべき危機が迫りつつある」
「はぁ……って、何処に?」
「この世界そのものと……君自身にだ」
「はいぃ?」
 何だか大げさな話になってきた……それに、
「僕に危機が迫ってるんですか? なぜ、どうして?」
「……少々長くて回りくどい話になるが……」
 ゲルダさんは軽く咳払いして、朗々と語り始めた――

「君ももう知っているだろうが、この世界には『外なる神々』『旧支配者』と、それに仕える『奉仕種族』に『独立種族』と称される、恐るべき超高位存在がいる。我々は従来の魔物と区別するために、それらをひっくるめて『邪神』と呼んでいるがね」
「ええ、それは何となく知ってます」
「ごく僅かな例外を除いて、今まで『邪神』達は我々人間に対して全くの無関心だった。それも当然だろう。『邪神』と比べれば、人類という種族などその辺を漂う塵芥にも満たない矮小な存在なのだから……過去に人類の方から『邪神』に接触を求めた例は幾つかあるが、その全てが当事者に絶対の恐怖と破滅をもたらす結果に終わっていた……今まではね」
「今までは?」
 “しょごす”さんの煎れてくれたお茶を飲み、一息ついてから再びゲルダさんは話を続けた。
「ここ最近、そうした『邪神』と接触、交流して、あまつさえ『邪神』の力を手に入れた者達が出現したのだ。中には『邪神』の方から接触してくる例もあるという」
 そういえば、“がたのそあ”さんもそんな事を言っていたような。
「はぁ、そんな人がいるんですか」
「……君もその1人だよ」
 そ、そういえばそうだった。
「なぜそんな事が起こっているのですか? あまり深く考えていませんでしたが、よく考えてみればとんでもない事のような」
「よく考えなくてもとんでもない事なのだよ……とにかく、なぜ『邪神』が人間と接触を始めたのかは謎だ。ただ、ある存在が糸を引いているという噂がある」
「ある存在?」
「正体は不明だ。だが、我々はそれを『黒き奉仕者(ブラックメイド)』と呼んでいる」
 ブラックメイド――その名前を聞いた時、なぜか僕は心臓が凍りつくような戦慄を覚えた。理由はわからない。でも、何か途方もなく恐ろしい存在である事がなぜかわかった。

「『邪神』の意図は不明だ。恐らく人間には理解できない、混沌の思考によるものなのだろうが……」
「ねぇ、どうしてなのかな?」
「わん、わんわん!」
「仕事ですかラ」
「――という理由だそうです」
 “てぃんだろす”と“しょごす”さんの返答に、ゲルダさんは体を30度くらい傾けた。
「そ、そうか……とにかく『邪神』はいずれも人類など指先1つでダウン……もとい、絶滅させる事ができる力の持ち主だ。そんな『邪神』の力を人間が手に入れる……それがどんなに恐ろしい事かわかるかね?」
「まぁ、何となく」
「……ホントにわかっているのかね?」
「ええ、一応は。ショッ○ーや死ね○ね団が『邪神』の力を手に入れたら、世の中滅茶苦茶になってしまいますし」
「それは少々意味が違うと思うが……まぁ、世界の危機とはそういう事だ」
 ゲルダさんは重々しく頷いた。
「……それデ、御主人様の危機とは何なのですかカ? 私にとってはその方が重要でス」
「わんわん!」
「そんな邪神の力を手に入れた事で、赤松殿は――君は、あらゆる退魔組織から最大級の脅威と認識されているのだよ」
 がびーん。そ、それは大きな誤解だと思いますが……
「で、でも、なぜ僕が『邪神』の皆さんと交流している事がわかったのですか?」
「……数ヶ月前、君はその『邪神』の力で思いっきり金を稼いでいたじゃないか」
 そ、そうだった……僕は“つぁとぅぐあ”さんの恩恵を受けていたっけ。
「君は気付いていなかったようだが、君はそれからずっと様々な組織に監視されていたのだよ。告白すれば、私もその監視者の1人だ」
「え?」

「この顔に見覚えは無いかね」
 と、急にゲルダさんの顔の輪郭が変わった。いや、輪郭だけじゃなくて目や鼻や口のパーツが形を変えて、髪や体格まで次々と変化していく。数秒後には、頭髪の後退した中年男性の姿になってしまった。
 この人には見覚えがある……ええと……そうだ!
「あの奥さんと衝突した時、巻き添えを食った中年男性!?」
「正解だよ。あの時は寒かった……」
 そして、ゲルダさんの姿がまた形を変えて――次の瞬間には、朝、顔を洗う時によく見る顔……そう、僕そっくりに化けてしまったんだ。
「私はどんな者の姿にも変身する事ができる。直接接触すれば、記憶や能力もコピーすることが可能だ。失礼だが、私のこの力を使って、君の事を調べさせてもらったよ」
「げ……」
「プライベートな事は読んでないから安心したまえ。まぁ、私の事はどうでもいい。この能力で調べた結果……君自身は特に危険な思想や精神的疾患は無い事が判明した」
「ああよかった……って、それがなぜ僕の危機になるのですか?」
 むにゅむにゅとモーフィングするように、ゲルダさんが元の姿に戻った。
「その事を知った我々退魔組織は、大きく三つの派閥に分かれた。1つ目は、君を利用して『邪神』の力を手に入れようとする勢力。これは主に非合法的な退魔組織に多い……おそらく、奴等は君を甘い言葉で誘惑して、君を引き込もうとするだろう。もてる男は辛いな」
「全然嬉しくないです……でも、なぜ僕を引き込もうとするのですか? 『邪神』さんの存在がわかっているのなら、僕なんか無視して直接『邪神』さんと交流すればいいのに」
 ゲルダさんは肩をすくめて見せた。

「そこに“黒き奉仕者”の皮肉な仕掛けがあるのだよ。原因は不明だが、『邪神』と直接的に接触した者は、その時点で『邪神』の力を使う事ができなくなるのだ。その証拠に、数多くの『邪神』と接触している君自身は、何の力も使えないだろう?」
 なるほど、それもそうだ……つまり、積極的に『邪神』の力を手に入れようとすればするほど、逆にその力から遠ざかってしまうカラクリなのか。そのブラックメイドさんとやらは、どうやらかなり根性悪らしい。
「だが、君自身は『邪神』の力を使えなくても、君を通して『邪神』の力を受け取る事はできる。奴等の狙いはそれだよ。注意する事だ」
「はぁ……」
「本当にわかっているのかな?……話を続けよう。2つ目の派閥――それは、君を抹殺する事によって、『邪神』の脅威を少しでも減らそうとしている勢力だ。『邪神』の力は強大でも、君自身は普通の人間だからな。君に対する直接的な危機とは、この事だよ」
 僕は飲みかけのお茶を吹き出した。当然だろう。
「ぼ、ぼ、僕を殺そうと!? 僕はしがない平凡なWebデザイナーですよ!!」
「国家予算をも凌駕する資産を持つWebデザイナーは、平凡とは言えないだろう……とにかく、三つの派閥の中でも、これが最大の勢力だ。私は法王直属のキリスト教系退魔組織『テンプラーズ』の一員だが、他のメンバーも大半が君の抹殺こそが世界を救う道だと考えている。我々の組織だけじゃない。国連の退魔機関『IMSO』に、イスラム圏最大の退魔組織『アズラエル・アイ』、この国最強の退魔師軍団『闇高野』、仙界の総本山『崑崙山』……世界中の退魔組織と、所属している人類最強の戦闘能力者達が、君の首を狙っているのだよ」

「大丈夫ですカ?」
「わぉん」
 眩暈がしてふらついた僕を、“しょごす”さんと“てぃんだろす”が優しく支えてくれた。い、いつのまにか僕の命は大ピンチだったんですね。ああ、これからどうやって生活すればいいのだろう。
「私がガードマンになりますヨ」
「わん、わんわん!」
「まぁ、その御二人と一緒にいれば、大丈夫だと思うがね」
 ……その後、僕はその言葉の意味を、身を持って体験する事になったんだけど……
……その話はまた別の機会にしよう。
「最後の派閥――それは、下手に君にちょっかいを出して『邪神』を刺激する事の方が危険だと判断して、全てを静観する勢力だ。私もこの派閥に属している」
 なるほど、僕にとってはそれが一番ありがたい。
 でも……僕はその思想に、ちょっと違和感を覚えた。
「あのぅ、ちょっといいですか」
「何だね?」
「僕がこんな事を言うのも変な話ですけど……ゲルダさんは退魔師さんですよね? そんな人がただ静観するだけというのも、少し変な気がして……」
 ゲルダさんは無言でお茶を飲み干した。そのまま湯呑を掌の中で弄びながら、
「――君は、なぜ人が神を信仰するのかわかるかね?」
 妙に神妙な顔付きで、独り言のように語り始めた。

「科学万世の世の中でなくとも、神を信じても何の得も無い事は、子供だって理解できるだろう。それなのに、なぜ今も人は神を信仰するのか――」
 僕は何も言えなかった。信者に説法する司祭という人種は、こんな風に語るのかもしれない。
「それは、自分自身を戒めるためだ。自分達をあらゆる意味で遥かに凌駕するものが存在していて、我々の一挙一動を見守っている。そして、その存在の怒りを買えば、全てが破滅してしまう――そう考えていれば、自分達が万物の霊長などと、思い上がる事は無い筈だ……だが」
 ぱきり、とゲルダさんの手の中で湯呑が軋んだ。
「だが、人間は神の存在を忘れた。まるで自分がこの星の支配者であるかのように、空と海と大地を汚し、無駄に生き物を殺し、同族まで殺し合い、我が物顔で振舞っている。その結果、人類という種は紛れもない自滅の道を邁進しているのは自明の理だろう……だから、私は神を恐れる。人知を超えた存在を恐れる。私が『邪神』を静観するのは、それが理由だよ」
 ゲルダさんの声は、今や唸り声に近かった。
「人は、神の脅威に震えて生きるべきなんだ」
 声も出せないで話を聞いていた僕の顔を見て、ゲルダさんは慌てたように手を振った。
「失礼、つい説法してしまったようだ。一応、これでも司祭でね。説教癖は勘弁してくれたまえ」
「は、はぁ……」

 でも、ゲルダさんの話も何となくわかる気がする。僕も“つぁとぅぐあ”さんと出会ってから、人間なんて本当にちっぽけな存在なんだという事を、何度も実感しているのだから。
「我々としても、君を他の派閥から守りたい所なんだが……遺憾ながら、我々は極少数派でね、この体たらくだ」
 包帯だらけの自分の体を指差して、ゲルダさんは肩をすくめて見せた。
「私が与えられる情報は以上だ。信じる信じないは君の勝手だが、私の言葉を心の片隅にでも留めてくれると有難い」
「……わかりました。肝に命じておきます」
 どうやら、僕の知らない間にとんでもない事が起こりつつあるみたいだ。これから僕はどうすればいいのだろうか?
 ……まぁ、やるようにやるしかないと思うけど。
「君に神の御加護があらん事を……っと、君に神の祈りは無用だったかな」
 そう言って、ゲルダさんは苦笑して見せた。

「では、本当に御世話になった。この借りは後に必ず返そう」
「いえいえ、こちらこそ貴重な情報をありがとうございました」
 数時間後、夕食を食べ終えた僕達は、一度組織に帰るというゲルダさんを玄関まで見送っていた。
「何かあったら、ここに連絡を――では、ご馳走様でした」
 最後に名刺を手渡して、ゲルダさんは立ち去ろうと――
「……おっと、言い忘れるところだった」
「はい?」
「我々は君のように、『邪神』と交流する可能性がある者を『資格者』と呼んでいるのだが、組織の予言機関が、近日中に君にその『資格者』の1人が接触するだろうとの推測をしている」
「は、はぁ」
「その『資格者』の名は“津田 トウカ”……彼女をどう対応するかは、君次第だ……では」
 それきり、ゲルダさんは夜の闇の中に消えてしまった……

 そんな事があった、次の日――
「あぁ…ひでぼんさんですかぁ」
「おはようございます……あれ? それは何ですか?」
 いつものように“つぁとぅぐあ”さんに供物を持ってきた僕は、珍しく寝てないで何かを運んでいる“つぁとぅぐあ”さんに出会った。
 “つぁとぅぐあ”さんが運んでいる物――それは、わけのわからない文様が描かれた、長方形の金属板だった。数十トンはありそうなそれを、“つぁとぅぐあ”さんは片手で軽々と持ち上げている。
「ちょっと泳ぎに行こうと思いましてぇ……ひでぼんさんもどうですかぁ?」
「それは楽しそうですけど、この時期に泳ぐんですか?」
 その金属板と泳ぐ事に、何の関係があるのかもよくわからないけど……
「とっても気持ちいいと思いますよぉ」
「はぁ……で、どこで泳ぐんですか? まさか海とは思いませんが、温水プールでもあるのですか?」
 “つぁとぅぐあ”さんは、例の『にへら〜』と笑って見せた。
「“サイクラノーシュ”ですねぇ」

 続く


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