第七章「真っ白な食器」

冬が近づくと、俺は一応受験勉強というものを始めた。
その地区は、高校受験は殆ど内申書でだいたい決まるといわれていたが、
それでも、入試の点数が悪かったらいいところには入れない。
俺は、先生と親と話し合って、近所の県立の進学校と、
滑り止めにちょとお離れた場所にある私立の進学校の二つを受ける事にした。
俺の勉強の邪魔をしないようにと、愛美ちゃんは、自分も勉強道具をもって遊びに来た。
それでは、勉強にならなかっただろうと思うかもしれないが、結構それでも勉強がはかどった。
県立高校は、うちから中学校に通う途中にあった。だからそこへ行けばいままでどおり毎日愛美ちゃんと通うことができた。
でも私立高校は、電車を乗り継いで1時間ぐらいかかった。
だから、県立高校に行けなければ、愛美ちゃんと会える時間が減ってしまうと思うと、俄然やる気が出てきた。
愛美ちゃんも応援してくれた。俺が数学の問題を解いている間に英語の単語カードを作ってくれて
単語を覚える手伝いまでしてくれた。彼女にとっても俺が県立に入れるかどうかは大問題だった。
俺が県立にいって、次の年に彼女が入るというのが俺たちの計画だった。
冬になると、彼女は、俺が風邪を引かないようにと襟巻きを編んでくれた。
毎日毎日俺が勉強する脇で編み棒を動かしていた。クリスマスの頃には、おそろいの赤と紺色の可愛い襟巻きができた。
俺たちはどこに行くのもそれを首に巻いていった。

愛美ちゃんは、本当にいい子だった。小学生の頃は親に隠れていろいろと悪い事をしたけど、基本的に素直でいい子だった。
中学生になってから、益々いい子ぶりを発揮して、俺の母親からいつも褒められていた。
愛美ちゃんと仲直りしてから、殆ど毎日のように愛美ちゃんは俺のうちに来ていたから、殆どうちの子同然のようになっていた。
母親が晩御飯を作るのを手伝った。食器の片付けも手伝った。
母親がいつも「女の子は、お手伝いしてくれるからいいわね、うちも女の子がいればよかったわ」と口癖のように言った。
「でも、愛美ちゃんいつもお母さんの手伝いしてるからいいじゃん」、と俺は密かに思っていた。
俺は、10時頃になると、愛美ちゃんを自転車の後ろに乗っけて送っていった。
彼女の家はすぐ近くだった。俺たちは、名残惜しんで、寒いのにも拘らず、玄関の外で立って話した。
そして物陰でしばらく抱き合ってキスをした。そしてお休みを言って別かれた。
気温がどんなに低くても、愛美ちゃんの襟巻きで包まれた首と、心の中だけは寒くなることは絶対無かった。

二学期からは、愛美ちゃんの家族が新しくて広い家に移ったので、俺はよく勉強道具を持って泊まりに行った。
ここでも俺は家族同然の扱いで、お風呂はもちろんのこと、寝るのも愛美ちゃんと一緒だった。
愛美ちゃんの部屋は2階にあった。隣は小学校3,4年生の妹の部屋だった。
愛美ちゃんの部屋はベッドが置いてあったが、俺が行くと、お母さんが、
俺達のために布団を二つ出して並べて敷いてくれた。
俺たちは、パジャマに着替えて歯を磨いて愛美ちゃんの両親に「おやすみなさい」といって、
部屋に入って2人きりになると、思う存分エッチをした。
その頃は以前みたいにべつ幕なしじゃなかったから、夜になるのが楽しみだった。俺達は基礎体温グラフを見ながら、
ちゃんとコンドームを使った。そのあたり今考えても我ながらしっかりした中学生だと思う。
確かに基礎体温法は完璧ではないかもしれないが、
それで危険日以外は必ず中だししてたにも拘らず一度も妊娠しなかった。

俺たちがエッチしていたのは奇跡的にどちらの親にも気がつかれなかった。直接たずねたことはないが、
もし気がついていたら、いくらなんでもなにか言っただろう。ところが、一度だけ、彼女の妹に見られたことがあった。
俺たちが部屋に入って、始めたところだった。愛美ちゃんが俺の上に乗っかって喘いでいたら、
部屋の入り口がバッとあいて、妹が「お姉ちゃん・・」といって入ってきた。なにか用事があったのだろう。
彼女の親が来る時は、階段を上ってくる音が聞こえるのでさっと布団の中にはいってしまえばよかった。
それにいったん「おやすみなさい」をした後は、部屋に来ることはめったに無かった。
でも、妹は隣の部屋だったから全然気がつかなかった。
愛美ちゃんは一瞬止まってから慌ててばたばたと布団の中にもぐりこんだ。妹さんは、何も言わないで行ってしまった。
俺たちは、そのあと、おかしくなってクスクス笑ってしまった。
そして、どうせあの子には何してたかわからなかったよ、という事にした。
でも考えたら、俺たちが始めてエッチをしたのはそのくらいの年齢だった。
後日大人になってから愛美ちゃんの妹さんと話していて、話題がその事に及んだとき、
彼女は、ちゃんとその時の事を覚えていた。でもそのときは何をしているのかわからなかったそうだ。
ただ愛美ちゃんが俺の上にのっかて遊んでるとおもったそうだ。

さて、3学期にはいって、いよいよ受験が近づいた。愛美ちゃんは色んな事をしてくれた。
俺のうちで、アップルパイを焼いてくれたこともあった。
ケーキを作って、合格ケーキといって、上に「合格」って字を書いてくれた。
でもじつは状況はあまり芳しくなかった。学校の先生から内申点がちょっと足りなくて危ないといわれた。
入試でかなり頑張らないと難しいかもしれないといわれた。俺はその事を愛美ちゃんに告げた。
彼女は意外と明るく、「大丈夫だよ、リョウ君は、かしこいから」といっていた。
試験の数日前から俺たちは気を引き締めるために、禁欲生活を始めた。
愛美ちゃんは「わかった?今日から無しだよ」といった。
「そんな・・・」と俺。
「試験がうまく行ったら、私の体がご褒美だからね」と愛美ちゃん。
「じゃあうまくいかなかったら?」と俺がいうと、
「もう一生エッチできないね」という。俺がすねた顔をして、、
「いいよ、誰か他の子とするから」といったら、
「こいつー」といいながら俺をこちょこちょとくすぐった。
「きゃっはっはっはっ、わかった、わかった、他の子としない」といっても、彼女は
「許さねー」といってさらに、こちょこちょ。
俺は、「そっちがそう出るなら、仕方ない」といって、ぎゅうっと彼女を抱きしめて口を口をふさぐ。
彼女は反射的に俺の口に舌を差し込んで俺の舌に絡めてくる。1,2分そうやってキスをしたあと、
「プふぁー、はぁはぁはぁ、どうだ分かったか」と俺がいうと、
「わかった許してあげる」と彼女。こんな感じで俺たちはじゃれあった。

試験の当日、おれは愛美ちゃんはキスで見送ってくれた。
俺はあまり自信が無かったが、「よし、がんばるぞ」といって出かけた。
試験は感触は悪くなかった。でも点数が足りるかどうかはわからなかった。
その日の夜、彼女と一週間ぶりにエッチをした。俺は、彼女に、あんまりよくなかったかもしれない、
と正直に言ったが、彼女は、「いいよ。よく頑張ったから、ご褒美あげる」といって、
上を脱いでオッパイをむき出しにして俺の膝の上に座った。そういうときの彼女はこの上なく可愛いかった。
彼女は俺の顔にオッパイを押し付けた。俺は試験が終わった開放感から、彼女を思う存分味わった。

試験の結果が来た。だめだった。俺たちは結局4月からまた別れ別れにならなければならなくなった。
でもこの世の終わりではなかった。一緒に通学できないというのと、会える時間が2,3時間減るというだけの話だった。
愛美ちゃんもその悪い知らせを、明るく受け入れた。
「いいじゃん、別に会えなくなる訳じゃないし、休みの日にはまた泊まればいいし」といってニッコリした。
でもこれがとんでもない間違えだった事にその時点では気づきようも無かった。

4月にはいって俺たちは別々の学校にいった。週日はなんだかんだ、忙しくてあえない日さえあった。
でもその代わり休みの日はお互いの家にに泊まりにいって一日中べったりした。
だから2人は十分幸せだった。俺たちは、会うと、学校のことやら、将来のことやらを話し続けた。
俺たちは、年取って死ぬまでの人生設計ができた。でもそんな幸せな日々も長続きしなかった。
俺たちは運命の女神の残酷な仕打ちをまた経験する事になるのだ。

あれは、5月半ば過ぎのある日、俺たちは愛美ちゃんのお母さんの誕生日プレゼントを買いに行った。
このときのことは俺は一生忘れることができないだろう。俺たちはあるデパートの食器売り場を見ていた。
いろんな形や柄の食器が所狭しと並んでいた。俺たちは、真っ白い食器がならんでいる棚なの前に立っていた、
彼女は俺の腕のを両手で掴んで俺にしなだれかかるようにして、
「ねえねえ、わたしの夢聞いて」といった。
「いいよ、なあに?」と俺。彼女は
「私ね、結婚したらね、こういう真っ白な食器をそろえるの」とうっとりした表情でいった。俺が、
「真っ白の食器じゃつまんないじゃん」というと、
「だめ、真っ白じゃなきゃだめなの」といった。
「そうじゃないと、料理の色が綺麗にみえないでしょ」
「そうかな」
「うん、そいで、リョウ君においしい物作ってあげるの」と嬉しそうにいった。
「なに作ってくれるの」
「うーん、リョウ君のすきなカレーと・・」
「ああ、おいしそう」
「あと、リョウ君の好きな餃子と・・・」
「ああ、おなかすいてきちゃった」
「あとリョウ君の好きなグラタン」
「ああ、食べたいね」と俺がいうと、愛美ちゃんは
「うん、ねー、いいでしょう?」といって俺の腕をさすった。それから彼女は
「ねえ、白い食器買ってくれるでしょ?」といって、俺の肩に頬を乗っけた。俺は、
「うん、じゃあ結婚したらまず最初に白い食器を買おう」といった。彼女は嬉しそうにニッコリ笑うと、
「リョウ君大好き」といって、彼女は俺のほっぺたにキスをした。
俺はこんな、ささやかな事を「夢」といって嬉しそうに話す愛美ちゃんが、愛しくて仕方なかった。
同時にこの上なく幸せな気持になった。


このときの彼女の笑顔は俺の脳裏に今でもしっかり焼き付いている。

これが俺覚えている愛美ちゃんの最後の笑顔だった。

 

この次の日、彼女は大型トラックにはねられて、帰らぬ人になった。1人で下校の途中だった。

 

 

その日、学校から帰ると、俺の母親が険しい顔をして、玄関で待ち構えていた。
「愛美ちゃんが大変なことになっちゃったの」
おれは彼女の言うことが最初わからなかった。それから、2人で病院まで駆けつけた。
案内された病室のベッドによこたわる愛美ちゃんには既に息がなかった。
彼女の傍らで彼女の母親が泣きじゃくっていた。反対側には彼女の父親がうなだれていた。
横には彼女の妹がぼーとして立っていた。
愛美ちゃんは、多少むくんだような顔をしていたが、すやすやと寝ているようにみえた。
俺は最初わけが分からず、「愛美ちゃん」と呼んだ。彼女は何も言わなかった。
触ると皮膚がひんやりと冷たかった。今にも目を開けて「リョウ君、おはよう」って言ってキスをしてきそうに見えた。
俺はもう一回「愛美ちゃん」と呼びかけた。でも彼女は目を開けなかった。
俺には信じられなかった。つい昨日まで「リョウ君においしい物つくってあげるの」って
嬉しそうにいった愛美ちゃんが冷たくなって息をしていないという現実を受け入れることができなかった。
俺は、でも、それが変えようの無い現実なのだと言う事に気がついたとたん、俺の両目から滝のように涙がこぼれ落ちた。
俺は大声を上げて泣いた。
「愛美ちゃん、なんで?なんで?なんでなの?」とやりどころの無い気持を、声に出して泣いた。
冷たい愛美ちゃんの亡骸の上に覆いかぶさるようにして泣いた。
泣いたからといって愛美ちゃんが帰ってくるわけではなかったけど、どうしようもなかった。
俺は「愛美ちゃん、僕と結婚するって言ったじゃん」といって泣きじゃくった。
「白い食器、買ってあげるってって言ったじゃん」といって泣きじゃくった。
俺は「愛美ちゃん、俺とおじいさんとおばあさんになるまで一緒だって言ったじゃん」と言ってさらに泣きじゃくった。
「どうして?、どうしてだよう?なんで死んじゃうんだよう」俺は泣いて泣いて
泣きつかれて涙腺が乾ききるまで泣いた。その間、愛美ちゃんのお母さんと自分の母親が俺を交互に抱きしめてくれていた。
俺が、県立高校に受かっていれば、愛美ちゃんは多分死んでいなかっただろう。
俺たちはいつも回り道をして大通りを避けて歩いていた。
ところが、彼女が轢かれた場所は最短距離の大通りを渡る道だった。
俺が県立高校に受かっていたら、あんな危ない場所は彼女は歩いていなかっただろう。
そう思うと悔やんでも悔やみきれなかった。

お葬式が終わった後、俺は、彼女の襟巻きを形見にもらった。彼女が自分で編んだ俺とお揃いのやつだ。
俺はそれと、愛美ちゃんがくれた自分の襟巻きを、机の上に並べて置いた。
それを見ていると、俺の頭の中に、おそろいの襟巻きをして歩いている自分と愛美ちゃんの姿が目に浮かんだ。
俺はふと思いついたように2本の襟巻きを結んでみた。おそろいの襟巻きをした愛美ちゃんは嬉しそうに笑った。
俺は結んだままの襟巻きを畳んで引き出しにしまった。
こうしておいたら、俺たちは永遠に繋がったまでいられるような気がした。
今でも時々彼女を思い出して寂しくなると、その結んだままの襟巻きを取り出して頬にあてて見る。
そうすると、彼女の元気な声が聞こえてくるような気がする。
おれは1人、彼女に向かって話しかけてみる。
「いいよ、真っ白な食器を買ってあげるよ」って。
愛美ちゃんが嬉しそうに微笑みかえしてきた。

 

Fin

 

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