| 「そう落ち込むなよ…」 健二は実験室でうなだれる様に座り込んでいた炎をネオファクトリー本社近くにある喫茶店へと連れ出していた 喫茶店に入ってからも炎は言葉を発する事はなかった 運ばれてきたコーヒーにも口を付けずにただただ俯いているだけだった 健二も炎の考えている事、思っている事…。炎の気持ちは解っているつもりだ 気分転換にでも、と言って連れ出したのはいいが、これくらいで気分が紛れる訳もないと解っていた 「ま、どうにかなるだろうさ…」 健二はそれだけを言ってコーヒーに口をつけた それから二人の間には会話は無かった 店内に流れる有線のBGMだけがただ延々と重苦しい時間だけを歌っていた 「あの…」 「ん? どうした?」 沈黙を先に破ったのは炎だった すっかり冷え切ったコーヒーにミルクを入れながら申し訳なさそうに顔をあげた しばし何かを考えるかのように炎は顔を顰める 何を言おうか困っているというよりも、どうやって言葉にしたらいいかを悩んでいるようにも見える 「…どうなるんでしょうか」 最初に出た言葉はそれだった 「ふむ」とコーヒーカップを置きながら健二は窓の外を眺める 昼過ぎから振り出した雨は一向に止む気配が無かった 喫茶店のガラスに打ち付ける雨粒を見ながら健二はゆっくりと口を開く 「何も変わらないさ、成功なんて普通は一回しかしないものだ その一回の為に人間は何度も失敗をする。だけどそれは失敗であって失敗じゃない 成功に向かう為の一歩だからな。 まぁ何が言いたいかってーと、実験開発はこの先も続いていくから心配すんな、って事だ」 「だけどっ」 「コーヒー…新しいの頼むか?」 何かを言おうとした炎の言葉を途中で健二は遮る 何事にも真面目な故に考え過ぎてしまう炎の事を考えて健二はこの会話を終わらせたのだ 特にここ最近、炎のそのような面が目立ってきている。ブラッディトランスを目の当りにした日から特に… 「俺、思います。時の流れがもうちょっとゆっくりだったらいいのに、って」 「焦ってもどうしようも無い時もあるさ」 前日から降り続いている雨は未だに降り続けている 朝一番、昨日の解析結果を受け取り、それを見ながら健二は自分のデスクへと向かう 最上階の一番奥の部屋。鉄ともアルミとも言えぬ銀色の物質で作られた扉を開け中に入る そしてその部屋の一番奥、大量の資料と大きめのパソコンが置かれている机へと解析結果を投げるように置く そのまま椅子を引き、パソコンの電源を入れ椅子に座った 「はぁ…また一からやり直しか…」 起動した画面を見ながら健二は溜息をついた 昨日の起動実験は今までよりもエネルギーの圧縮・膨張の数値が低かった ジェスターの資料に書かれている『圧縮したエネルギーを膨張させ、後に再構築し物質化を図る』 という項目だけが達成出来ないでいた 資料はここで途切れており、この先は自分達で試行錯誤をしていかなければならなかった 自分の持てる知識を総動員して健二はベルトの理論を構築していく キーボードを手早く叩き、難解な数式とプログラムを組んでいくが途中で打つ手を止める 毎回同じプログラムを組んでいる。このプログラム自体は間違っていないという確信はあった。 しかし、ジェスターの資料にあったベルトの構造図で解らない所が多過ぎる事でその確信も揺らいでいる 「…俺が焦ってちゃしょうがないな…」 昨日、炎に言った自分の言葉を思い出す 焦ってもどうしようもないと炎に言い聞かせていたが、炎以上に健二は焦っていた 思うように開発が上手くいかない。思うように実験が上手くいかない。 何度の失敗を繰り返しただろうか 絶対に成功させてやる、そう思っていた健二だったが、少し弱気になってしまっている ――プルルルルル 突如鳴り響く電話の呼び出し音で健二の意識は一気に現実へ引き戻された 心の中を見透かされたような感じがし、何とも罰が悪そうな表情で受話器を上げる 「どうした?」 健二が一日の大半を過ごす社長室には様々な設備がある パソコンに巨大モニター、金庫や膨大な資料が収められた本棚 そして今使用しているテレビ電話もそうだった 今健二のもとに掛かってきている電話は社長室直通の回線だ 普段は秘書室を通り健二の部屋へと電話が回される つまり直通で掛かってくるという事は一秒でも早く社長のもとに届けたい話があるからなのだ そして健二もそれを知っていた。余計なことは聞かずに用件のみを尋ねた 「そうか…10分程待って貰ってくれ。すぐに向かう」 普段、アポイントのない来客には対応しない健二だった だが電話越しに伝えられた内容に興味深いところと怪しいところがあり、その来客者に会う事にした ネオファクトリーに来た来客者…その人物が言っている事を確かめる為に健二はその人物に会いに行く ジェスターが残したファイルを持って ジェスターのファイルに書かれている事の先の事が解るかもしれない それが解ればベルトが完成するかもしれない 健二は藁をも縋る思いで部屋の扉を開いた 必要な物を全て手持ちのバッグに詰め込み、健二は応接室へと向かった ネオファクトリー社の応接室はビルの中には無く、屋外にある 屋外と言っても吹き曝しのような状態ではなくビルとビルの間にある中庭に作られている建物の事だ 全面ガラス張りであるが、中にあるスイッチを押すと外から中を伺う事は出来ないように出来る 「お待たせしました」 応接室の中へと入り、リモコンを使って全面を覆うガラスを不可視状態へと変化させる 戸締りもしっかりとし、音が外に漏れないように気を使う 普段の商談や会議の時には炎をいつも側に置いておく健二だったが、ここに炎の姿は無かった 今日の話はベルトとトランスについてだからだ 例えこの男の言うことが嘘であれ、先の実験からどうも情緒不安定な炎をこの場にいさせる事は出来ない 炎は真面目過ぎるのだ そんな事を健二は考えながら席に着いた 「いえ、突然お邪魔してしまってご迷惑をお掛けしたと思っています」 健二は差し出された名刺を眺めた この男の名前は真辺明良、ジオテクノロジーという最近になって急成長を遂げている会社の社員だ 役職の方はあまり聞かない『交渉人』という役職だ ネオファクトリーに来たのも交渉人たる故に、ネオファクトリー社長の村上健二に交渉を持ちかけに来たのだろう 「で、その交渉人さんがウチにどのようなご用件で」 健二は名刺を自分と真辺を隔てるように置かれているテーブルの上に置きながら問い掛けた 真辺は一冊のファイルを鞄から取り出し、それを健二へと渡した 健二のもとにあるジェスターのファイルと同じ物だ 「蛇の道は蛇と言いますか、秘密裏に何かをしているようですが… 色々と私達の耳に入って来ていますよ? 少し用心した方がいいのでは」 真辺はそれだけを言うと立ち上がり応接室から出て行こうとする 「ちょっと待て、お前は何者だ? ジオテクノロジーもトランスについて何か知ってるのか? それに…」 「それに?」 「…お前達は…お前達もベルトを…?」 渡されたファイルはジェスターのファイルの残り全てだった エネルギーの圧縮・膨張の理論が書かれている そしてジェスターのファイルに書かれていたベルトの設計図の中でどうしても理解出来なかった物についても… いわゆるブラックボックスというやつであり、健二の入手したファイルにはどういうものかは書かれていなかった だが今、この完璧な設計図を手に入れたとなれば…ベルトの完成も間近だ しかし健二には気になる事があった 「いや違うか…残りのファイルを俺に渡してもいいのか?」 真辺は蛇の道は蛇だと言った つまり今この街で起きているある事について知っているという訳だ それにこのファイルをここに持ってきたという事は、トランスに対抗出来るのがベルトの力だけだとも知っている筈 トランスの事件を積極的にどうにかしようと思っている限りは手放すのは得策でないと健二は考えているからだ 「私達はベルトや何やらよりも、トランスについて研究をしているのですよ。 それにトランスの基本戦闘能力を考えれば、戦闘などという危険な行為をしたくないというのが本音です」 「そうか、まぁそうだよな…それは俺達に任せてくれ。 このファイル、絶対に役立たせて見せるさ」 〜to be next page〜 |