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シベリアで見つかった遺跡にあった三つの発掘品…
ひとつは霊長類の骨にも似た生物の化石
もうひとつは表紙に七つの宝石が組み込まれた決して開く事のない本
そして最後のひとつ
常に淡い青色の光を発し続ける宝石が組み込まれたベルト…
これらの研究が開始されてから一年が経っても殆どの謎が解決されていない状態だった
そして次第に研究室へと回される研究費用も徐々に少なくなっていった
ゼロインダストリィも御多分に漏れず仮にも大企業だ
必要な経費とあればいくらでも投資する
だが、まったく成果をあげない研究機関に出資する程の資金は持ち合わせていなかった
現社長である初島は無駄が嫌いな男であり、使えない物、使えない者は容赦なく切り捨てていた
そういう体質だったからこそ一代で有数の企業にまで登りつめたのだろう
無駄を省き、最小限の支出で最大限の収入を得る
結果が出せなければ解雇をする
そのような事があるからこそ社員は努力し、いい物を作り出していく
結果的にはプラスの方向へと働いていた
現在彼のリストに列挙されている中にはある二つの名称が載っていた
ひとつは、例の化石を研究している冴子の所属する『第三研究室』
もうひとつは七星書の研究をしている健二の所属する『第七研究室』
この二つだった
研究費用の削減により冴子の研究室の人員も以前の半分になってしまった
だが冴子は研究だけるだけでも良しとしよう
と考え、連日夜遅くまで研究に没頭していた
そしてある日、化石に付着していた細菌に変化が現れた
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょ…え? 何これ!? 何この数値!?
何なの!? 突然! 凄い…これは凄い…凄いわ」
細菌が収められているシャーレの中で、目に見えて解る程に細菌の動きは活発になっていった
冴子は興奮を隠し切れず、真夜中の研究室内で大声で叫び、飛び跳ねた
シャーレの中では次々と増殖していくゼロバクテリアがあった
冴子はすぐさまパソコンへと向かう
「凄い…やっぱりこれは眠っていただけなのね、活動を休止していただけなのね!
まさか活動再開の鍵が血液だったとは……凄い、凄い凄い凄い凄い
驚異的なスピードで増殖していくっ!」
キーボードを叩く指の力は徐々に強さを増していった
キーボードを叩く指の速さは徐々にスピードを上げていった
次々と作成、印刷されていく報告書とデータの数値表の数々
今の冴子はまさに狂気染みた研究者だった
ゼロバクテリアが活動を開始してから一週間後
『研究』は既に『実験』段階へと移行していた
様々な物質とバクテリアを混合させる実験とラットを使った生物実験の二種類
前者の実験では特に何の変化も起きなかった
だが後者の実験、生物実験では今までの無反応・無変化からは想像出来ないくらいの結果が現れた
「凄いな…これは…何と言うか…進化? なのか?」
ゼロバクテリアを体内に注射されたラットを見つめながら健二は感嘆の声を漏らした
健二の視線の先にいるラットは既に違う生命体へと変化していた
ラットの面影を残しつつも別の生物の特性を兼ね備えたものだった
頭にはトナカイを彷彿とさせる角が生えており、皮膚は鰐のような硬い皮膚に変化していた
牙も口からはみ出る程に長くなっている
「これだけで驚いてちゃ駄目だけどね…」
そう言って冴子はゼロバクテリアを注射されたラットが入れられている檻へと普通のラットを入れる
その直後だ、変化したラットがもう一匹のラットに飛び掛り、その角でラットの体を一突きしたのだ
一瞬で絶命するラット
そこからは凄まじいものだった
変化したラットの角が胎動を始め、角に刺さっているラットの血を吸い始めたのだ
「角に吸引器官が!? いや…これは何と言うか…
食事…をしているのか…?」
全身の血を抜かれ干からびたラットを角から振り払うと、そのラットはノイズのようなものを発生させる
そのノイズは体全体を覆い、ラットの姿を覆い隠した
暫くしてノイズが止むと、そこにはごく普通のラットがいた
「どう?」
「どうって…どうやったら…どうなったら…これはどういう事だ?
まったくもって解らない、ゼロバクテリアを注入させるとこうなるのか?」
「そうね、不思議な事だらけよ
例えばそう、これはゼロバクテリアを注入したラットのDNA図なんだけど…」
冴子はすぐ近くのパソコンに向かう
パソコンにMOを挿入し、ひとつのフォルダを開く
そしてその中のひとつの『DNA』というファイルを開く
「凄いでしょ…こんなDNA見たこともない」
冴子の向かうパソコンのモニターにはラットのDNA図が表示される
通常のDNAは二本の柱を繋ぐようにして一本の柱が通り、それが螺旋状に伸びている
だが、今表示されているラットのDNAは通常のDNA図とは違うものだった
四本の柱が螺旋状に伸びており、それを繋ぐ柱は十字に交差していた
「しかもこれだけじゃ…単純に体は変化するだけじゃないの
傷をつけた部分は物凄い速さで修復していくし、身体能力も飛躍的に上昇したわ
様々な病原菌にも負けなくなった、癌細胞すらこの細菌は取り込んでしまった
これが人間に使えれば」
「使えるわけないだろう!
体が変化するんだぞ、それくらい無理だってのは解るだろ?」
「でも大丈夫
体が変化しない例もある
その違いさえ検証できれば…きっと」
「……まぁ…完全なワクチンへと変化させる事が出来れば凄いもんだよな
だけどその為には…」
そこまで言って健二は黙ってしまう
どれほど実験動物で成果があげられても人間で効果が実証されなければ意味がないのだ
最後の難関はそこだった
つまりは…
「人体実験ね…大丈夫、きっと大丈夫」
「だが一歩間違えれば人間があのラットみたいな化け物になっちまうんだぞ?
DNAだって変化しちまう……それにっ」
「大丈夫、大丈夫だって、まだ人間に投与出来る程じゃないんだから…」
「そっか…それならいいんだけどさ……
もう戻るな…」
それだけを告げると健二は冴子のいる研究室を後にした
廊下に出るとエレベーターを使い、自分の研究室がある17階へと向かう
その途中の7階でエレベーターが停止し、一人の男が乗ってきた
「あ、健二さん」
「何だ炎か…」
その男の名前は上村炎
今年の四月にゼロインダストリィに入社した社会人一年生だ
炎の働く食品開発部は健二のいる研究室の近くにあり、健二とは何度か会っていた
また、炎は何故か会社の内情について詳しく、健二も色々な情報を貰っていた
「そういえば健二さん」
「うん?」
「例の遺跡から見つかったっていうベルトっすか?」
「ああ、そんなのもあったな」
「どうやら…予算っつーんですか、研究費用っつーんですか
今年から三倍になってるらしいっすね」
「ほぅ…」
「あのケチな社長が金を出すくらいですからねぇ
相当凄い発見でもあったんですかねぇ?」
「さぁね…俺達の所なんて研究費用が25%カットだぞ?
このまんまじゃ研究が凍結しちまうってのにさ」
健二は軽く笑いながら手にしていた資料をヒラヒラと揺らす
炎はそんな健二を見ながらも視線をガラス張りになっているエレベーターの外へと移した
すぐ下に見える街灯の明かりが小さくなっていく
どうしてか、炎はその街灯と健二の研究室が重なって見えてしまった
満足な結果を出せずに小さくなっていく研究室
そんな言葉が頭を過ぎった
「例え俺一人だけになっても研究は続けるさ、絶対にな」
そう言う健二が炎の目には大きく、はっきりと輝いて見えた
小さい灯火だろうが確実に輝いている
炎にそう感じさせるには十分な気迫が表れて見えた
〜to be next page〜
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