| カコン―― カグラの豪邸の一室、和風作りの部屋から眺められる中庭でししおどしが音を響かせる 何もない空間から少量の水が流れ、竹製のししおどしに注がれていく そして一杯になった所で持ち上げていた竹製の首を真下に落とす カコン―― 心の中に余裕という空間と感情があれば楽しめる情景ではあるが… 「で、カグラってのはどんな奴かね?」 俺はくそ長いコートの内ポケットを探りタバコを取り出そうとする そう言えばタバコは白衣に入れっぱなしだったような気もする だが指先に硬い感触が伝わった。それを掴んで取り出してみる 象の絵が描かれたブラックジッポ、俺のジッポだ。俺が愛飲しているセブンスターまで入っていた 「マハラジャみたいな奴じゃないか? 恰幅のいい親父のような、下品な笑いを浮かべそうな」 「ははっ、そんな奴だったらこの悪趣味な豪邸も何か似合うよな」 俺は取り出したタバコを咥えて火をつけた 既に感覚が麻痺してしまっているのか、何でタバコが内ポケットに入っていたかすら疑問に思わない そういうものだと俺の脳が解決してしまっているのが解る 煙を一気に吸い込み吐き出す 吐き出された煙は何とも言えない不可思議な形をしていた りあらぐ 第7話 アディックがここを離れてからどれくらい経っただろうか 30分か1時間か… 結構な時間が経つ筈なのにあれから何の音沙汰も無かった 俺は何本目になるか解らないタバコに火をつける これ以上の吸殻は携帯灰皿に入らない、どうしたものか 「おい備前」 「あ?」 俺は吸い込んだ煙を吐きながら瀬戸の方へと顔を向ける 見ると瀬戸は入り口の扉の手をかけて何かを調べていた 「…鍵掛かってるぜ? こりゃどういう事だ?」 瀬戸は音を立てて扉を左右に動かすが一向に開く気配が無かった 俺達が鍵を掛けた訳ではない。むしろこちら側には鍵なんてものはなく、扉を開ける取っ手しかついていなかった つまりは閉じ込められたという事だ だが一体何の為に? この屋敷内にゴロゴロと転がってるお宝なような財産を取られたくない為か? そんな事すら考えてしまう 「俺達、あんまり信用されてないって事じゃないか?」 一応この部屋の中のほとんどの場所は調べておいた 俺達を閉じ込めて何かしようってんなら何かしらの仕掛けくらいはついているだろう しかし何も発見する事は出来なかった だとしたら、ただ単に屋敷内をうろつかれちゃ困るってだけの事だろう 用心深いか俺達に信用が無いかのどっちかだ まぁ簡単に俺達を屋敷の中に招き入れるくらいだから用心深いって事では無いだろう もっともこの屋敷に連れて来たのはアディックなのだが 「これだから金持ちって奴は嫌いだ、人を不快にする事ばかり発達してやがる」 「まぁそんなに怒るなって… っつーか瀬戸は嫌いなものばっかりじゃねぇか」 「ふん…あのアディックって野郎もどこかいけ好かん」 瀬戸はそれだけを言うと、壁に背をつけて座り込む どうにもこいつの扱いだけはよく解らない 思考、態度、行動、全てに置いて何も読めないとでも言ったほうがいいのだろうか 瀬戸を知り合ってから1〜2年は軽く経っているが、俺には瀬戸の考えてる事が少しも解らない 社会を、世界全体を少し斜め上から見下ろしては物事に関して自分から関わろうとしない だからと言って何かしら、全てに無関心という訳でも無い 信念があるかと思えば行動に一貫性は無く、その信念すら次の日のはゴミ箱に捨ててしまうような生き方 生徒と接する際にもぶっきらぼうだし、どこか高圧的だし、めんどくさそうに仕事をしているように見える だがそのくせ生徒がどんな問題を起こしただとかよく知っているし、こいつは何を考えているだとか そういう所は何故か鋭い 言ってしまえば良く解らない男だ ミステリアスという言葉が一番似合って、ミステリアスという言葉の雰囲気が一番似合わない だけどまぁ、そんなに悪い奴じゃないってのはよく解る 意外と生徒からの人気もあるみたいだし 「…何だよ人の顔をジロジロ見て」 「いや……何でも無い」 俺は瀬戸から視線を外してタバコの煙を吸い込む 何度吸っても同じ味、同じ重さ、慣れ親しんだ感覚だ 庭では相も変わらずししおどしが音を奏でていた 部屋の中に吹き込んでくる風も心なしか心地よい 砂漠の中に作られた街とは思えないくらいの生活環境の良さがここにある こんな場所に住んでみたいなんて思いに駆られるが、一瞬でそれは消え去っていった 妙な視線が俺達を取り囲んでいるような気配がしたからだ それは一瞬の内に数を増やし、どこともなく消えていく まるでタバコの煙のように知らぬ間に消えていった だが暫くするとまた視線を感じるようになる そんな事が規則正しく、時には複雑に連続して起こり始めた 「どうにも普通じゃなさそうだな、ここは」 「退屈はしないかもな」 瀬戸は口元を少し綻ばせながら言った 俺とは違い、今のこの状況を楽しんでるかのようだった 僕はドゥエガーに連れられてモロクの街を歩いていた ゲームとして知っていた街とは大きく違うモロクを見て僕は、ただただ感嘆の声を発するばかりだった まず街の大きさが思っていた以上に大きかった ゲームの中でモロクを歩けば、数十秒の内に北門から南門まで抜ける事が出来る だが実際に歩いてみると軽く1時間はかかってしまう程の距離をしていた 「どうだ? なかなかに凄い街だろう?」 「えぇ、思っていた以上に広くて、活気があって、びっくりしました」 プロンテラの活気も凄かったが、ここモロクの広さや活気も圧倒されるものがあった 熱気がある分モロクの方が歩き難いかもしれない だがそんな事を差し引いても十分過ぎる程の期待感と楽しみを僕に与えてくれた 「まぁ…もう少ししたらそうも言ってられないな」 と、人々の喧騒と雑踏に消え入りそうな声でドゥエガーは言った 僕はさっきドゥエガーからある話を聞いていた この街には物凄い活気があるということ それはカグラが齎した水源の復活と肥沃な大地の構成からなっているというのだ つまりはカグラあってのモロクという事だ それ故に街の人々は、モロクの街の喧騒を、活気を楽しんでいながらも心の何処かに影を潜めているという 恐怖政治という人々を縛り付ける鎖が心の底から出てくるような笑顔を消している、と 「もう少しってどういう意味ですか?」 だが僕は、ドゥエガーの言った「もう少し」の意味が解らなかった もう少しでここは戦場に変わる、という事なのかと思ったがどうにもそういう意味じゃないらしい ドゥエガーは空を見上げ何かを確認しながら言葉を発した 「カグラは毎日モロクの中心にある建物に来るんだよ で、ここはカグラがそこへ向かうために通る道になってるのさ」 「道に…店を畳まなきゃならないとかですか?」 「それよりももっと酷いさ 音が消えちまうんだ、早く通り過ぎてくれ、早くこの場所を通過してくれってみんな黙っちまう 下手な事は言えないのさ、奴は自分の機嫌次第で人間を処刑台に送りつける、たまったもんじゃない だから目を付けられないようにって事で誰一人として喋らなくなっちまうんだよ」 「そうですか…」 「奴は外面だけはいいからな プロンテラとかフェイヨンからの使者は当たり前の事 初対面の人間にゃあ『良く出来た人間を演じる』んだ、いい人そうに見えるが…な」 僕はそこまで聞いて学級委員長の西村を思い出した 先生や上級生にはいい顔をするが、目下の者や自分より劣っている者には高圧的な態度で接していた いわゆる虎の威を借る狐というやつだ 多分それよりも悪い存在なのかも知れない 事情を知らない人には良い人を演じて接する。今のこの街の現状を表に出さない為なのか 恐怖政治という時点で他国から非難されそうな状態だが、外に漏れなければ大丈夫なのだ きっとそれを計算しているのだろう 「お前は騙されるなよ?」 それはどうなのかは今は解らない 頭では解っていても僕の性格上どうなる事か… 「ま、一般人にゃ話す事さえ難しい事だからな、そんな事もないだろ」 「はぁ…」 僕はドゥエガーの言葉に耳を傾けながらも辺りを見回してはお目当てのモノを探していた ドゥエガーが言うにはこの辺りを歩いていれば見つかるんじゃないかと モロクの街で見る所といえばこの辺りだけになってしまうらしい この辺りと言ってもかなりの広範囲だ、見つかるかどうか… むしろ見つからなければ困る、もうそろそろカグラが現れるという時間だ 梶原の性格なら何かしら問題を起こしてもおかしくないだろう 知らないでカグラに近付いてしまうというのも考えられる 考え過ぎかと思うが、確率でいうと0でもないので早めに合流しといた方がいいだろう 今後の目的についても話し合わないといけない プロンテラで得た情報の、不思議な力を持った人物というのがカグラと解った以上、次をどうするかを考えなければ そう思っても梶原が何処にいるのか… とりあえず僕はメインストリートを往復しながら梶原を探す事を優先させた 〜次のページへ〜 |