静かな森が、何だか騒がしいと思って彼は訝しんだ。 動物ではない……同族か、あるいは輪人の走る音だと彼は思った。 同族ならそう珍しくもないのだが、輪人を夜見たことは無い……だからきっと同族だろう。 何をそんなに急いているのか…… しかしそのとき、その音が自分に近付いてきているのに彼は気付いた。 不思議に思ってその音を追う……彼の力にはそういうものもあるからして、それは容易だった。 小川の方から聞こえてきている…その音が、ふと止んだ。 倒れているのだ。 そう思ってミコトはその人へと駆け寄った。 「大丈夫か!?」 よく見るとその人もやはり輪人の服装ではない。 近寄っていくと、倒れていた人が身を起こした。 良かった、無事だったのかと思いながらその人を見る。 年の頃はミコトと同じぐらいの青年。短めの黒髪がぼさぼさと乱れている。 その乱れた髪の隙間から、額に先程の骸と同じような入れ墨があるのを見て、ミコトは安堵した。 「良かった……あなたは無事だったのだな」 彼は、ゆっくりと身を起こした。 音が止まった方を見る……意外にも一人の輪人が近付いてきていた。 今まで見た輪人と、何が違うといったわけでもない…… ただ軽く乱れた髪には細かな枝葉が混じり、足元もかなり汚れている。 走ってきたために荒れた息を押さえつつ、こちらを見ていた。 口が開いて何かを言う……よく、分からない。 輪人のことばは大体分かるが、今そんなことを言われる意味が分からない。 変わった輪人だ、と彼は思った。 今までの輪人とどこが違うのか…とまた考えて、彼はすぐに思い当る。 いつも自分は輪人を見付けた途端に追いかけていたから。 するとすぐに輪人も逃げ出していたから、こういう暇が無かっただけで。 彼は一見、他の輪人とどこが違うというわけでもない。 ただこうして話し掛けてきたこと……そしてこの時間にいるという点では、非常に珍しい。 彼はその輪人に興味を持った。 夜空は、また後で見ることにする。 彼は立ち上がってその輪人へと駆け寄った。 近付いてくるその人が、嬉しそうな顔をしているのを見てミコトも嬉しくなった。 異形に襲われ、一人で心細かったのだろうと思う。 遠くから来た人は労わねばならない……これは輪人にとっての決まりごとの一つ。 もちろん、そんな決まりごとなどなくても彼らは自然とそうするのであるが。 彼は驚いていた。 駆け寄っても、目の前の輪人は逃げる素振りすら見せない。 不快だった。 なぜ不快になるのか分からないが、不快だったのだ。 彼はすぐに異形の姿へと変わった。 輪人の目が丸く見開かれていくのを見て、不快さが少し減った。 いきなり出現した闇に、ミコトは驚いた。 そして、納得もした。 今まで異境の人だと思って話し掛けていたのは……彼らの恐怖であったのだと。 目の奥に先程見た骸の姿が浮かぶ。 そして今まで見てきた輪人の無残な骸。 ミコトは背を向け走りだした。 next→ novels top |