光を反射する水面を、ミコトはぼうっと眺めていた。

赤い流れを見てから数日……結局何が分かった訳でもなく、ただ気のせいであったのかもしれないという考えが強まるばかりだった。

少し離れたところで輪になって遊んでいる子供たち…その中には妹のウエナもいる…の上げる楽しそうな声が聞こえて、ミコトは眼を細めた。

ここ最近は、身罷る人も出なくなった。

今度こそ、今度こそ……という思いを、輪人の誰もが口に出さずとも秘めていることは確か。

広場に集まる人も、森に出掛ける人も増えていることがそれを示していた。

先程も森に出掛けるという人々を皆で見送ったところ……今日こそ久々に獣肉が食べられるかもしれないということで、子供たちが喜んでいたことを思い出す。

森に出るのが躊躇われている頃は、肉といえば干し肉なのが不満だったのだろう。

育ちざかりの子供にとっては、物足りなかったとしても責められるものではない。

自分の幼い頃を顧みても、ミコトはそう認めざるを得なかった。

大きく息を吐いて空を見上げる。

晴れ渡った蒼天に、白い雲が浮いていた。





日が傾きかけた頃、森に行っていた人が戻ってきた。

手に手に大きな獣と、一人の輪人の亡骸を抱えて。

一番に駆けつけた人が、黒く焼け焦げたその骸を急いで布で包む。

「……ほんの少し目を離しただけなんだ……」

共に行動していた者が、苦しげに言った。

「そしたら姿が消えていて……探したらもう……」

息絶えていた、と。

すぐに人々が集められ、ウエナによって儀式が行なわれた。

煌々と輝く篝火が辺りを照らしだす。

ウエナの唱える謳が、遠くまで響いた。

「逝きたまえ…逝きたまえや輪の人よ」

幼くも、凛とした声がことばを紡ぐ。

「我らは斉しく輪の中にあり……恐れられるな、我らはいつでも共にあらん」

あどけない目蓋を薄く閉じ、滔々と謳を続ける。

「地に還られよ…空に還られよ……我らはいつでも共にあらん……」

人々の群れは墓まで続き、一人の輪人が丁寧に埋葬された。





途端に静けさを増した集落の中を、ミコトとウエナは歩く。

残照が集落を赤々と染めていた。

「………ミコト」

「……?」

小さく自分を呼ぶ声にミコトが見ると、ウエナは黙って両手を差し伸べていた。

「………人にものを頼むときは何というんだ?」

「……ミコトにおんぶをさせてやろう」

まっすぐに彼の眼を見据えて言い放つ妹に、ミコトはこめかみを押さえた。

「冗談だ………おんぶしてくれ、ミコト」

まだ微妙に違うような気がしながらも、ミコトはその場にしゃがみ、ウエナはその背にしがみついた。

慎重に立ち上がり、ミコトは歩きだす。

以前におんぶしたときよりも重いように感じたが、ミコトは黙っておくことにした。

それは妹の成長の証として喜ぶものなのだが、また何か…失礼だなどと言い返されるのは分かっているので。

ミコトの背に揺られながら、ウエナが呟く。

「………また、皆恐くなった」

「……そうだな」

「せっかく……最近恐くなくなってきたのに………」

ぎゅ、とミコトの服地を掴んでウエナは顔をミコトの首筋に埋める。

そんなウエナを宥めるように、片手でその手をぽんぽんと叩く。

「……恐くない。皆……恐がっているだけだ」

「同じだ」

「……そうだな」

ミコトはまだウエナがうつむいていることを確認してから、苦く笑った。

彼の妹のウエナは、人のこころに敏感である。

だから今の情況……恐怖に苛まれる輪人たちを見ていることは、とても辛いことなのだ。……もちろん、それはミコトにも言えることであったが。

少しすると手にかかる重みが増した。

見るとウエナはうとうとと眠り始めている。

ミコトは破顔してウエナを支えなおし、彼らの家へと急いだ。

とうに日は暮れており、急がないと辺りは闇に包まれてしまう。

篝火や月……特に今宵は満月……があるとはいっても、夜の闇は恐怖に違いなかった。

急ぎ足で広場を横切ろうとしたとき、ミコトはここ数日の癖で思わず泉を覗き込みに行った。

すぐに近付き、何があるというわけでもなく平然と流れている水を見る……

そう、一体何があった訳でもない。ただ水が流れているだけだ。

赤々とした、水が。

見間違えとは思えないほどに、滔々と流れてくる赤い水が。

ミコトはマナイの家に駆け込み、ウエナを預けると飛び出し……森に向かう。

残照は既に頼りなく、辺りを弱く照らしていた。











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