賑やかな声の合間から、雨音が静かに聞こえてきている。 地面の上に敷かれた柔らかな布に横になりながら、ソラはその音を聞いていた。 ここ数日はずっと静かな雨が続いている。 どうやらようやく、長雨の季節に入ったようだった。 ソラは遠く澄んだ青空が一番好きだけれども、決して雨も嫌いではない。 輪人もそれは同じらしく、透き通るように輝く森を喜んで見ていた。 きゃあきゃあと元気な声が後ろから聞こえてくる。 雨で外では遊べない子ども達は、広場の近くにある作業場に集まっていた。 普通の家よりも、かなり広い。 本来は外で役目が出来ない人たちのための場所なのだが、子供達の格好の遊び場ともなっていた。 「…ふあ」 出てくるあくびを噛み殺す。 ソラは朝からウエナに連れられてこの作業場に来ていた。 一度昼餉を取りにミコトの家に戻ったのを除いては、ずっとここで時間を過ごしていた。 子ども達と遊んだり、色々な役目を見てまわったり… そこで布作りを見学していたところ、眠気に襲われてこうしている所だった。 「……」 ミコトは怪我をした人の手当てをしに行っている。 雨の中作業をしていて足を滑らせ、落ちていた木の枝が少し刺さってしまったのだという話。 ミコトの仕事ぶりを見たいと思ったけれど、ウエナに捕まりここへと連れてこられた。 木の香りが鼻をくすぐる…森の香りとは違うそれに始めは慣れなかったけれど、今ではすっかり慣れたものになっている。 ともすればとぎれがちになる雨の音に耳を澄ませて、ソラは眠ろうと目を閉じた。 「ウエナさまー」 「どうした、タヤタ」 「ソラが寝てるよ」 「…まったく、もう少しは遊んでくれると思ったのに」 つまらないな、と苦笑するウエナ。 遊びながらも人々の作業が気になっていたソラに気がつき遊びから一時解放したのを後悔するつもりは無いが、残念なのは確か。 布作りは見ているだけだと眠くなるのは知っていたから、こうなる予感はあった。 「起こす?」 「…いや、寝かせておくといい」 「そうだね」 気持ちよさそうに寝てるもんね、と子供たちが揃ってソラをのぞき込んでいた。 「…これで、よしと」 ふくらはぎをきれいな布で巻き上げ、ミコトは怪我人に声をかける。 「しばらくは痛むが、ひどいようならマナイ様に…」 「ああ、ありがとう…だけど出来ればマナイ様の薬は勘弁したいな」 よく効くがしみるんだよな、と笑う彼にミコトは深くうなずいた。 マナイが作る薬は効き目は文句なしなのだが、味だったり匂いだったり…何らかで人々を遠ざける。 薬に頼らないのは良いことです、と笑うマナイが小さい頃から恐ろしかった身としては、実に同意できる話だった。 道具を片づけながらミコトはそういえば、と手を止める。 トウヤ、とミコトは怪我人の名を呼んだ。 「お前が落ちるなんて珍しいな」 「…ああ」 トウヤは集落の中でも指折りの屋根葺きで、どんなに高い場所の屋根でも身軽に登っては雨漏りを修繕するのが得意だった。 最近の長雨で忙しいようだと思ってはいたのだけれど、それでも彼が屋根から落ちるだなんて聞いたことが無い。 「…どこか調子でも悪いのか?」 「いや…そうじゃあない…」 「…トウヤ?」 歯切れ悪く答える彼にミコトは首を傾げる。 「…見間違いを、してな」 「見間違い…」 「…森の、木の上に…」 ごくり、とトウヤは唾を飲み込んだ。 「…光る、目が見えたんだ」 さあさあと降り続く雨の音が静かに響いている。 「…鳥じゃないのか?」 「始めはそう思ったよ。でもあれは違う…」 思い出しているのか、軽く腕をさすりながらトウヤは呟いた。 「…獣か、あるいは人の目に見えた」 「…それで驚いて落ちたのか?」 「まあ、そういうことになる」 情けないけどな、と屋根葺きは誤魔化すように笑った。 トウヤと別れて作業場に向かいながら、ミコトはトウヤが光る目を見たという森を見る。 降り続く雨の奥に見える木々は普段と何も変わらないように見えた。 「……気の、せいだといいんだが」 下を見ずに歩いていたために、水たまりにばしゃりと足が入る。 濡れた足を軽く振りながらミコトは作業場へと急いだ。 ミコトが作業場へと着くと、入り口にいた人が乾いた布を差し出してくれた。 礼を言いながら視線でソラを探す…程なく子供たちで出来ている輪を見つけた。 近寄るとウエナが気づき、笑いながら静かにしろと合図を送ってきた。 「………?」 見ると、輪の中心でソラが健やかに眠っていた。 「あ、ミコトさまー」 小声で子供たちがミコトを迎える。 「…どうしたんだ、みんなで」 「あのね、ソラいつ起きるのかなあって」 「起きたら遊びたいのに起きないの」 「でも起こしたらかわいそうかなあって」 「ねー」 小さな声で話す子供たちの中で、ソラはすやすやと寝息を立てている。 軽く緩んだ口元が、どうにも心地よさそうで。 「…これは、起こしにくいな」 「ねー」 子供たちと一緒に、顔を見合わせてミコトは笑った。 幼子のような顔で眠っている彼を起こさないように静かにその場を離れて子供たちは遊び始める。 ミコトはソラの近くに腰を下ろして、ため息をついた。 …トウヤが見たという目が、戦人のものであるのではないかという不安。 それを話そうと思って急いできたのに、当のソラがこれでは話せない。 きゃあきゃあと柱の周りを回りながらはしゃぐ子供たちを見る。 「…だいじょうぶ」 自らに言い聞かせるように、ミコトは呟いた。 「何がだ?」 「…!?」 後ろから声とともに首に腕が回されて、ミコトは肩を跳ねさせた。 「そこまで驚かなくても」 「…ウエナか」 肩に顎をのせて、妹が笑っていた。 「ここまで驚かれるとは、こっそり忍び寄ったかいがあったな」 「…そうか」 詰めていた息を吐いて、ミコトも笑う。 「…少し、考え事をしていてな」 「そうか」 それでか、とウエナはうなずく。 そうしてぎゅ、と強くミコトを抱きしめてウエナは言った。 「…なら、早く起こせばいい」 「……ウエナ?」 妹の顔を見ようとするが、肩に顔を押しつけていてよく見えない。 「今なら、間に合う」 たぶん、と小さく呟いてウエナはミコトから離れた。 「ウエナ…」 「…この辺りが」 小さな両手を握りしめ胸の前に置いている。 「嫌な、感じがするんだ」 next→ novels top |