静かに毎日が積み重ねられていく。 ソラはすっかり輪人たちの中に…主に子どもたちに受け入れられていた。 ミコトの家で暮らし、同じ食事を食べる。 午前は子どもたちと遊び、午後はミコトと一緒に集落の中を回って色々な役目の人と会うのを楽しみにしていた。 布作り、骨細工、石道具作り…輪人の生活に欠かせない色々な道具が彼らによって作られている。 人々と会うたびにソラは目を輝かし、楽しそうにその役目の話に聞き入った。 変わった稀人だ、と思われたとミコトは思う。 だがそれは心配するようなことではないとも分かっていた。 ソラを見る輪人の笑顔は、悪いものでは無かったから。 「今日会うのは誰だ?」 二人で並んで歩きながらソラはミコトを見る。 空には薄く雲が広がり、柔らかな日差しが集落を包んでいた。 「サナミ、という」 「サナミ?」 「今までとはちょっと違う役目になる…そうだな、ついでに頼もうか」 つい、と髪をつまみながら話すミコト。 「?」 不思議そうに見てくるソラに向かってミコトは笑った。 「サナミは髪切りなんだよ」 「?」 まだ首を傾げているソラを促して、辿り着いた家の中へと入った。 家の中は明るく、きれいだった。 壁の窓は開けられ、涼しい風が流れ込んでいる。 どこを見ても、整然と物が並べられていた。 これまで色々な役目の人の家を見てきたけれども、中でも一番マナイの家とは違うとソラは思った。 「やっと来てくれた」 家の中心で、嬉しそうに女性が笑った。 「もっと早く来てくれても良かったのに。待ちくたびれた」 「…すまないな、サナミ」 「いいけどね。ソラ、改めてよろしく」 そう言ってサナミはソラに近づくと、わしゃわしゃと髪をかき混ぜた。 「…?」 「ん。やっぱりいい髪だね」 「……?」 「祭りのときどさくさに紛れて髪触ったけど。やっぱりじっくり見ると違うね」 「………」 助けを求めるように見てくるソラに、ミコトは笑った。 「私はね、髪を切る役目」 ソラはサナミの手から解放されて、床に設えられた柔らかい布の上に座っている。 その後ミコトを無言で座らせ道具を探しながら、サナミは話し始めた。 「輪人は髪を伸ばす場合が多いけどね。切るのは手間がかかるし」 黒光りする石を手に取る。 ソラは前に石作りのところで見ている…確か魚や肉を切る刃になる石だった。 「髪を切るには切れ味のいい刃でないと。痛むし」 慎重にその石を布で包んでまた手に収めた。 「気を抜くとどっちも怪我してしまうし」 ふう、とため息をつく。 「禿げ作りたい?」 「……いや、自然に出来るまでは」 「だよね」 ミコトの返事にくすりとサナミは笑った。 「…はげ?」 不思議そうに頭を傾げるソラ。 「あ、見たことない?」 嬉しそうにサナミは続ける。 「禿げはね、相当長く生きないと出来ない」 私もそんなに見たことないんだよねとサナミ。 「予測ではそろそろマナイさまに出来てもいいんだけどね。出来てる?」 「……見た限りでは、無いな」 「そうか。残念」 心からそう思っているような顔で、サナミはため息をついた。 「さて。気を取り直して」 右手に石、左手に木で出来た道具を持つ。 「別にね、どっちでもいいと思うんだ私は。伸ばしても切っても」 木の道具を頭に当てて、隙間から出てきた髪に石の刃を当てる。 「どっちも面白みがあるし」 刃を当てたところから、さらりと髪が落ちる。 「どっちも楽だし、大変だし」 す、す、と危なげなく刃を動かしていく度に、さらさらとミコトの髪が落ちていく。 「…まあ、個人的には短いのが好きだけど」 ある程度切ってから、サナミはわしゃわしゃとミコトの髪をかき混ぜた。 「ん。やっぱりミコトの髪はいいね」 満足げに笑うサナミの横で、ソラも一緒に頷いた。 ソラも気が向いたら切ってあげるよ。と笑うサナミに見送られる。 楽しそうにわしゃわしゃとミコトの髪をかき混ぜながら、ソラはそんな彼女に笑い返した。 「……楽しいか?」 一緒に歩きながらも思い出したようにミコトの髪に手を伸ばすソラに苦笑する。 「うん…これ、気に入った」 「…そうか」 同じ理由で短い髪が好きなサナミを思い出してまた苦笑う。 「そういえば」 さらりと落ちてきたミコトの髪を不思議そうに手に取って、ソラが言う。 「結局、はげって何だ?」 「……マナイさまに聞くといい」 「そうか」 納得して、ソラは髪を空にかざした。 厚みを増してきた雲から漏れる光が、その髪を薄く照らしていた。 「…雨、来るな」 ぽつ、とソラは呟いた。 「そうだな、そろそろ長雨だ」 同じようにミコトも空を見上げる。 木々が嬉しそうに水を吸い込むその時期が、始まろうとしていた。 next→ novels top |