懐かしい夢を見た。 それほど昔のことでは無いのに、それは酷く懐かしく感じた。 森の中に出来た道を通り抜けると、不意に空が広がる。 森がぽっかりと抜け落ちた小さな草地。 その中でごろりと横になっている人影。 その人影に近付いてみると、空を見上げたまま静かに眠っている。 横に座ってその寝顔を眺める…と、しばらくしてその目蓋が震えて開いた黒目に青い空が写る。 「ミコト」 そうして笑う彼の笑顔。 その光景を、壊したくなかったはずなのに。 「…ミコト?」 「あ…」 心配そうな声で、目が覚めた。 まだはっきりとしない意識を無理遣り起こそうと、手で目を擦る。 そうして改めて目を開けると、覗き込んでくるソラと目が合った。 「…おはよう、ソラ」 そう言って笑うと、ソラも嬉しそうに笑い返す。 「おはよう」 変わらない彼の笑顔に、ミコトは目を細めた。 ソラが戦士になって、数日が経った。 幸いにも、あの祭りの日以来戦人による被害は出ていない。 「…こっちから戦いに行ったら、駄目なのか?」 朝餉を食べながら、ソラがミコトに言う。 「…ああ」 果実を摘まみながらミコトは頷く。 「…輪人で遊ぼうとする戦人だけと、戦ってくれればいいから…」 「だから、それなら戦人全員だ」 「…そうとも、限らないだろう」 君みたいな戦人が、他にもいるかもしれない。 ミコトがそう言うと、ソラは黙って悩み始めた。 ミコトは苦笑する。 同じようなやり取りを、ここ数日繰り返しているからだ。 ソラは輪人を守る、と張り切っているのに戦人が現れず…少し、不満そうな顔をしている。 「…戦人が来ないなら、それで一番なんだから」 「……分かった」 何とか納得したのか、ソラは素直に頷いた。 朝日もすっかり昇った頃、ソラはウエナに連れられて集落の中を歩いていた。 ソラが輪人の集落に来て以来、ほぼ毎日のようにウエナと一緒に子どもたちと遊んでいる。 初めは戸惑っていたソラも、最近ではそうして皆と遊ぶのがすごく楽しみになっていた。 「今日は何をして遊ぶんだ?」 「そうだな…何にしようか…」 考え込むウエナの歩調に合わせて、ソラもゆっくりと歩く。 そんな二人にかけられる声に、ソラが笑顔で答えていた。 「………」 「……ですから」 ほう、とマナイが深いため息をついた。 熱い茶に軽く息を吹きかけて、ずず、と啜る。 「……そのように睨まれても、私めには何ともなりませぬよ」 「………」 無言でミコトも茶を啜った。 その姿をため息を追加しながら見、マナイは頭を振った。 祭りの日…ソラが戦士となってからというもの、ミコトは暇があればマナイの家を訪れている。 ふう、とまたため息をしてマナイはミコトに向かう。 「確かに、勝手にソラどのに話をしたのは悪かったと思うております」 「………」 「ですが…」 手の中で器を軽く擦る。 申し訳無さそうに…しかし、はっきりとマナイは言った。 「…ことは、早い方が」 そんなマナイから視線を外し、ミコトもため息をついた。 「…分かってます。これはただの八つ当たりだ」 伏せた目で茶から立ち上る湯気を見つめる。 「いつ、どこで戦人が来るか分からない…だから…」 「…ええ。一刻でも早く、戦士になってもらいたかった」 幸い、あれからまだ来てはいませぬが。 「平穏は喜ばしい。…しかし、これからの脅威に備えなくてはなりませぬ」 「…分かっています」 一刻の猶予も無かったことは理解している。 そして彼が、戦士になるのを厭わないことも。 でも、それでも。 「…立会いたいと、言っていたはずです」 「宴の後で、お辛そうでしたので」 「……」 「あれでも手加減して作ったのですよ?特製薬」 ミコトは黙って茶を啜った。 堂々巡りの会話をマナイに断ち切られ、ミコトは彼の家を後にする。 愚痴としか言いようのないものを、茶で流し込みに来ているだけだと自分でも分かっていた。 何しろそういう弱音を吐けるのはマナイ以外にはいない。 他の輪人には、戦士の存在はまだ知られていない。 マナイ以外、誰も知らなかった戦士という役割。 輪人には理解は難しいだろうとマナイは言っていた…何しろ、ミコト自身まだ理解しきれない。 戦って、戦人を退ける役目。 その退け方からしても、ミコトには理解の及ぶところではなかった。 歩きながら足は自然と泉のある方へと向かう。 最近のウエナ達のお気に入りは、泉で水遊びをすることだ。 長雨も近く、暑い日が少しずつ増えていくこの時期。 子どもも大人も涼しい場所を求めようと泉の周りに集まるようになっていた。 程なく泉がある広場へと辿り着く。 「あ、ミコトさまだ!」 「本当だー!」 その広場で転がるように走っていた子ども達が、姿を見せたミコトに気がつき声をかけてくる。 歓声を上げながら飛びついてくる彼らを何とか受け止め、笑みを浮かべた。 「元気がいいな、皆」 「だって、ソラに負けてられないもん!」 「…ソラに?」 「うん!」 大きく頷いた子ども達を見下ろす…酷く真剣な眼差しに、ミコトは目を瞬かせた。 「来たのか、ミコト」 「ウエナ」 笑いを堪えられないような表情で、ウエナがやってくる。 その後ろをソラが困ったように歩いてきていた。 「…何が、あったんだ?」 「ミコト…」 困った、と呟いてソラは苦笑した。 「絶対に負けないんだからね!」 「大人だからってずるいんだから!」 現れたソラに向かって、次々と挑戦的にことばを投げかける子ども達。 「うーん…」 そんなことばを一身に受けながら、ソラは頬をかいた。 「…?」 「なに、ただかくれんぼに負けて悔しがっているだけだ」 「…そうか」 ウエナの説明に納得して、ミコトはソラと同じように苦笑した。 next→ novels top |