ソラは言われた通りに、言われたことを良く考えた。 輪人が笑顔でいられないのは、戦人がいるせい。 笑顔になるには、戦人がいなくなればいい。 「……輪人で遊ばない戦人なら、いてもいいか?」 おずおずと口を開くと、マナイはもちろんですと微笑んだ。 「言っておりませんでしたか…私めだけは、ミコトさまからお話を聞いておりますゆえ」 その額の奥に、何があるのかを。 「…そうか」 ほ、とソラは息を吐いた。 戦人だと知られたら、笑顔を見せてもらえないとミコトに教えられていたので…マナイはそうでないことが嬉しかった。 そんなソラの表情を見て、マナイは笑みを深くする。 「それを知っていて、私めはお願いするのです」 「…何を?」 ほほ、と笑って、マナイは言った。 「戦人と、戦う戦士となっていただきたい」 「戦士…」 遠い昔に、聞いたことばにソラは目を瞬かせた。 遥か昔にいたという、戦う輪人。 「…俺で、いいのか?」 「あなたさまでなくては、なりませぬ」 マナイは不思議そうなソラの視線を受けとめ、強く首肯いた。 「…でも、俺は輪人じゃない」 「姿形なら、戦人も我らも変わりません…額なら、常にそうして隠せばよろしい」 「戦うときは、隠せない」 どう見ても戦人と同じ、あの姿は。 「そのために、これを作り上げたのでございます」 ひらり、とマナイは包み布を取り去った。 不思議な形をしたものが、姿を現す。 「…?」 炉の火がその表面で反射し、光を放っていた。 くるりと輪になっていて…丸く膨らんだ箇所の中央に、赤く光っている場所がある。 「これを、身につけていただきます…すると、少々力は落ちますが…戦人とは多少異なった姿になるのです」 「異なった…」 「姿を変えたときの、腰帯の形状や、細かな場所が多少」 それだけでも十分、印象は変わるでしょうから。 「…なるほど」 確かに、いつも姿を変えるときに腰に現われるものとその輪は違う。 戦人のは刺々しいが、マナイが用意したものは滑らかな表面を持っていた。 「…そしてもう一つ、輪人が笑顔でいるために必要なことがございます」 「…?」 「戦人を、決して殺さぬことです」 「……?」 ソラは思い切り首を傾げた。 「…動かなくしたら、駄目ということか…?」 マナイは戦人がいなくなればいいと言った。 そのためにソラが出来ることと言ったら、戦って彼らを動かなくさせることしか分からなかった。 「…動かなくは、なるのですよ」 「?」 ソラはますます首を傾げた。 そんな彼をみてマナイは苦笑する。 「…いかに自分たちが苦しめられているとはいえ、戦人の死を望まないのが輪人でございます」 「……」 「つまり、戦人の死をもってしては輪人は笑顔になりませぬ」 それが出来ぬから、今まで何もしてこなかったのだとマナイは小さくて丸い目を閉じた。 「だったら…」 言い掛けたソラを、マナイはぱちりと目を開いて見つめる。 「…戦人は一度遊びを始めると、失敗したときにその身を散らすのはご存じですな?」 「あ、ああ…」 普段は違うが、遊びを一層面白くするために時折設けられる約束事。 その約束事が守れなかったときには自分が散るという…そんな緊迫感を楽しむ戦人が多いのはソラも知っていた。 ただそのきっかけを与える戦人が、ひどく気紛で…普段の戦人は好き勝手に遊んでいることが多い。 一度その遊びが始められたら、ほとんどの戦人はそれに加わるのだが…少なくとも、ここしばらくは行なわれていなかった。 遠い記憶からそんなことを引っ張り出し、ソラが頷くとマナイは満足気に続けた。 「これを身につけ戦うと…身を散らせるのを防ぐばかりか、彼らを眠らせることが出来るのです」 「…眠らせる?」 「石から出る力を、ちと工夫すればそうなります」 ほほ、とマナイは微笑んだ。 「…まあ、結局は今まで通り戦っていただければよろしい」 ただ、輪人で遊ぼうとする戦人に対してのみ。 そう付け加えて、マナイは輪を手に取った。 「…ここまでで、何か聞きたいことはありますかな?」 「いや…」 とりあえず自分は輪人で遊ぼうとする戦人を止めればいいのだと、ソラは分かった。 それなら何とか自分にも出来そうだと。 「…よく、分かった」 「それは何より」 ほほ、とマナイは微笑んだ。 すっかり冷えた茶を啜り、大きく息を吐く。 「……では、一番重要なお話をいたしましょうか」 「?」 首を傾げるソラを、マナイは目を細めて見つめた。 ミコトが目を覚ましたのは、既に日が傾き始めていたときだった。 いつもなら特性薬を飲んだとしても、ここまで眠りこけることなど無い。 本調子とまではいかないが、起きて活動することは可能だった。 不思議に思いながら起き上がり、夕食の準備をしようと部屋を出るミコト。 たくさん遊んで戻ってくるだろう二人の…特にウエナの…空腹を満たすために、貯蓄してある木の実の下拵えでもしようと彼は思った。 良さそうな実を選び篭に入れていると、入り口から物音がする。 もう帰ってきたのかと思い顔を向けると、不機嫌そうな妹の姿が目に入った。 「…どうした、ウエナ?」 「…いないのか」 機嫌が悪いのを隠そうともしない彼女にまた問い掛けようとしたとき、彼女の後からわらわらと子供たちが顔をのぞかせた。 「ミコトさまぁ、ソラいない?」 「まだお役目中なの?」 「……役目……?」 子供たちのことばにミコトは目を瞬かせる。 「遊んでたらね、マナイさまがソラ連れてったの」 「お役目なんだって」 「終わったらまた遊ぼって言ってたのに遅いの」 「ねー」 何も言わないウエナとは違い、代わる代わるに子供たちが口を開く。 その会話を聞いて、ミコトは篭を置いて立ち上がった。 「…ウエナ」 「…マナイが来たのは、昼前だ」 「……!」 ウエナのことばを聞き、ミコトは謝りながら子供たちを避け家を飛び出る。 「ミコトさまどうしたの?」 無邪気に尋ねてくる友たちの視線に、ウエナは苦笑で答える。 そして瞬く間に駈け去る兄の後ろ姿を見送った。 日も暮れた頃になり、ソラはマナイの家を出た。 新しく腹部に収まった輪は全く違和感無く自らの一部となっている。 試しにマナイの家で姿を変えてみたが、ほとんど今までと変わり無かった。 ただやはり、尖った部分が少なくなってはいたが。 不思議に思いながらも、これで輪人の笑顔を守れると分かってソラは嬉しかった。 ミコトもきっと、ずっと笑顔でいてくれるに違いないと思い…ミコトの家へと足を早める。 そのとき、道の先から求める人影が走ってくるのが見えた。 「ミコト」 身体は治ったのかと思い、ソラは顔を綻ばせる。 ソラも軽く走ると、すぐに彼らは近くで向かい合った。 「……ソラ……」 息を切らしてミコトが彼を呼ぶ。 「大丈夫か、ミコト?」 治ったのか?とソラは心配そうにミコトを見つめる。 朝に見たときとは変わって、元気そうに見えるのだけれど…笑顔ではない。 「………」 でもきっと、マナイの家での話をしたらミコトは笑顔になってくれる。 そう考えて、ソラは笑った。 「ミコト、大丈夫だ」 「…ソラ?」 息を何とか整えて、ミコトはソラを見る。 「戦士に、なったから…みんなの、ミコトの笑顔守るから」 だから、笑顔。 心底嬉しそうに微笑むソラを見て、ミコトは目を見開き…静かに顔を俯せた。 「そう、か…」 「ミコト…?」 笑顔は?と繰り返すソラに、ミコトは緩く首を振る。 「すまない…もうちょっと、待ってくれ」 「ああ…」 「本当に、もう少しでいいから…」 素直に待っているソラの前で、彼は唇を噛み締め手のひらを強く握りしめる。 厚く垂れ篭めた雲の隙間から、傾いた日が彼らを染め上げていた。 next→ novels top |