んん、と伸びをする。 一瞬自分がどこにいるのか分からなかったが、すぐにそこがミコトの家だということをソラは思い出した。 窓の外からは朝日が差し込み、目の前の寝台に横たわるミコトを照らしている。 …そして、そのミコトが時折苦しそうな声を上げていることにソラは気が付いた。 「ミコト…?」 覗き込むと、ミコトは苦しそうに顔をしかめている。 「…ミコト…!?」 大丈夫か、と大きな声で彼を呼ぶと、一際その顔がしかめられた。 弱々しく手が伸びて、ひらひらと振られる。 その手をがっしりと掴んでソラは更にミコトの名を呼んだ。 「うむ…良いなソラ、その調子だ」 ふと気が付くと、後にはウエナが面白そうに笑いながら立っていた。 「ウエナ、ミコトが…!」 必死な形相をしているソラに微笑み、ウエナはゆっくりとミコトの傍に近寄る。 そうして耳に顔を近付けて、わっと大きな声を上げた。 「……!」 無言で耳を押さえて身体を丸めるミコト。 「ミコトー!!」 更に大きな声で名を呼ぶソラを見て、ウエナは満足そうに微笑んだ。 そのまま身体を揺さぶりかけるソラを押し止めて、ウエナは今度は静かな声で言う。 「…反省、したか?」 「………ああ」 搾り出すように返事をするミコトを見て、ウエナは本当に嬉しそうに笑った。 不思議そうに目を瞬かせているソラに苦笑しながらも、ウエナはそっとミコトに小さな器を差し出す。 興味深そうにその器を覗き込んだソラが、思い切り顔をしかめた。 「…嫌な、匂いがする…」 「マナイの特製だからな…今日はまた特別に気合いを込めて作ったと言っていた」 びく、とミコトの肩が波打つ。 心配そうにミコトを見るソラに、ウエナは微笑む。 「つまり、これを飲めばミコトは元気になる」 「飲め、ミコト」 「……ソラ……」 ようやく身を起こしたミコトは、真っすぐなソラの視線に頭を抱えた。 心底楽しそうなウエナから震える手で器を受け取り…意を決して喉に流し込む。 …ほぼ同じ時間に、他の家々からも苦しげなうめき声が聞こえていた。 「…う…」 まだ特製薬の味が残る口内を水でゆすぎ、ミコトは無造作に口を拭う。 その横では心配そうにソラが見ていた。 「…治ったのか、ミコト?」 「…ああ」 マナイの特製薬は、味はともかく非常に良く効く。 宴の次の朝は、その薬が集落中で活躍するのが常だった。 まだ少しふらつく身体を何とか堪え、ミコトは背筋を延ばす。 「…もう、大丈夫」 「そうか」 良かった、と笑うソラ。 「そう、か?」 ばしん、といい音が響く。 「………!」 「ミコトっ!?」 ソラが慌ててミコトを支えると、崩れ落ちた彼の後で微笑むウエナがいた。 「…う、ウエナ…?」 「いつもは、一日床で伏せっているくせに」 目を瞬かせながら、ソラはミコトを覗き込む。 叩かれた背を押さえながら、ミコトは決まり悪そうな表情を浮かべていた。 …確かに、マナイの特製薬で大分良くなったとはいうものの、動くのはまだ辛い。 「無理は、しない方がいい」 マナイがそう言っていた、とウエナはにこにこと微笑む。 「…マナイに、似てきたな」 そう言って見つめ合う兄妹に、ソラはただ首を傾げた。 三人揃って朝餉を取った後、ミコトは半ば無理遣り寝台へと戻される。 いくら大丈夫だと言っても、後で微笑むウエナの説得力には負けた。 「ミコト…」 …そして本当に心配そうに見つめるソラの視線にも。 「…休んでいれば、大丈夫だから」 「そうか…」 尚も心配そうに枕元に座り込むソラの頭を、ウエナが軽く叩く。 「心配無い…一日寝ていれば、治る」 自信たっぷりにそう言い切る妹を見上げ、ミコトは苦笑した。 「そういうことだから…」 「そうか」 それなら良かった、とソラもようやく笑う。 そんなソラの背中に、ウエナは黙ってしがみついた。 「…?」 「そのまま立て、ソラ」 「あ、ああ…」 言われるままに立ち上がり、ウエナが落ちないように支える。 「…おお、ミコトよりも上手だ」 「…?」 楽しげに目を輝かせる妹と不思議そうにウエナをおんぶするソラを見て、ミコトは苦笑した。 「さて、遊びにいくぞ」 「…遊び…」 繰り返し、ソラは少し眉を寄せる。 その瞳に浮かんだ色を見て、ミコトは微笑んだ。 「ソラ」 「…?」 「…多分、君の考えている遊びとは違う」 「…そう、なのか?」 ウエナは機嫌良さそうにソラの背中にしがみついている。 「ああ…だから、心配しないで行ってきてくれ」 俺は大丈夫だから。 そう言って笑ったミコトを見て、ソラも安心したように笑った。 そろそろ長雨の季節が近かったが、その日は朝から綺麗な青空が広がっていた。 それを時折見上げつつ、ソラはウエナに言われるままに広場へと向かう。 途中ですれ違う人々に挨拶され、笑みを交わす。 ミコトの笑顔を見るときと似た、良い気分になれるのが不思議だった。 「…ウエナ」 「どうした、ソラ?」 「いい天気だな」 「…ああ、そうだな」 笑って肩に顔を埋める彼女の重さも、何だか嬉しかった。 程なく広場へと辿り着く…そこでは、昨夜の祭りの余韻がまだ残っていた。 大体は片付いているものの、まだ所々で掃除をしている人がいる。 ウエナを背負ったソラを見ると、みな顔を綻ばせて挨拶し、笑みを交わす。 背中でくすくす笑うウエナに指示されて、泉の傍に行く。 機嫌良さそうに背中から降りたウエナを、遠くから呼ぶ声がすぐに聞こえてきた。 ソラが一緒にいるのを認めたのか、彼の名前もそれに加わる。 やがて彼らの周りには、満面の笑顔たちが集まった。 「おはよー、ウエナさまぁ」 「ねね、ソラもいっしょに遊んでくれるの?」 「くれるのー?」 きゃあきゃあと騒ぐ彼らに戸惑いながらも、ソラは大きく首肯いた。 「…ああ」 彼らの笑顔を見ていたら、弟との遊びとは違うということが良く分かった。 何よりも、笑顔が違っていた。 一緒になって追い駆けっこをし、せがまれれば高く抱き上げたり肩車をする。 子供たちは喜んで彼によじ登り、歓声を上げてはしゃぎ回る。 ソラ自身、彼らとの遊びは楽しくて仕方がなかった。 一頻り騒いで疲れた子供たちと、木陰に座り込んで休む。 息を切らしながらも楽しげに笑っている子供たちを見ているのは、何だか嬉しかった。 木にもたれながら空を見上げる…雲が多くなってきてはいたが、綺麗な青が枝の隙間から覗いていた。 ざ、と目の前が陰る。 「…良い顔を、なされてますなあ」 マナイが日の光を背に負って、ソラの前に立っていた。 next→ novels top |