時間が経ち、子供たちが眠さを訴えて家に帰り始める。

音楽も次第に静かなものとなっていたが、篝火の周りでは大人たちによる酒宴が続けられていた。

歌や語らいのざわめきは今まで聞いたことは無かったが、何だか心地よいとソラは思った。

「ソラどの、今度はこちらに」

「ああ」

また違う輪からの誘いがかかり、今までいた輪の人々に見送られながらその方へと向かう。

そして連れてこられた輪は、一際大きく…一際騒いでいた。

ソラには良く分からないが、どの輪にも何人かはいた…やけに明るい人が、ここには一段と多い。

その中で特に明るい人を見付けて…ソラの目は丸くなった。

「驚かれましたか?」

「…ああいうお姿は宴でないと見られませぬからなあ…」

苦笑している人のことばも耳に入らずに、ソラは勢いよく杯を呷るミコトを見ていた。

篝火のせいだけではなく、顔が赤くなっている。

それは別に病気ではないと今までの輪で聞いてはいたが…それを知らなかったら、迷わず病気だと思ってしまうような変わりようだった。

杯を地面に置き、またそれに酒を注いでいる。

何やら隣の人に話し掛けているが…その人は困ったように苦笑していた。

「ほらミコトさま…ソラどのが参られましたよ?」

その人が、ソラを指し示す。

「ん…ソラ!来たか…!」

満面の笑みで手招きされて、ソラは言われるままに彼の隣に腰をおろした。

今までに見たことの無い…子供たちの笑顔のような、そんな笑顔にソラは目を瞬かせる。

今まで隣にいた人がこっそりと席を変えたことにも、ソラは気が付かなかった。

「まあ飲んでくれ」

「あ、ああ…」

大きめの器になみなみと酒が注がれて、ソラは両手でそれを受け取る。

微妙にミコトの身体が揺れて、器から酒が少し零れた。

「だ、大丈夫かミコト?」

「んー…?まあ、ほら飲めソラ」

結局そうして促されるままに飲む…今まで飲んだ酒よりも更に喉が熱くなったが、悪い感じはしなかった。

同じようにミコトも、杯を乾す。

瞬く間に空になったそれを横に置いて、大きく息を吐いた。

「ミコト…」

「マナイさまのばか」

「……?」

いきなりのことばにソラは目を瞬かせる。

「いーから…とにかく、マナイさまが悪いんだ」

「そ、そうなのか…?」

言聞かせるような口調に戸惑いながらソラが頷く。

周囲の人々はそれを見ながら苦笑を浮かべていた。

「あれ程酔う方も珍しいものですなあ…」

「確か前回は、ウエナさまの良いところを延々と仰っていたような…」

小声で交わされる会話はもちろん、ソラには届かない。

彼はただ普段と違うミコトに戸惑いながらも、始めてみる笑顔に目を瞬かせていた。

「だけど…一番駄目なのは俺なんだ」

「ミコト…?」

「いやいいんだ…マナイさまも確かにひどいがそれよりも悪いのは俺なんだ」

ぐい、と杯を傾ける。

「み、ミコト…」

理由は分からないが…ミコトがこうなっているのはこの酒のせいだということが何となくソラにも分かった。

杯を重ねるごとにふらつく身体がそれを物語っている。

「ソラ、聞いてるか?」

それでも表情は笑顔のままだったから、思わずソラは黙って頷いた。

「ああ」

「そうか…ほら、君も飲め」

まだ器に残っているのに注がれて、ソラは目を瞬かせた。

「いいか、良く聞いてくれ…マナイさまは本当に悪いんだ」

「…」

「だがそれよりも悪いのは俺だ。分かるか?」

「…とりあえず、その笑顔は悪くない」

「そうか、分かってくれるか」

ソラの肩に手を置いてミコトは頷く。

逆の手に持っている杯はまた空になっていた。

その杯が、ひょい、と奪われる。

「あ」

「…悪者、参上いたしました」

ミコトの後で、マナイが苦笑して立っていた。

「マナイ…ミコトがさっきから…」

「お気になさらないことです」

こつん、とミコトの背をマナイが押すと、そのままぐらりとソラの方へと倒れこんだ。

慌てて支えるが…そのままぐったりと動かなくなる。

「ミコト…!?」

「大丈夫ですよ…眠っておられるだけです」

言われて顔を覗き込むと、ミコトはすうすうと気持ちよさそうに寝息を立てていた。

「さて、回収すると致しますか…ああソラどの、手伝っていただけると助かりますな」

周りからかかる労いのことばに答えつつ、マナイはそう言ってソラに微笑んだ。





背中にミコトを背負い、ソラはマナイに案内されるままにミコトの家へと向かう。

広場から聞こえるざわめきがだんだんと遠ざかる…それでも所々にある篝火と、輝く月の明かりとで集落は明るく照らされていた。

「ソラどの…宴は、いかがでしたか?」

先を行くマナイが、振り返らずにそう言う。

「楽しかった」

「ほほ…それは何より」

ソラが速答すると、マナイは嬉しそうに笑った。

「輪人は…いいな」

人々の笑顔を思い出して、ソラは微笑む。

明るく楽しそうに笑う彼らを見ているのは、彼にとって本当に楽しかった。

それでも一番は、ミコトに違いは無かったけれども。

「いいでしょう」

誇らしげに、マナイも頷く。

「宴に限らず…輪人はいつも良い笑顔を浮かべます」

「そうか」

それは嬉しい、とソラは笑った。

「…しかし」

「?」

「今朝のようなときには、ちょっと見られませぬが」

「……」

思い出し、ソラも少し眉を寄せた。

笑顔ではなく、何かをじっと見つめるあの表情は…嫌では無かったけれども…

「…笑顔の方が、いいな」

「全くです」

ほほ、とマナイが苦笑するのが聞こえた。

「…ああ、こちらです」

マナイがそう言って、ある家の扉を開ける。

後に続いて中に入る…マナイが明かりを灯すと、綺麗に整った部屋が見えた。

「…ウエナは?」

確かミコトとウエナは一緒に暮らしているのでは無かったか…と、以前に聞いた話を思い出してソラが聞く。

それに苦笑して、マナイが答えた。

「ウエナさまは一足先に私の家で休まれております…宴の夜はいつもそうしておるのです」

「…そうか」

背中で気持ちよさそうな寝息を立てているミコトを支え直し、ソラは頷いた。

促されるままに奥の部屋に向かい、示された寝台にミコトを横にさせる。

全く目を覚ます様子が無いが…何だかとてもいい寝顔だとソラは思った。

「さて、戻りましょうか」

とりあえず…と言った感じでミコトを診たマナイが、苦笑して立ち上がる。

「戻る…」

「宴はまだまだこれからです…皆、待ち兼ねておりますよ?」

ソラは先程までの時間を思い出す。

…それはかなりこころ引かれるものがあったのだけれど。

「…ここにいてもいいか?」

それよりも目の前のミコトの寝顔の方が、見ていて嬉しいような気がした。

「まあ、構いませぬが」

マナイはそんなソラを見て、苦笑を浮かべた。

では、と立ち去ろうとするマナイに、ソラは声をかける。

「マナイ」

「…何か?」

立ち止まり、マナイはソラを見る。

ソラは寝ているミコトの寝顔を見ながら、呟いた。

「…どうやったら、輪人はいつも笑顔になる?」

朝から考えていたのだけど、分からない。

素直に聞いてみると、マナイは一瞬目を瞬かせ…静かに微笑んだ。

「ソラ、どの…」

「何だ?」

「…あなたは既に、輪人でございますな」

「…?」

不思議そうにしているソラを見て、またマナイは苦笑して微笑む。

「まあ、それについてはまた後ほどお教えいたします…今はまだ、宴のときを」

そう言うと、今度こそ彼は宴の席へと戻っていった。





マナイが灯していった明かりはしばらくするとふつりと消えた。

それでも壁に四角く開いた場所から月の光が差し込み…ミコトの寝顔を優しく照らしていた。

ソラは光は無くてもものは見えるけれど、こうして照らされているミコトの寝顔を見ているのは好きだった。

寝台の横に座り、飽きる事無くそれを眺める。

頬に手を滑らせてみる…彼は軽く唸ったが、またすぐに静かな寝息が始まった。

何かがいつもと違う…とソラは思ったが、すぐにその理由に思い当る。

横になるミコトからは、先程まで飲んでいた酒の匂いがしていた。

まるで水を飲むようにしてそれを飲んでいたミコトを思い出して、ソラは微笑む。

あんな笑顔になってくれるなら、酒も悪くないと思った。

ソラもいつもよりも気持ちがふわふわとしている…何故かは分からないけれど、それは嫌では無かった。

遠くからは高い笛の音と太鼓の音、そして人々のざわめき。

ぼんやりとそれらを聞きながら、目蓋が落ちるのにまかせてソラは目を閉じる。

隣でミコトが静かに眠り続けている音も聞こえるのが、とても嬉しかった。











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