さっきまで明るく騒めいていた集落が、今度は別な騒めきに占められていた。 「ミコトさま…!」 自分を探しに来た人が、必死に騒ぎの中心を指し示す。 その方向に向かって、ミコトは全力で走った。 段々と大きくなる人だかりの中、ミコトの姿を認めた人が脇に避けて道を作る。 中心では血を撒き散らして倒れる人と、その人に縋る女性とが居た。 ミコトの到着に気が付いた彼女が、必死になって彼に訴える。 「ミコトさま……まだ、まだ……!」 「………!」 弱々しいながらも、その人には息があった。 手際良く用意された清潔な布で、流れる血を抑える。 遅れて駆け付けた他の人と一緒になり、ミコトは懸命にその人の手当てを施していった。 マナイとソラが家を出ようとしたとき、ウエナが飛び込んできた。 「…まだ、身罷られておらぬ!」 「おお…それなら私めも尽力せねば…!」 顔を綻ばせてばたばたと家の中に戻るマナイを見て、ソラは目を瞬かせる。 走ってきたウエナは少し息を切らせながら、そんなソラを見上げて微笑む。 「……騒がしくて、すまぬな……稀人よ」 そう言って、彼女は愉快そうに笑った。 ざわざわとした集落の中を、ソラとウエナは走っていた。 「……待て!早い……!」 先を走るソラに、ウエナは叫ぶ。 決して走るのが遅い訳ではないウエナだが、彼の走る速さには着いていけない。 マナイは始めから分かっていたのか、彼らに先に行くようにと言っていた。 ソラは立ち止まり素直にウエナを待つ。 騒ぎの中心に早く行きたいのだが、ウエナと一緒に行くようにと言われたからには一緒に行かなくてはと思う。 ちょっと考えて…彼は解決策を出した。 追い付いてきたウエナを、ひょいと抱える。 「なら、こうしよう」 「……なるほど、良い考えだ」 ミコトも見習えば良いのに、と呟いてウエナはソラの首に腕をしっかりと回した。 そして彼はまた走り始め……すぐに人だかりが見えてくる。 その外側に来ると、ウエナはソラの頬を軽く叩いた。 「……ここらで良い、止まってくれ」 「…?」 不思議に思いながらも、ソラは素直に止まる。 「……ミコトたちの邪魔になるからな…ここからでも見えるだろう」 「ああ…」 人だかりの向こうに、ミコトや…他の輪人が何かやっているのが見えた。 一人が倒れていて、周りが赤くなっている。 その姿はとても、見慣れたものだった。 「動かなくなったのか?」 「違う…良く見よ」 小さな指が伸ばされ、ソラはその先を素直に良く見る。 確かに、布で覆われた胸がかすかに上下しているのが見えた。 「…ああ」 輪人で遊んだとき…どれだけ長く動いているのかと少しずつ色んな場所を傷つけていくことをよくした。 どれだけ長く、声や動きが楽しめるかと。 今倒れている人は、動かなくなる少し前と良く似ていた。 輪人も、自分と同じように遊んでいるのかとソラは思う。 だが… 「……ミコト、笑顔じゃない……?」 ミコトだけではなく…他の輪人も、笑顔を浮かべては居なかった。 倒れている人を見、眉を寄せ…ただ、見つめている。 楽しんでいないのか…と首を傾げると、ウエナは小さく微笑んだ。 ぴ、とソラの頬を弾く。 「?」 「あの者が、またきちんと動けるようになればいいと…皆、心配しているのだ」 「…動くようになるのか…?」 ソラは目を丸くする。 自分たち…戦人なら石があるから治るが、輪人には石が無いのではなかったか。 そんなことをソラが考えていると、ウエナが少し笑みを浮かべて口を開いた。 「…我らは怪我も、病気もするが……素直に輪に還る程、弱くはない」 治らないものは治らないが、と言い加えて目を伏せる。 それを聞いて、ソラはミコトに聞いたことを思い出す。 「……でも、元々自分で治る力があって、それを助けてやることは出来る……」 ソラがそう続けると、ウエナは嬉しそうに微笑んだ。 「何だ、分かっているではないか」 今、皆はそれをやろうとしている。 彼女は誇らしげに兄を見つめていた。 「ほっほ……お退きくださいませぬか…!」 どたどたと走ってきたマナイが、人だかりに飛び込んでいく。 血が飛んだ顔を上げ、マナイから薬草を受け取っているミコト。 新しい布を持ってきて、また別の人に渡す人。 綺麗な水が入った大きな器を持ってくる人。 赤く染まった水が入った器を持っていく人。 倒れている人の手を、しっかりと握り締めている人。 周りで、そんな彼らを見守る大勢の人たち。 やっていることは違っていても、その人を…心配している表情を皆浮かべている。 「……いつも、こうなのか?」 呆然とそんな風景を見渡し、ソラは呟いた。 ちょこんと彼の腕に乗ったままのウエナが、歳に見合わぬ苦笑を浮かべる。 「……いや、いつもはこうではない」 「そうなのか」 ちら、とソラを見て…ウエナはまたミコトの方を見る。 「……異形の人が、集落に来ると……こうなる」 「異形…」 「…戦人とも、言う」 それからソラは、ウエナから今この集落がどんな情況にあるのかを聞いた。 一年ほど前から、戦人が輪人を襲い続けていること。 集落、森…場所を問わず、人数も頻度も不定であること。 そしてなぜ彼らは輪人を害するのか…何も、分からないこと。 「…今日のように、怪我だけで終わることもあるが…」 ほとんどは助からぬ。 そうウエナは呟いて、眉を寄せた。 腕に腰掛けたまま、とつとつと話すウエナ。 その話を聞きながら…よく、森で出会った輪人で遊んだことをソラは思い出していた。 空を見るのが一番好きだけれども、動物たちや彼らで遊ぶのも結構面白くて…見かける度に、追い掛けて遊んでいた。 追い掛けたときの表情や、悲鳴、暴れる動きを見ているのが楽しかったから。 でも…ミコトに、輪人が殺されるのは嬉しくないと言われてからはやる気が無くなった。 それよりも、ミコトの笑顔が見たいと思ったから。 別に、やらなければやらないで良かった…それ以上に、空やミコトの笑顔を見ている方が楽しかったから。 それからしばらくして…ミコトが動かなくなるかもしれないと思うと、凄く嫌な気持ちになった。 見ていてあんなにいい気分になれる笑顔が、見られなくなるのが嫌だった。 …そして、自分が戦人だと知られると、輪人の笑顔を見られないとミコトに言われた。 そのときは不思議に思って、それだけだったのだけれど… 「………」 何だか、ほんの少し分かったような気がした。 「……戦人が、輪人で遊ぶのは……輪人は嫌なんだな」 あまりにも簡単に、輪人は動かなくなってしまうから。 「動かなくなったら、笑顔見られないものな…」 それきり黙ってミコトを見つめるソラの横顔を見、ウエナは黙って彼の首筋に抱きつく。 小さく暖かなその重さが、何だか嬉しいとソラは思った。 next→ novels top |