「…ミコト?」 ソラがミコトを呼ぶ。 「…どうかしたのか、ミコト」 「…え?」 は、とソラの方を向き、ミコトは目を瞬かせた。 「…どうか、って…」 「何だか…嫌な顔してた」 嫌なこと、あったのか。 真っすぐにミコトを見つめるソラの視線を何とか受けとめて、ミコトは微笑む。 「いや…何でもないから」 「…そうか」 変だな、と不思議がりながらソラは手に持った器を玩んだ。 それがいつのまにか空になっていたのに気付き、ミコトは新しい茶を注いでやる。 器から立ち上る湯気を吹き、ソラは嬉しそうに笑った。 そんな二人を微笑みながら見…マナイは口を開く。 「ソラどの」 「?」 「ミコトさまのことが、好きですか?」 「ああ」 ミコトの笑顔、好きだ。 ソラは迷わず、そう答えた。 真っすぐな瞳を見て微笑み、マナイは続ける。 「では…輪人の笑顔は、いかがですかな?」 「…ああ、好きだ」 一瞬の間を置き、首肯く。 「そうですか…」 マナイはソラの返事を聞いて微笑んだ。 ミコトは、彼らの会話を黙って聞いていた。 …ソラの答えは、ミコトが願っていた通りのものだった。 自分の笑顔が好きだと言ってくれる彼なら、輪人の笑顔をもっと気に入ってくれるだろうと。 実際…子供たちの笑顔を見たあとの彼は、本当に嬉しそうで… ここに来てもらって良かったと、こころから思えた。 …本当に、それだけなら良かったのに。 ミコトは持っていた器を床に置き、膝の上に手のひらを置く。 そしてソラに気付かれない程度に、そのこぶしを握り締め奥歯を噛み締めた。 そんなミコトにちらりと目をやり、マナイはほんの少し小さくて丸い目を細める。 そしてソラを見て…ゆっくりと、口を開いた。 「では……笑顔を、守りたいとは思いませぬか?」 「?」 ソラは不思議そうに、目を瞬かせた。 「まも…?」 「……いつも、笑顔でいてくれるようにすることだ」 ミコトはそう言って、ソラをしっかりと見つめた。 ソラもミコトに視線を移し……ぱちぱちと、目を瞬かせる。 自分は一体どんな顔をしているのだろうと思ったが…彼がそれほど嫌な表情になっていないのが救いだった。 「……最近、輪人が笑顔でいられないようなことが起き続けている」 ソラを見つめたまま、ミコトは続ける。 「……もし、君さえ良ければ……」 不思議そうにしながらも、ソラは黙ってミコトの話を聞いていた。 何も変わらない…澄んだ瞳がまっすぐにこちらを見ている。 笑顔ではないけれど、本当に綺麗だと思った。 …不意に、空が見たくなる。 どこまでも高く、澄んだ青が続く空を。 「……ソラ、君に」 そのとき、遠くから叫び声が聞こえてきた。 ば、とその悲鳴を聞いてミコトが立ち上がる。 目をきょとんとさせながら、ソラはそんなミコトを見ていた。 「…ソラ、君はここで待っていてくれ」 「え…」 そう言い残し、ミコトはマナイに軽く頭を下げると外に飛び出していった。 残されたソラは、困ったようにマナイを見る。 マナイもミコトと似たような表情をしていて…何だか、ソラは嫌だった。 「…マナイ」 「……何も、このようなときに……」 「え?」 ソラは呟かれたマナイのことばに首を傾げる。 何が起こっているのかは分からない…ただ、ミコトもマナイも笑顔ではないのが残念だった。 …さっきまでは、いい笑顔だったのに。 「…ソラどの、行きますか?」 ふ、とマナイが表情を変える。 微笑んではいるが…やはり、嬉しそうには見えないとソラは思った。 「…行っても、いいのか?」 「…ええ……なぜ、輪人や…ミコトさまが笑顔でいられなくなるのか、その訳をお教えしましょう」 ソラは黙って首肯いた。 それが分かれば、いつだってミコトは笑顔でいてくれると思ったから。 next→ novels top |