二人でマナイの家に入ると、そこでは静かに湯が沸いていた。 次第にざわめきを増す集落とは異なり…しん、とした空気が漂っている。 その中で、いつものようにマナイは笑みを湛え、炉の前に座っていた。 「…いらっしゃいましたか、二人とも」 「…ええ」 ミコトは真っすぐに彼を見て、静かに答える。 不思議そうにしているソラを促して、炉の周りに腰を下ろした。 彼は入ってきたときからずっと、目をぱちぱちさせながら家の中を見ていた。 ミコトも幼い頃に初めてこの家に来たとき、同じように周りに目を奪われていたから…思わず苦笑する。 茶道具以外はどこに何があるのか分からない…整頓はなされているが、あまりに数が多かった。 壁面に広がる乱雑な棚、天井から釣り下げられている何の動物のものかは分からない骨…そして何に使うのかは不明な道具まで。 「ソラ」 「…?」 呼び掛けると、は、と気が付いてソラはミコトを見た。 苦笑しているミコトを見て、ソラも笑う。 「楽しいか?」 「ああ」 首肯いて、ソラは嬉しそうに笑った。 「何だか、ここ好きだ」 「ほほ…それは何より」 マナイも嬉しそうに微笑んだ。 茶をこぽこぽと注ぎ……そして二人に差し出す。 不思議そうに茶を覗き込むソラに微笑んで、マナイは言った。 「ご挨拶が遅れました…私はマナイと申します。以後よろしくお願い申し上げますな…ソラどの」 「マナイ…」 反芻して、ソラは納得したように笑った。 「知ってる…いつもミコト言ってた」 「ほほ、それは嬉しいことですなあ…」 感慨深げに微笑むマナイ。 そんな彼の横で居心地悪そうにしながら、ミコトは茶を啜った。 落ち着ける香と、優しい味。 誰にも言ったことはないが…マナイの家にある茶の中で、ミコトが一番気に入っている茶だった。 …ふと横を見ると、ソラがミコトを見て目を瞬かせていた。 「…どうした?」 不思議に思ってミコトが聞くと…ソラは嬉しそうに笑う。 「また、いい笑顔見られた」 「……そうか」 ミコトは苦笑する。 そんなに嬉しそうに茶を飲んでいたかと思うと少し気恥ずかったが…ソラが喜んでくれたのは、嬉しかった。 マナイは黙って自分の茶を啜っている。 ソラは自分の前に置かれた器から立ち上る湯気を不思議そうに覗き込んでいるだけだった。 そんな彼を見て、ミコトは言った。 「…ソラも、飲んでみるといい」 「?」 「茶、という…ほら、摘むのを手伝ってもらった」 「…ああ、あの葉か?」 不思議そうに首を傾げるソラを見ながら、ミコトは苦笑する。 「そうだ…その葉を乾燥させて、それに湯を注いで…その湯が茶になる」 …おそらく、ソラは…戦人は、ものを食べれないのではなく、食べる必要が無いだけではないかとミコトは考えていた。 つまり、食べるということは可能なのではないかと。 それなら茶を…あるいは、他のものを食べたり飲んだりしてみてほしいと思う。 きっと、それもまた… 「それと…飲むと、笑顔になれる」 「飲む」 速答するソラに、二人は苦笑した。 ミコトは器を口に近付け、少し茶を口に含んでみせる。 それを真似してソラも、静かに茶を飲んだ。 と、ソラは目を瞬かせる。 「…いかがですかな?」 マナイが興味深そうに問い掛けると、ソラは首を傾げて言った。 「………よく、分からない」 でも、とソラは続けた。 「何だか、嬉しい感じがする……」 そうして彼はふわりと笑って、また茶を飲み始める。 「…また、飲みたいと思うか?」 「ああ」 こくん、と飲み込みながらソラは笑う。 それを見てミコトは安心して、微笑んだ。 「それを…おいしい、という」 「おいし…?」 不思議そうに繰り返し、ソラは首を傾げる。 そんな彼に苦笑しながら、ミコトは続けた。 「…また、食べたり飲んだりしたいと思ったり…そうしているときに嬉しい感じがすること…かな」 あと、笑顔になれる。 そうミコトが説明すると、ソラは納得したように首肯いた。 「そういうことなら…すごくおいしい」 嬉しそうに笑って、彼はまた茶を飲む。 狭い部屋の中に、白い湯気が暖かく立ち篭めていた。 自分の茶を飲みおわり…新しく茶を注ぐマナイ。 そして彼は自分の後を振り向き、何かを手に取る。 彼の横に、その何か…布に包まれたものが置かれた。 「さて………お話を、始めましょうか」 落ち着き払ったその声が、静かな部屋の中に響いた。 next→ novels top |