雨が上がった森の中を、ゆっくりと歩いていく。 茶を摘むときなどに共にこうして歩いたことはあるが…この道を歩くのは、始めてだった。 ミコトは枝葉から滴る水に驚きながら歩いているソラを見る。 そのうち目の前に迫り出している枝葉を揺らし…わざと水滴を落とし始めた。 「…楽しいか?」 「ああ」 答えて、また楽しそうにちょん、と葉を揺らす。 葉から散った水が、朝日を反射して輝いていた。 森が次第に途切れ、目の前が開けてくる。 「…ここか?」 「…ああ」 遠くに家が見えてきて…それを見てソラは目を瞬かせた。 森に包まれるように並んだ家々と、その中を縫うように延びていく道。 朝早いということもあってか…それとも違う理由かは分からないが、人影は見えない。 近付くにつれきょろきょろと不思議そうに周りを見渡すソラに、ミコトは苦笑した。 「…輪人の集落を見るのは、初めてか?」 「ああ」 ミコトにとっては見慣れた家々を見ながら、面白そうにソラは目を輝かせている。 二人が集落の中心に向かっていくと、次第に子供たちの声が聞こえてきた。 「…何の音だ、ミコト?」 「ああ…子供たちが…」 そうミコトが言いおわる前に、道の向こうから数人の子供たちが駆け寄ってきた。 「あ、ミコトさまだー!」 「本当だぁっ!」 勢い良く彼らに飛び付かれながら、ミコトは破顔する。 「おはよー、ミコトさま」 「ああ、おはようタヤタ」 ぎゅ、と服を掴み見上げるその視線が、隣に立っているソラをとらえた。 「ミコトさまのおともだち?」 「…おともだち?」 揃って同じように首を傾げる彼らに苦笑しながら、ミコトはしゃがんでタヤタと視線を合わせる。 「…そうだな、私の友だ」 「そうなんだぁ…はじめましてー」 にぱ、と笑ってタヤタはぺこりと頭を下げた。 「……ああ」 戸惑いながら首肯くソラがどこか幼く見え…ミコトは苦笑を重ねる。 「ソラ、という……異境から参られた稀人だ」 「まれひと?」 何のこと、と首を傾げるタヤタ。 「遠くから来てくれた、我ら輪人の友だ」 ぽん、とそんな彼の頭に小さな手が置かれる。 「……そうであろう、ミコト?」 タヤタの後に、何時の間にか一人の少女が立っていた。 「ウエナ」 「名誉の朝帰り、ご苦労であったなミコト」 「めいよ?」 目をぱちくりさせているソラとタヤタを尻目に、ウエナは続ける。 「昨晩、また新しい雨漏りが見つかった」 「…あとで、直しておこう」 「ああ」 頼む、と言いながら…ウエナは真っすぐにソラを見上げた。 ためらいも、迷いも無い視線。 それを受けとめ、不思議そうに首を傾げるソラを見て……ウエナは微笑んだ。 ソラはそれを見て目を丸くし、同じように笑った。 「ソラ、と言ったな」 「ああ」 「今から一緒に遊んでやろう」 「?」 「ウエナという……これからよろしく、ソラ」 そう言うとウエナは戸惑うソラに近付き、その手を取る。 「ウエナ?」 「ああ…何か?」 「ウエナのこと、いつもミコトから聞いてた…そうか…」 どこか納得したように首肯くソラを不思議そうに見ながら、ウエナはミコトを見る。 「…何を言っていたのだ?」 「…まあ、そうおかしなことは言っていない」 苦笑しながら言う兄を見てとりあえず納得し、彼女は黙ってソラの手をひっぱる。 ひっぱられながら困ったように見てくるソラに微笑んで、ミコトはウエナに言った。 「…すまないが、俺たちはマナイさまに用がある」 真っすぐに、兄と妹の視線がぶつかる。 「………なら、後でたくさん遊ぶとしよう」 不満そうに口を尖らせながらも、ウエナはそう言って素直にソラの手を離した。 不思議そうにウエナを見下ろすソラを見上げながら、彼女は言う。 「…稀人の宴は、どうする?」 「そうだな……今宵、行なおうか」 それまで黙って聞いていた子供たちが、一斉に顔を輝かせた。 「うたげやるの!?」 「おいしいもの食べられる?」 「おそくまで起きてていいのっ?」 ミコトが首肯いてやると、子供たちは歓声を上げる。 そしてそのまま駆け去り…集落中にそれを伝えはじめた。 「………皆が出てくる前に、行った方が良いだろう」 「…ああ」 次第に小さくなる背中を見送りながら、ウエナとミコトは苦笑する。 そんな光景を、ソラは目を瞬かせながら見ていた。 去っていった子供たちを追い掛けるウエナと別れ、彼らはマナイの家へと向かう。 少しづつ騒めく集落に驚きながら、ソラは嬉しそうに笑っていた。 「……輪人の笑顔、どうだったか?」 確かめるようにミコトが聞くと、ソラは笑ったままミコトを見る。 「ああ……ミコトの言うとおりだった」 「そうか」 「輪人の笑顔、好きだ」 そう言い、嬉しそうに微笑むソラを見ながら…ミコトも微笑んだ。 「それなら、良かった」 自分も好きな輪人の笑顔を、彼に気に入ってもらえたのは本当に嬉しかった。 そんなミコトを見て、ソラは続ける。 「でも…」 「?」 「やっぱり…ミコトの笑顔、一番好きだ」 「……そうか」 そのことばと表情を受けとめ、ミコトは苦笑する。 雨上りの朝の空気が、静かに集落を包んでいた。 next→ novels top 独り言 |