「………ん」 ぱち、と目を開けると目の前にミコトの顔が見え、ソラは微笑んだ。 彼はミコトの寝顔を見るのも好きだった。 だから今も嬉しいと思った……少し眉が寄っているのは残念だったけれど。 外を見ると明るく、日の光が洞穴の中にまで差し込んでいる。 入り口の天井から滴り落ちる雫が、朝日を反射して輝いていた。 は、と気が付き改めてミコトを抱き締める。 腕の中のミコトの身体は普段どおりの暖かさで、ソラは喜んだ。 それなのに眉が寄せられているのをソラは不思議に思う。 やはりまだ風邪が治っていないのだろうか。 それなら他の治し方も試さなくては…と考えて、彼は静かに寝台から出ようとする。 「ん…」 その弾みでミコトが小さく身動いだ。 「あ」 見ている内に、ゆっくりと瞳が開かれる。 「ミコト」 「あ………ソラ」 おはよう、と微笑まれ、笑い返した。 「…風邪、治ったか?」 心配そうに見ると、ミコトは首を縦に振る。 「ああ…もう、治ったみたいだ」 「そうか」 よかった、とソラは喜んだ。 ミコトが元気になって、本当に良かったと彼は思った。 まだほんの少し、いつもの笑顔と違うような気がするけれど。 起き上がり、干しておいた衣服にミコトは袖を通している。 寝台に腰掛けたままソラはその様子を見ていた。 「…ソラ」 しゅる、と腰ひもを伸ばしながらミコトが声をかける。 「何だ?」 「……君は、俺の笑顔が好きだと言ってくれる」 「ああ」 好きだ。とソラははっきりと答えた。 何故だか分からないけどそれは本当だったから、迷わずに言う。 「ミコトの笑顔、好きだ」 輪人の首に手をかけたときの顔や、動かなくなる寸前の顔も好きだけれど…それよりもミコトの笑顔が好きだと、ソラは思った。 ミコトは背を向けたまま腰ひもを手にしている。 「…ミコト?」 「だったら……」 ミコトは振り向き、こう告げた。 「…もっとたくさんの笑顔、見たくないか?」 「ああ」 迷わずに答えるソラ。 「もっといっぱい、ミコトの笑顔見たい」 だから、笑顔。 そう訴えてくる瞳をミコトは真っすぐ受けとめた。 いつもと変わらないその瞳に逃げたくなるけれども…しっかりと覚悟を決める。 「…そうではなくて」 ごくり、と息を飲み、ゆっくりと告げる。 「もっとたくさんの…輪人の笑顔」 「輪人の?」 目を瞬かせるソラを見ながらミコトは首肯いた。 「ああ…皆、いい笑顔をする」 「……ミコトみたいに?」 「俺よりも、ずっといい笑顔をする…」 そう言うと、ソラは不思議そうに首を傾げた。 「…どうした?」 「…他の輪人は、笑顔見せなかった」 すぐにこう、こんな顔になって。 そう言ってソラは顔を歪める。 そのままで首を傾げるソラにミコトは小し表情を緩めた。 「…多分、君が戦人だと思ったからだろう」 「でもミコトは笑ったじゃないか」 「…そう、だな」 「そうだ」 首肯いて、ソラはじっと見つめてくる。 いつもと変わらずに訴えてくるその瞳に今度は負けて、ミコトは苦笑する。 そして本当に嬉しそうに笑うソラを見て、ミコトも微笑んだ。 「…嬉しいか?」 「ああ」 そう答えて笑う彼が嘘をついているようには、やはり思えなかった。 目を細めてそんな彼を見ながら、ミコトは手に持っていた腰ひもをしっかりと自らに巻き付ける。 そして寝台に近寄り、ソラの隣に腰を下ろした。 無言で布を手に取り、それを引き裂く。 「ミコト?」 「………こっち、向いてくれ」 「ああ…」 不思議そうにしながらも、ソラは言われた通りにミコトの方を向く。 そうしてミコトは引き裂いた布を彼の額に押しあてた。 「………ミコト?」 黙って手を伸ばし、頭の後ろでその布を縛る。 何をしているのかと目を瞬かせているソラに苦笑して、ミコトは言った。 「…一緒に、行かないか?」 「え…] 「一緒に、俺たちが住むところに…行かないか?」 輪人の集落に、共に行こうと。 「でも」 「…これをしていれば、誰も君を戦人だと思わない」 「…そうなのか?」 「ああ」 輪人のほとんどは、戦人の異形の姿しか知らない…中にはそれすらも知らない人さえいる。 しかし僅かであるが、戦人の特徴を知っている人がいないとも限らない… 「…戦人だと思われなければ、君も輪人の笑顔を見られるから」 だが輪人との外見上の違いと言えば…この額の印しか、ミコトには思いつかなかった。 …マナイも、そうだと言っていたから。 「…そんなに、いい笑顔なのか?」 「ああ」 そう答えたミコトの表情を見て、ソラは嬉しそうに笑った。 「だったら、見にいく」 「……そうか」 そうか、と嬉しそうに微笑むミコトを見ながらソラは思う。 輪人の笑顔は分からないけれど…前に、ミコトは笑顔になるために集落に戻ると言ったことがあるから。 だからきっと、そこに行けばミコトのいい笑顔が見られるだろうと…ソラは思った。 next→ novels top 独り言 |