「ミコト…」 一体どうしたのか、とソラは戸惑った。 そ、と身体に触れるとまだ熱は下がってはいない。 地を叩きつけるように降り注ぐ雨よりも、ミコトの眼から流れる水が気になって仕方がなかった。 目から、流れる水。 「…………」 ソラは目を大きく見開いた。 「ミコト!」 「……っ?」 不意に抱きつかれ、ミコトは驚く。 一度流れだした涙は中々止まらず……啜り上げながら不思議そうにソラを見た。 「ミコト………」 ぎゅ、と遠慮のない力で抱きつかれ、ミコトは苦しげに身を捩る。 それにも気付かないように、ソラは強くミコトにしがみついた。 ミコト、と呻くような声で呼ぶ。 「………?」 不思議そうにミコトがソラを見ると、彼は真剣な表情でミコトを覗き込む。 何とか目を擦り……ミコトは目を見張った。 「………ソラ……?」 多少、擦れた声でミコトは彼を呼ぶ。 「ミコ、ト………」 ぽたりと先程と同じ感覚が頬に。 ミコトは重い腕を持ち上げて、ソラの頬に触れた。 「…どうして、君が泣く……?」 彼の目から次々と溢れ出る涙をすくう。 「…………泣く……?」 「………目から、塩水が出ることだ」 びく、とソラは身体を震わせた。 「…………?」 ぐしゅ、としゃくりあげながらソラは口を開いた。 「……今まで動かなくした輪人も………目から水が出てて」 ミコトは軽くソラの手を握る。 「ミコトも、同じように動かなくなると思ったら……」 俺も、水が出てきた。 そう言ってソラはくしゃりと顔を歪ませた。 「…………ミコトが、動かなくなるの嫌だ………」 はたはたと頬に落ちる涙は、ひどく暖かい。 光が、ソラの後ろに走る。 数瞬後に轟く音を聞きながら、ミコトは静かに笑んだ。 何時の間にか、ミコトの涙は止まっていた。 「………ソラ」 下ろしていた手を延ばして、ミコトはソラの頭を抱き締めた。 泣くことに慣れていないためか、苦しそうにしゃくり上げる彼の背中を優しく擦る。 「……泣くことで、動かなくなることはない」 「………本当、か……?」 「ああ」 本当だ。 そう言ってやると、ソラはようやく歪めていた顔を緩めた。 しばらく黙ってミコトに背中を擦られていたが、ふと身体を離す。 「まだ身体熱い………」 そうしてまたくしゃりと顔を歪める彼を見て、ミコトは苦笑した。 「……大丈夫だから」 安心させるようにまた頬に手を滑らすと、ソラはその手を掴みミコトを見下ろす。 「でも…ミコト」 「…何だ?」 「…ずっと、嫌そうな顔しているから」 だからまだ苦しいんだろう? 真っすぐな瞳が、ミコトを見つめた。 か、と天が光る。 光は洞穴の奥まで届き、二人を照らした。 ソラの額にある白い印が見えた。 閃光が去り暗くなった洞穴の中で、ミコトは黙ってソラの額を見つめた。 輪人の文字とは異なる、不思議な形。 「……ソラ」 「?」 「その……額の印……」 「これか?」 無造作に髪を掻き揚げ額を見せるソラ。 薄暗い中でぼんやりと浮かぶその印を、ミコトはじっと見つめた。 「……それは、何を象っているんだ?」 「ああ」 それなら、とソラは森の方を見る。 「よく木にいる……」 その特徴を聞き、ミコトはそれが何であるのかを知る。 「…どうして、それに?」 「だって…」 あいつも、空好きそうだったから。 木にしがみつき、いつも空を見上げているその様。 「だから、だと思う」 そう言って、今はただ雨が降りしきる森を見つめた。 そうか、と呟いたきり押し黙るミコトをソラは心配そうに見つめた。 やはり風邪がそんなに苦しいのだろうか、とソラは思う。 風邪になったことの無いソラは、ただ眉を寄せた。 早くミコトの笑顔を見たいのに。 ミコトは傍にいるだけでいいと言ったけれども、もっと出来ることがあるのではないだろうか。 俯き加減になっているミコトを気にしながらも、ソラは以前ミコトから聞いたことを懸命に思い出していた。 「?」 首を傾げつつ考え込むソラを不思議そうにミコトは見た。 「…どうか、したのか?」 「…治し方」 「?」 「…風邪の、治し方……思い出してた」 ミコト早く治したいから。 そう呟き唸る彼を見て、ミコトは軽く目を見開く。 そうして微笑んで、ソラを静かに抱き締めた。 「……ミコト?」 苦しいのか?と首を傾げるソラに緩く首を振る。 いや、と小さく呟いて、ミコトは言った。 「……ずっと、考えてくれていたのか?」 「…ずっと、言ってたじゃないか」 ミコトが笑顔になるためなら、なんだってするって。 少し不機嫌そうに答えるソラの背を撫でながら、ミコトは微笑んだ。 「…ソラ」 「?」 「……ありがとう」 その笑顔を見て、ソラも笑った。 next→ novels top |