風が吹き込み、ミコトは顔を上げた。 「ただ今戻ったぞ、ミコト」 戸を閉めながらウエナが言う。 小さな両の手で風に負けぬように戸を支えている彼女の元へと向かい、ミコトは力を貸してやる。 閉めおわり、満足気にウエナはその戸を見た。 「……楽しかったか?」 少し乱れている妹の髪を梳いてやりながら、ミコトは問う。 「うむ、今日はかくれんぼをしてな……」 明るく答えながらウエナは兄を見上げた。 そうしてきゅ、と眉を寄せる。 「………非常に楽しかったのだが」 今は楽しくなくなってしまった。 そう不機嫌そうにウエナは呟いた。 「………そんなに酷い顔をしているか?」 「ああ」 こくんとウエナは首肯く。 「夕食は?」 「作ってある……」 「食べられそうか?」 ミコトは緩く首を横に振る。 「……茶で腹がいっぱいだから」 「………そうか」 ならばミコトの分もいただくとしよう。 そう言い放った妹を見て、ミコトは苦笑した。 後片付けを終え、横になってもミコトはなかなか寝付くことが出来なかった。 ずっと、マナイに言われたことで頭の中がいっぱいだった。 輪人を、皆を守りたいと思うのは事実。 しかし… 「…ソラ」 ……空に向かうあの瞳を戦いに向かわせたくないと思うのは、自分の身勝手な我侭なのだろうか。 ミコトは身体を起こして、窓にかかる布を退ける。 月は無く……厚い雲に覆われた夜空が見えた。 重く息を吐いて、ごろりと寝台に横になる。 輪人を輪人のまま護る方法を見付けられた気持ち。 彼が戦うのを見たくないと思う気持ち。 両方を抱えてミコトは小さく身体を丸める。 気が付くと、静かに雨の音が集落を満たしていった。 「昨晩はよく眠れたようだな、ミコト」 朝餉の準備をするミコトを横で見上げつつ、ウエナは言った。 「……ああ」 「ミコトがウエナより早く起きているなどと珍しい…だから雨が降ったのだ」 どうしてくれる、これでは皆と遊べないではないか…と不満そうに言いながら、ウエナは朝餉に使う器を手際よく用意する。 そんなウエナを見ながらミコトは苦笑した。 夜半からの雨は止む事無く、しめやかに集落に降りつづいている。 「…ウエナ、俺の分はいい」 ミコトが使う器を運ぼうとしていたウエナが振り返り、眉根を寄せた。 「……まだ腹がいっぱいなのか?」 「……ああ」 ミコトは首肯いた。 「……不思議な奴だ」 その後、ウエナはしっかりと二人分の朝餉を平らげた。 後片付けをするミコトを見上げながら、ウエナは言う。 「………ウエナにはまだ分からないが」 ぎゅ、とミコトの服の端を握り締める。 「悩むことは、悪いことではないと……マナイが言っていた」 「…………そうか」 ことりと器を置いて、ミコトはウエナの柔らかな髪を撫でた。 「……行くのであろう?」 「………ああ」 「雨避けは」 「………ウエナが使うといい」 どうせ黙って家にいるつもりは無いのだろう? そうミコトが言うと、当然だとウエナは微笑んだ。 next→ novels top |