静かに眠るミコトが、不意に表情を変えたのにソラは気が付いた。

眉が寄せられて……何だか、苦しそうだとソラは思う。

どうしようか、と彼は迷った。

あれだけ眠そうにしていたミコトを起こすのは気が引けるけれども……このまま、彼の苦しそうな顔を見ているのは嫌だった。

「……ミコト、ミコト……!」

起こそうと決め、ソラはミコトの腕を掴んで軽く揺さ振る。

するとミコトはすぐにぱち、と目を開けた。

「あ……」

軽く荒れた息を飲み、目を軽く見開いてミコトはソラを見つめる。

その表情を見て、ソラは項垂れた。

「……すまない……何だか、嫌そうな顔していたから」

そんなソラを見てミコトは苦笑した。

「いや……嫌な夢を見ていたから、助かった」

こちらこそ心配かけてすまない、とソラの頭をくしゃりと撫でた。

ソラはそのことばに嬉しそうに顔を上げて、ミコトを見る。

「…………?」

そして、不思議そうに首を傾げた。

「…どうした、ソラ?」

動きを止めたソラを不審に思ってミコトが問うと、ソラは不安そうに眉を寄せる。

「……ソラ?」

どうしたんだ?とミコトが言うと、ソラはようやく口を開いた。

「……いつもの、笑顔と……違う」

ミコトが小さく息を飲んだ。

「何だか……違う」

上手く言えないけど、と吃ったソラを見てミコトは俯く。

小さく息を吐いて、目を閉じた。













「……ソラ殿と、おっしゃいましたな」

「………ええ」

「……その方を………輪人の戦士として、お迎えしましょう」

「戦士……?」

初めて聞くことばに、ミコトは首を傾げた。

そんな彼を小さな丸い目を細めて見つめ、マナイは言う。

「………戦うことを役目とする、人のことでございます」

「……そのような役目が、あるのですか」

信じられぬように目を丸くするミコトをマナイは見つめ続けた。

「……先に申し上げましたように、遠い祖の地でその役割を負った人がいたのですよ」

ミコトは黙って聞いている。

「戦う、とは言っても戦士は戦人ではありませぬ。戦人はただ己れのためにその力を振るいし人」

床に置いたままの器から湯気が立ち上る。

「戦士とは……輪を守るために、戦いし人」

「……」

「……我らが輪を守るために、それぞれ役割を持つのと同じでございます」

ゆっくりと、マナイは目を閉じた。

「彼を、その戦士に……?」

この輪を守るために。戦ってもらいたいと………?

は、と気が付き、ミコトは目を見開いた。

「彼に同族殺しをせよ、と……!?」

輪人を守るために、戦人と戦えと。

何を言うのか、と声を荒げるミコトを平然と見返したまま、マナイは言った。

「……異なことを仰る………元々輪人も戦人も同族……既に彼は同族殺しなのでございますよ?」

ぐ、とミコトは声につまった。

森で見た無残な骸。

自分を追い掛け捕まえたときの楽しそうな表情。

幾多となく見てきた輪人の屍……

黙り込むミコトを見つめたまま、マナイは小さく呟いた。

「……………それに、殺しはいたしませぬ」

「……?」

「…………とにかく、話をなさいませミコトさま。彼に戦士となることを頼むのです」

真直ぐにミコトの瞳を見つめ、マナイは言う。

その瞳に……一点の曇りも見付けられないのを、ミコトは悔しく思った。

「……出来ませぬ」

小さく、しかしはっきりと彼は答える。

マナイはそんなミコトを見て小さく息を吐く。

子供たちの歓声が、ひどく遠くから聞こえてくる。

「……………これ以上、ウエナさまのような方を増やすおつもりか」

「………マナイ」

「ウエナさまだけではございませぬ。耳をお澄まし下さい………」

言われずとも、先程から嘆きの声は途切れることはない。

集落中に、静かにその声は行き渡っていた。

「…………」

「……もちろん、ミコトさまご自身の御心うちにも」

ミコトは持っていた茶器を黙って握り締めた。













「………ミコト?」

下からソラに顔を覗き込まれ、ミコトは我に返った。

すまない、と言って苦笑するが、ソラの浮かない顔は直らなかった。

「………すまない、ちょっと……」

「?」

「…………大変なことが、あったから」

だから、上手く笑えないのかもしれない。

そう呟いたミコトの表情は確かに笑顔だったけれども、ソラは表情を沈ませた。

しばらく黙ってミコトを見ていると、ミコトはそんなソラを見て苦笑した。

「……君まで、そんな顔をしなくてもいい」

「……そんな顔?」

「悲しそうな顔をしている」

「かなし……?」

不思議そうに首を傾げるソラを見て、ミコトは顔を綻ばせた。

「……嫌だ、と思うことかな」

「………ああ」

なるほど、とソラは思った。

確かに自分は…

「ミコトのそういう顔見るの、嫌だ」

「……そうか」

すまない、と呟いて、ミコトは目を伏せた。

そんなミコトを見て、ますますソラは困ってしまう。

ミコトの笑顔が見たいのに……どうしたら、また前みたいな笑顔になってくれるのだろうか。

考えてみたが、ソラには分からなかった。

「………ミコト」

ぎゅ、と寝台に身を起こしたままのミコトの手を握る…先程までは冷たかったその手が暖かさを取り戻していたことに少し安堵して、ソラは言った。

「……?」

不思議そうにソラを見下ろすミコトと視線が合う。



綺麗な目だと、思った。

出会ったときと何ら変わり無い、曇りの無い瞳。



「……どうしたら、ミコト……笑顔になる?」

え、とミコトが小さく呟く。

「……何で今、前みたいな笑顔になれないんだ……?」

悲しそうな表情のまま、真剣に見つめてくるソラの瞳をミコトは受けとめることが出来なかった。

唇を噛み、顔を横に向ける。

「ミコト」

小さく呟くソラの声が、ミコトのこころに突きささる。

「……俺、何も出来ないのか?」

掴んだ手を握り締めたまま、ソラは言う。

「……ミコトの笑顔見るためだったら、何でもするから」

「何でも……?」

ぼうっとミコトは繰り返す。

「ああ」

迷う事無く肯定するソラの方に視線を向けると、彼は変わらずに真直ぐミコトを見つめていた。

「………なんでも………」

弱く呟きながら、ミコトは顔を俯けた。

何だか先程から身体を起こしているのがつらい。

頭の奥がぼんやりと霞み始めていた。

「ミコト」

ぎゅ、と握られた手に力が込められる。

「……ソラ」

ミコトは自分を心配そうに見つめてくる彼の瞳を、何とか受けとめる。

澄み切ったその瞳を見ているうちに、彼は自分の身体から力が抜けていくのを感じた。





ふら、と身体を倒しかけたミコトをソラは慌てて支える。

「ミコト………!?」

支えた時に触れた身体が、先程とは異なり熱くなっているのにソラは驚いた。

「ミコ、ト………?」

「………すまない」

鈍い動きで自らの額に手を押し当て、ミコトは眉を寄せた。

「病気、か………?」

ソラが心配そうに問い掛けると、ミコトはそうかもしれない、と首肯く。

「……風邪、だと思う」

久しぶりに身体を襲う感覚に、それを認めないわけにはいかなかった。

「風邪……」

「すぐに治る病気だから……」

ソラを安心させるようにミコトは言った。

病気のことを教えたときに、風邪のことも話したことがあった。

それを思い出したのか、ソラの表情に少し安堵の色が広がるが…

「……風邪も、苦しいのか?」

ミコトの顔を覗き込んで、ソラはくしゃりと顔を歪めた。

そんな彼を見、ミコトは苦笑した。

「…少し、な」

だからほんの少し休めば治る。

そう言い、ソラに支えられながらミコトは身体を横にした。

横になったミコトを見つめてソラは問う。

「……何かして欲しいこと、あるか?」

「…して欲しい…」

ぼんやりとした頭でミコトは考える。

遠い昔に、風邪を引いたとき……して欲しかったこと。

「……傍に」

「?」

「………傍に、いてくれればいい」

それだけで、十分だから。

そう呟いて、ミコトは薄く微笑んだ。

遠い記憶の端に残るものはとても優しく暖かい。

静かな雨音が心地よく耳に響いていた。











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