服の予備を置いていて良かった…とミコトは思った。 以前に川で水遊びをしたときに、全身ずぶ濡れになってしまったことがあって以来、こうして常備していたのだ。 同様に置いていた布で身体を拭き、濡れた服は脱いで絞る。 強い力で絞ろうとして破きかけたソラに苦笑しながら、ミコトは予備の服に着替えた。 ソラから濡れた服を受け取り、雨が入ってこない場所に広げ……その作業を終えると、ソラはミコトに抱きついた。 「……冷えてる……」 心配そうに言うソラの頭を撫でて、ミコトは微笑んだ。 「…心配性だな……君は」 「……だって……」 ミコトがいなくなるの、嫌だ。 そう呟いて、ソラはミコトを抱き締める力を強くした。 じんわりと……暖かさがソラから伝わってくるのをミコトは感じる。 抱きつかれたときから、ソラの肌の暖かさが冷えきった身体には心地よかったが……それよりも更に。 …きっと、暖めてくれているのだとミコトは思った。 戦人であるソラは、外がどんな環境でも自分にとって快適な状態を保つことができるのだという。 真夏の暑い時期に涼しく過ごすことが出来れば、真冬に薄着のまま行動することも可能なのだそうだ。 そのソラに抱きつかれ……素直にその心地よさにミコトは身を任せた。 一瞬、身体にかかる重みが増したことにソラは驚いた。 「……ミコト?」 声をかけて体を少し離し顔を覗き込むと、ミコトは何時の間にか閉じていた目を開いて言う。 「……すまない………寝てた……」 「……眠いのか……?」 「………昨日、ちょっと遅くに…寝たから…」 すまない、と繰り返しながらも、目蓋が落ちそうになるのを必死で堪えているミコト。 そんな彼を見て、ソラは言った。 「…ミコト、寝ていろ」 「………いいのか?」 ソラは半分閉じかけた目を押し開けようとするミコトを少し睨んで、言う。 「ああ……起きたらまた、いっぱい笑顔見せてもらうから」 だから寝てろ。 そう言ってぎゅ、とミコトを抱き締めた。 いつもと違ってその力は本当に丁度良くて心地よかったから、ミコトはまた素直に身を任す。 ソラの柔らかい髪が頬にかかって擽ったい。 そんなことを心の端で思いながら、ミコトの意識はすぐに薄れていった。 眠りに落ちたミコトを、ソラはしばらく眺めていたが…ひょいと抱き上げ奥の寝床に連れていく。 起きるか…と思ったけれども、全くそんな気配は無かった。 天を見上げながら寝てしまって、そのまま朝になることも多いソラなので…あまりその寝台を使うことは無いのだが、それでも地面よりはましだと判断する。 そ…とミコトを横にして、ソラは小さく息を吐いた。 そしてそのまま寝台の横に座り、ミコトの寝顔を眺めていた。 ……初めて彼が、ミコトと会ったとき。 確かそのときもこうして、彼の寝顔を眺めていたような気がするとソラは思った。 真夜中に会った珍しい輪人は、気が付くと糸が切れたように動きを止めていた。 動かなくなったのか…と、多少残念な気持ちで見ていると、彼がただ寝ているだけのことに気が付く。 人の寝顔なんて見た記憶はほとんど無かったから、ソラは珍しそうにその顔を眺め続けた。 また目が覚めたら…さっきの顔を見られるのかという期待と共に。 だから今もこうして、ソラはミコトが目を覚ますのを待つことにした。 せっかく会ったのに笑顔を見られないのは残念だけど、でも眠いのなら仕方がない。 自分も眠いときの気持ちは分かるから。 静かに眠るミコトの顔を、ソラはじっと見つめていた。 外ではまだしめやかに雨が降っている。 がたん、と器を床に置いてミコトは目の前に座るマナイを睨んだ。 「…本気で、仰っているのですか……!?」 「…………」 激昂しているミコトから視線を外す事無く、マナイは悠然と腰を据えている。 「本気かと、聞いているのです!」 「………冗談で言うことではありませぬよ」 ゆっくりと、言う。 「あまり大きな声を出されますな。皆が驚きます」 「…………っ!」 ミコトはマナイの何事にも動じない、静かな態度が好きだった。 いつでもゆったりと微笑んで、自分に何かを諭してくれる……大きな存在。 ミコトは今、初めてその態度が嫌だと思った。 「……初めに申し上げました通り、全てはこれ以上輪を乱さぬためでございます」 静かに、マナイは言った。 「……祖は、輪の乱れを恐れてこの地に至りました…しかれどもこの果てにも戦人が現われた」 ふう、と小さく息を吐いた。 「……これ以上、我らが行く場所はありませぬ」 ミコトは黙って、俯いた。 マナイの話を聞いていると、彼が言っていることが正しいのではないかと思う自分が、嫌だった。 輪人を今のまま、輪人として守るためにはどうしたらいいのか。 ミコトが考えても思いつかなかった方法を、マナイは言ったのだ。 しかしミコトには、その答えを素直に受けとめることは出来なかった。 「……今すぐにとは、申しませぬ……お考え下さい、ミコトさま」 幾分上がっていた眦を下げて、マナイは小さく微笑む。 「……………私とて、こう見えても一月も悩んだのですからな」 お分りか?と…少々、哀しげに。 next→ novels top |