それをお話する前に……とマナイに請われ、ミコトは躊躇いながらもソラのことを全てマナイに話した。 彼が輪人に害為す存在ではないという確信のもと……一月前からのことを、今度こそ全て。 ミコトの笑顔が好きであるという彼をどこまで信じていいものかと…始めは迷うこともあったのだが。 彼の瞳を思い出すとその悩みは消え去った。 あの眼は、信じるにたると思ったのである。 真っすぐに空を見上げる瞳と、この一月の彼との時間を…疑いたくは無かった。 「……」 聞きおわり、マナイはゆっくりと茶を啜った。 ふう、と静かに息を吐く。 「……それで全て、でよろしいですな?」 「……ええ」 お話できることは、全て。 ミコトがそう答えて真っすぐにマナイを見ると、マナイは納得したように首肯いた。 それきり何も言おうとしないマナイを待ちながら、ミコトは独り言のように問いを呟いた。 「………一体、彼の持つ石とは、何なのでしょうか」 「………」 マナイは静かに小さな丸い目を閉ざした。 「石だけではなく……普段は我らと何も変わらないのに、何故あのような姿になるのか」 それすらも石のせいだと知っているが。 「………何故、人を害することを楽しみと見做すのか」 今まで見続けた多くの仲間の無残な姿を思い出し、ミコトは唇を噛んだ。 二度と動かぬ同胞と、その周りで嘆き悲しむ人々。 もう二度と見たくない…そう思いながら一体幾度繰り返しその光景を見てきたのだろうか。 マナイが、静かに眼を開けた。 「………知って、おります」 長く長く息を吐いて、それこそ吐き出すようにしてマナイは答える。 「全て、輪人は既に忘れたもの……ただ私のような知識を伝えるものだけが識るべきものです」 「忘れた……?」 「その、必要性が無くなったためです。ミコトさま……」 軽く眼を見張ったミコトを、宥めるようにマナイは苦笑する。 「我らが、何故輪人であるのか……以前にもお教えしたことがありますな」 「………ええ」 答えて、ミコトは遠い昔に聞いた話を思い出した。 遠い昔、遠い地で。 彼らの祖は人の力で地を潤し生きものを育て、暮らしの糧を得ていた。 大きな川の傍には肥沃な土地が溢れ、植物を植えれば植えただけ実りがあった。 人々は何不自由なく、豊かな暮らしを続けていた。 だが、人は何時しか力の使い方を誤った。 気がついたときには肥沃だった土地は枯れはて、人を拒んだ。 所々に湧き出でる泉が辛うじて人々を潤した……が、人々全てを補うには足りない。 祖はその地に別れを告げ、遠い旅に出た。 気の遠くなるような長い旅路の果て、彼らはこの地に辿り着く。 まだ人によって乱れていない地……祖はここで暮らすことを決めた。 自然の輪を乱さずに、人の輪を乱さずに。 さすれば同じ過ちは繰り返さないだろうと。 「石は……遠い地で、祖が使い方を誤ったしろものの一つ」 マナイは器をゆっくりと玩ぶ。 「恵みを育むべきものであったのに、禍を呼んだものです」 ほんの少し茶を啜り、苦い表情をした。 「……禍、とは」 「地の荒廃、家畜の減少、人々の諍い……そして、異形の人」 ミコトは小さく息を飲んだ。 眼を見張るミコトにマナイは、識るものとして悠然と微笑む。 「何を、驚かれます……彼らが石をもつというのは知っていたでしょうに」 それはつまり、我らと彼らは同じ祖をもつということです。 小さなため息とともに、そう言った。 next→ novels top |