ミコトは新しい茶を入れるための湯を沸かす火を見つめていた。 ……今日身罷られた人は、全身が燃えたように焦げていた。 かといって周囲の木々に燃え移ったあとは無く…ただ、その人のみが焼けて。 それもまた戦人の力なのかと思うと、ますます輪人が彼らに対して、太刀打ちできる存在ではないことを思い知らされる。 ふう、と知らずため息をつくと、マナイもその向かいで同じようにため息をついた。 「……ため息をつきたいのはこちらでございます、ミコトさま」 「………」 「我らはミコトさまを信じておりましたのに、嘘をつかれるとは……」 よよ、とわざとらしく目頭を押さえるマナイを見ながらミコトは小さくため息をついた。 「…申し訳ないとは思っておりました……ですが」 「そこまでして隠す理由が、きちんとおありだったのでしょう?」 何時の間にか泣き真似をやめて、マナイはしゅんしゅんと沸きはじめた湯の加減を見る。 頃合だと思ったのか、用意していた茶器にゆっくりと湯を注いでいった。 「ご安心を……我らとて、それくらいのことは分かっております」 「………」 「だからこそ、我らにも何か……尽力できることがあると思ったのですよ」 注ぎおわり、マナイは面を上げてミコトを見た。 「……マナイさま」 「……茶が頃合になるにはまだ時間がございますれば」 つ、と茶器を横にずらすマナイ。 「お話を、はじめましょうか」 「……はい」 幼子のように素直に首肯くミコトを見て、マナイは微笑んだ。 「まず、回りくどい話は避けますな」 目尻の皺を深めて、マナイは言う。 「森で会われている方は……戦人なのでしょう?」 茶を飲んでいなくて良かった、とミコトは思った。 「…………」 自分では表情を変えていないつもりだが、マナイには通じないだろう。 案の定、マナイは何も答えないミコトを見たまま、話を続けた。 「そうであれば、ミコトさまがお話になりたがらないお気持ちが分かりますからな……それに」 ふう、と息をついてマナイは言った。 「先に仰られたこととも、一致します」 「一致……?」 不思議そうにミコトは声を上げた。 何か、自分は彼が戦人だと悟られるようなことを言っただろうか。 考えてみるがミコトには分からなかった。 第一、輪人は戦人について何も知らない…ミコトも、ソラに出会うまでは何一つ知らなかったのだ。 そんなミコトを見つめながら、マナイは静かに続ける。 「一つ、異境からの旅人の骸の仲間」 「………それが戦人と何の関係が」 あるのですか、と言い掛けたミコトを遮るようにしてマナイは言った。 「あの骸は、まごうことなき戦人でありましたから」 「…………!」 ことばを無くしたミコトを微笑みを浮かべて見つめて、マナイは殊更にゆっくりと口を開いた。 「………お忘れですか、私めは知識を受け継ぎ、伝える役目を負うもの」 「………」 「その中には、戦人に関するものもあるのですよ」 そう言ったときのマナイの瞳が、一瞬哀しげな光を帯びたことにミコトは気が付いた。 「マナイ、さま………?」 「おお、いけませぬ……茶が濃くなってしまう」 マナイは慌てて茶を二人分の器に注ぎはじめる。 楽しげに見えるその様からは、先の雰囲気はとうに消え去っていた。 「ささ、粗茶ですが」 「……ご謙遜を」 そう言ってミコトは差し出された器を受け取り、少し茶を啜る。 「………」 同じように茶を含んだマナイと顔を見合わせ、どちらからともなく苦笑した。 「……本当に粗茶になってますな」 「……まあ、飲めぬほどではありませんよ」 ず、と一口啜ってみせて、ミコトは微笑んだ。 それならよいのですが……と言いながら、マナイはこっそり自分の茶に湯を注ぎたした。 「………はじめから、お教えした方が早いのかもしれませぬ」 マナイの次に同じように湯を入れているミコトを見ながら、マナイは小さく呟いた。 「……はじめから、とは」 姿勢を正して問うたミコトにやはりマナイも真っすぐに向き合う。 「……輪人が、輪人になった由縁からからでございます」 小さな丸い目が、静かに細められた。 next→ novels top |