「……マナイ、そのくらいで良い」 沈黙を破ったのはウエナだった。 気が付かぬ内に張り詰めた室内の空気が、ふ、と和らぐ。 ずー、と音をたててウエナは茶を啜った。 「……はしたないぞ、ウエナ」 「ああ、すまぬなミコト」 悪怯れずそう答える妹を見下ろして、ミコトは微笑んだ。 同じようにマナイも微笑んで、長く息を吐いた。 「……まったく、ウエナさまにはかないませぬ」 無言で茶の代わりを注ぐウエナを柔らかな瞳で見つめる。 「…ええ」 首肯き、ミコトは残っている茶を飲み干した。 とん、と器を置き……マナイの瞳を正面から見据えた。 「……お話がございます、マナイさま」 「…なんなりと」 落ち着いた年配者の感を保ったまま、マナイは深く微笑んだ。 ミコトは一月前からのことをマナイに話した。 異境からの旅人の骸を見た後、その仲間を探し…出会ったこと。 彼は大きな怪我を負っており、そこから動かせる状況では無かったこと。 大方は輪人のことばを解するものの、完全では無いこと。 輪人とは全く異なった文化を持つ異境から来たこと……などなど。 彼が戦人だということは伏せ、虚構と真実を織り交ぜながら何とかミコトは説明した。 ……マナイやウエナが信に足りないなどと、ミコトは思っていない。 しかし、だからといって彼が……ソラが戦人だと、はっきり言うのは抵抗があった。 特に、今日のように……人が身罷られた直後に、言いたくはなかった。 「……ではその方を見舞うために森に行かれていたと?」 「……はい」 ミコトが答えると、マナイはとりあえず納得したように首肯く。 「……で、今その方は?」 「……大分、治ってはいるものの……まだ安静にしておいた方が良いかと」 嘘を重ねることに抵抗を感じながらもミコトは言った。 今まで嘘をつく必要などない生活を送っていたために、ばれるのではないかと思うと冷汗が吹き出る。 それを悟られぬようにしながら、ミコトは新しく注いだ茶を啜った。 しばらくの沈黙の後、マナイが口を開いた。 「…何故、今まで言ってくださいませんでした。言ってくだされば、薬草でも何でも持ってお伺いいたしましたのに……」 「……その人が、あまり人には見られたくないと」 「なにゆえ」 「…………傷が、見苦しいからと………私はそうは思わなかったのですが、是非にと言うので仕方なく」 ミコトは茶が入っている器に視線を落とした。 苦しい言い訳に聞こえなかっただろうかと思うが、二人がどう思っているのかは分からない。 下手に表情をうかがって、反対に見破られるのが恐かった。 …ただでさえマナイとウエナには適わないというのに。 沈黙の後、マナイは目元を緩めて微笑んだ。 「……分かりました。そういう訳でしたのなら仕方がありませぬな」 ミコトがほっとして顔を上げると、本当に仕方無さそうに苦笑する二人の姿が目に入った。 「…今日は、行かなくて良かったのか?」 「……ああ、昨日の内にその旨は伝えてある」 「そうか」 ならば良かった、と呟いて、ウエナはすっくと立ち上がった。 「広場に行く。……ミコト、着いてこなくてよいからな」 続いて立ち上がろうとしたミコトを視線で制して、ウエナはさっさと戸へと向かう。 がた、と戸を開け……不意に振り向いてウエナは微笑んだ。 「ではマナイ、尋問の続きは頼んだぞ」 「心得ました」 お任せください、と微笑み首肯くマナイとウエナの後ろ姿を見比べ、ミコトは大きく肩を落とした。 「………私は信に足りませぬか」 「信に足りております……特にミコトさまの瞳はまことに信がおけます」 「………」 「その瞳が、今嘘をついていると教えてくれたのですよ」 ほほ、と楽しげに言われて、ミコトは憮然としたまま茶を啜った。 next→ novels top |