久々にミコトはマナイの家へと赴いた。 森で摘んできた茶葉を乾燥させたものが、上手い具合に出来上がったからだ。 それを届けがてら、彼と久々に話をしようとミコトは彼の家へと向かう道を歩いていた。 ウエナは既に広場で子供たちと遊びに興じている。 今日はマナイの家へと行く、と告げたときの彼女の表情を思い出し、ミコトは苦笑した。 大きな瞳をくり、と瞬かせて…一言。 「今日は雪が降るのかもしれぬな」 「……そろそろ長雨の季節だが」 呆気にとられながらもミコトがそう言うと、ウエナは冗談だ、と小さく言って微笑んだ。 そんなに森へ行くのが当たり前になっていただろうか…と考えて、ここ一月ばかり毎日のように行っていたことに思い当る。 これでは不審がられても仕方がない、とミコトは苦笑を重ねた。 無意識の内に空を仰ぎ見る…何時の間にかそうすることが癖になってしまっていた。 今日も綺麗な青空が、一面に広がっていた。 そろそろマナイの家へと着こうかというとき、遠くから声が聞こえてきた。 穏やかな朝を切り裂くような、人のものとは思えぬ声。 それが次第に弱まっていくのを聞きながら、ミコトは急いでその声が上がった方向へと駈けた。 集落からさほど離れてはいない森の中に、他に数人の輪人が集まっていくのを見る。 「……何が……」 あったのか、とその一人に問う前に、ミコトは口をつぐんだ。 肉が焼ける嫌な匂いが鼻をついたからだ。 「…………」 軽く唇を噛みながらミコトは立ちすくむ人々の隙間を縫って倒れ付す人を抱き起こす。 そして炭化したその手を軽く握り締めた。 ず、と茶を啜る。 彼の服の端を掴んだまま隣で器用に茶を啜るウエナを見ながら、ミコトは小さく息を吐いた。 …最近は戦人の被害にあう人がいなかったのに。 皆が落ち着きを取り戻した頃を見計らうようにして、また…… 「……マナイ、飲まぬのか?」 黙って兄妹を見ているマナイに気が付き、ウエナがそう問う。 彼らの向かいに座るマナイは小さく微笑んで、茶を一口含んだ。 「……いい茶ですな」 小さな丸い目を見開き、マナイは言う。 今彼らが飲んでいるのはミコトが摘んできた茶葉で煎れたもの。 試しに、と煎れてみたのはミコトだった。 「初めて飲む味です……いや、これは」 呟きながらマナイはまた一口、茶を含んだ。 うむうむと満足気に首肯くマナイを見ながら、ミコトも表情を緩めた。 「…お気に召されたのなら、良かった」 「そうだな……何度も毒味に付き合わされたかいがあったというものだ」 ふー、と息を吐きつつウエナが呟いた。 その言葉にまた表情を固めるミコトを微笑ましげに見ながら、マナイはところで、と口を開いた。 「一体どこで、この茶葉を見付けられたのですか?」 「…森、で」 「森のどの辺りでしょうか……何しろ森は広いですから」 にこにこと微笑むマナイを見つつ、ミコトは茶を飲み込んだ。 他意もなく聞かれたであろうことばに、ミコトは口篭もる。 言えるわけがない……普段輪人が入らぬ奥地に、戦人に案内されて行った場所にあるなどど。 もう一口茶を飲み込んで、ミコトは言った。 「……小峠の向こうだったと思いますが……何分、かなりの奥地でしたから正確な場所までは…」 語尾を濁しながら答える彼を、マナイは目を細めつつ聞いている。 そんな二人を交互に見上げると、ウエナはマナイに向き合ってこう言った。 「マナイ、もう少し問い詰めよ」 「心得ました、ウエナさま」 にこにこと落ち着いた笑みを浮かべてマナイがそう答えるのを聞いて、ミコトは茶に咽せた。 平然としたままウエナはその背を擦る。 落ち着いた頃を見計らい、ウエナがマナイに目配せするのをミコトは諦めながら見ていた。 「……で、いつ頃取りに行かれましたかな?」 「………一月程前でしょうか」 「おお、名誉の朝帰りをした頃でございますな」 「マナイ、朝帰りというのは名誉なことなのか?」 「時と場合に寄りますが、名誉な場合がございます」 「そうか」 ふむふむ、と…会話から何かを学んでいるウエナを、ミコトは複雑な表情で見守る。 そんなミコトに視線を移し、マナイは微笑を深めて言った。 「で、どなたと?」 「……」 その視線を正面から受けとめつつ、ミコトは答えた。 「……一人で」 「真ですかな?」 「…………」 その問いには沈黙で答え、ミコトは随分と冷めた茶を啜った。 「ミコト」 くい、とウエナが彼の服の裾を引っ張る。 「ミコト、諦めよ」 「……ウエナ」 「今日まで聞かれなかったことを、幸運に思うが良い」 真っすぐな瞳で見上げられ、ミコトは眉を寄せた。 ……確かに、この一月文句も言わずにウエナはミコトが森に行くのを見送ってくれていた。 土産を頼む、と言うのだけは欠かさなかったが。 「ウエナさまの仰るとおりです、ミコトさま」 「…マナイ」 「ミコトさまが何も言われないのは、故あってのことだと思います……しかし」 ず、とマナイは茶を一口啜った。 「……我らは、信に足りませぬか」 小さな目を細めて見据えられ、ミコトは小さく唇を噛んだ。 next→ novels top |