くしゃみが出た。 「ミコト?」 「……いや、何でもない」 心配そうに覗き込んでくるソラに苦笑しながら、ミコトは言った。 「ちょっと、体が冷えただけだ」 「……病気、か?」 「違う」 「そうか」 それならいい、とソラは安心したように笑った。 毎日のようにミコトがソラの元を訪れるようになって、しばらくが経つ。 淡かった空は次第に色づき……雲が見えない日も多くなった。 今日も空はどこまでも青かった。 彼らは会って特に何をする、と言うわけではない。 ただ横になって空を見上げたり、川で遊んだり。 茶を摘むミコトに付き合ってソラが着いていく…ということもあった。 その中で、二人は互いに互いのことを教えあった。 ソラはミコトの、ミコトはソラの。 そうして互いの部族のことも、少しずつ分かっていった。 例えば先のソラの心配がそれだ。 戦人のソラは初め、「病気」というものを知らなかった。 ミコトが説明しても、本当に理解できないように首を傾げるだけで。 「……だって、何でそうなるんだ?」 「何でと言われても……」 体に悪いものが入ることで、熱が出たり具合が悪くなったりすることだとミコトは説明した。 しかしソラは首を傾げ、石が治してくれないのかと言う。 「だから…俺たちに石は無いから」 そうミコトが言うと、ようやくソラは納得したようだった。 不便だな、と一言付け加えて。 どうやら石は彼らの身体を変化させるだけでなく、万能薬のような働きをもするらしい。 傷を治し病気を治し……と、輪人がどうにも出来ないことも、戦人には何でもないことだった。 「……ミコト」 「何だ?」 「病気になったら、どうなるんだ?」 「だから、熱が出たり…体がうまく動かなくなったりする」 同じ説明をソラに繰り返すと、ソラは首を横に振る。 「それは治らないのか?」 俺たちだったら、石が治すけど…と、ソラは疑問に思ったようだった。 石を持たない輪人はどうするのか、と。 「……時間はかかるが、自然と治ることもあるし……薬を飲んだりすると治る場合もある」 「薬?」 「木の葉とか、草を使って……そうだな、体を治す助けをしてくれるものだ」 「石じゃなく?」 「そうだ」 ふうん、と不思議そうに話を聞いているソラ。 それを苦笑しながら見て、ミコトは続けた。 「あと……中には治らずに、死ぬこともある」 「死ぬ?」 「………病気が人を殺す、ということだ」 ソラは大きな目を丸く開いて瞬かせた。 「……動かなく、なるのか?」 「そうだ」 ミコトが繰り返し首肯くと、ソラは途端に不安そうな表情を浮かべる。 「……ミコトは」 「?」 「病気になるのか?」 怯えるようにミコトを見つめるソラ。 ミコトはそれに軽く微笑んで、言った。 「なるかもしれないが……大丈夫、今は病気じゃない」 「……もしミコトが病気になったら、どうすればいい?」 「……?」 真剣に見つめてくるソラを見返し、ミコトは不思議そうに首を傾げた。 「…ミコトが死ぬのは嫌だから」 だから何とかしたい……と真っすぐな瞳でそう言われて、ミコトは笑んだ。 「……そうだな………」 ミコトはこの青年の、こういう真っすぐな気持ちを聞くのが嬉しかった。 輪人と何ら変わりの無い……優しい、こころ。 「………多分、傍にいてくれるだけで良いと思う」 そのときにならないと分からないが。 「きっと、それだけで俺は十分嬉しい」 「そうなのか?」 「そうだ」 そう言ってミコトが笑うと、ようやくソラも安心したように笑った。 その会話があってからというもの、ソラは何かというと病気のことを気に掛けた。 何度となく説明を求め、それに答えたために…今では大方病気にかかる原因や、どういう症状が出るのかをソラは学んでいた。 ……その知識にはそれなりに穴が残ってはいたが。 草原に横になっていたソラが、ごろりと寝返りをうったかと思うとミコトに抱きつく。 「……ソラ?」 どうした?とミコトが不思議そうに彼を見ると、ソラはミコトの肩に顔を埋めながら言った。 「体、冷えるといけないから」 「……暖めてくれているのか?」 「そうだ」 真面目にそう答えるソラを見て、ミコトは苦笑した。 間違った知識を教えてしまっただろうか…と思ったが、彼の体温を感じるのは決して嫌では無かった。 加減を知らない強い力を、止めることは忘れなかったが。 next→ novels top |