それからミコトがソラに詳しく話を聞こうとしたが、あまり部族と関わっていないというソラの話は要領を得ないものだった。 とにかく彼らの部族の人には腹に石があって、それで姿を異形に変えることが出来るのだということだけは分かった。 「……一体どうやって……」 不思議がるミコトにソラは首を傾げた。 「手を動かしたり、歩いたりするのと変わらないと……思う」 一々考えて動いたことは無い、と言う。 「こうしたい、と思ったら身体が勝手にそうなる」 「こう……って」 「例えば」 そう言ったかと思ったら、ソラの姿が異形に変わった。 今まで見た夕闇に身を包んだ姿ではなく、空…あるいは深い水の色に身を包んだ姿。 驚き身を固くするミコトに構わず、ソラはそれまでと同じ調子でことばを発する。 「この姿だと速く動けるし……この姿だと」 区切ったことばの境でまた姿が変わった。 水の色から、しろがねの色に。 「……そんなに速くは動けなくなるけど、重いものとか持てるようになる」 そしてまた姿が青年のそれに変わった。 見慣れない現象に茫然とするミコトを見て、ソラは首を傾げた。 「……どうした?ミコト」 そう言って不安そうな顔になる様からは、さきの異形は想像できなかった。 揺れる黒髪にくるくる動く黒い瞳。 それが一瞬にして変化し、無表情な大きな瞳が輝く様。 「……ミコト?」 す、とソラが手をミコトに伸ばした。 その瞬間にミコトは我に返る。 「あ、ああ……すまない」 伸ばされた手を受け取って、ミコトは微笑んだ。 「俺たちにはそういうことは出来ないから……ちょっと驚いてしまった」 「そうなのか」 「ああ…」 変わっているな。 そうソラが呟いたのを聞いて、ミコトは苦笑した。 「……そうだな、確かに変わっているかもしれないな……」 輪人にとっては異形である戦人。 しかしその戦人にとっては、輪人こそ異形のものかもしれない。 何しろ彼らにとっては常識以前のものが、輪人にとっては未知のものであるというこの事実。 第一その石の存在すら識らない………もしかしたらマナイなら識っているのかもしれない、とミコトは思う。 マナイの知識はどこまでも深く、彼の知らないことなどこの世に無いのではないかとまで思われる。 幼い頃から彼の家に出向き、種々雑多な話を聞くのがミコトは好きだった。 何を質問しても答え、分かり易く説明してくれる……まあ中には理解できないものもあったが。 その理解できないものの中に、この石に関わるものもあったのかもしれない。 ぱん、と音がした。 ふと顔を上げる……何時の間にか考え込んでいたらしいミコトの目の前で、ソラが不機嫌そうに眉を寄せていた。 ふと手を見ると、何時の間にか離された手をソラが叩いたのだと知る。 「……さっきの顔」 「……?」 さっき?と考え込むミコトに、今度は頬を膨らませるソラ。 その可笑しな顔を見てミコトは思わず吹き出した。 身体の底から笑いの衝動が込み上げて、ミコトは苦しげに腹を押さえる。 そんなミコトを見たソラはやはり、嬉しそうに笑った。 「うん……『さっきの顔』だ」 彼がそう呟くのを見て、ミコトは言う。 「……笑顔、だよ」 「?」 不思議そうに首を傾げるソラを見て、苦笑するミコト。 「君が言っている『さっきの顔』というのは……笑顔のことだろう?」 「えがお………」 「楽しかったり、可笑しかったり、嬉しかったり……そういうときにする顔だ」 「……そうなのか?」 「そうだ」 ふうん、と納得したのかそうでないのかよく分からない返事をして、ソラは川原に横になった。 「……じゃあ、ミコトは俺に殺されそうになって嬉しかったのか?」 「……え?」 「あのとき、笑顔だった」 「………ああ」 あのとき、か。 今でも不可解な自分の心境を聞かれ、ミコトは首を捻った。 「………分からない、な」 ソラの隣に同じように横になって、ミコトは呟いた。 視界が一面の青に染まる。 「…ただ、殺されるのは嬉しくない」 「そうか」 だったら、殺さない。 と、ソラはあっさりと言った。 横を見るとそこでは気持ち良さそうにのびをして、あくびをしているソラの姿。 確かにこの日和りでは眠くなって当然だとミコトも思う……第一ミコト自身も眠くなってきたのだから。 それでもミコトは少し勇気を出して口を開いた。 機嫌を損ねられる危険性があると思われたのだが、これだけは言っておきたいと思ったために。 「……あと、輪人が殺されるのも嬉しくない」 「そうか」 だったら、殺さない。 ソラはまたも、あっさりと言った。 「………いいのか?」 何が目的でソラが……戦人が輪人を殺すのか分からないが、そんな簡単に止めてもいいものなのか。 そう聞くとソラはまた大きなあくびをして、答えた。 「……元々、俺はこっちの方が好きだったし」 青く広がる天を見上げてまたのびをする。 いつだって空を見るのが好きだと。 輪人で遊ぶのも面白いけど、と言い加えて言った。 「でも……ミコトの笑顔見ている方がずっと気分がいいから」 だからミコトが笑顔になるんだったら輪人で遊ぶの止める。 ふああ、と大きなあくびをして、ソラは言った。 何だかその姿を見たら気が抜けてしまって、ミコトも釣られてあくびをした。 「………ありがとう、ソラ」 小さく呟いたことばはもはや眠りに入りかけていたソラには聞こえなかったようで。 健やかな寝息が聞こえてくるのを耳にしながら、ミコトもまた目を閉じた。 ソラが目を覚ましたら、またどうして起こさなかったのかと怒られるのだろうかと思いながら。 緩やかな風が、頬を撫でていくのを感じた。 next→ novels top |