ソラに、集落に戻ることを告げると彼は一気に不機嫌になった。

仕方がない、と思ったミコトは賭けに出た。

「……『さっきの顔』をするためには、戻らなくてはいけない」

そう言うと、ソラは不機嫌そうな顔を更に歪め、俯いて考えだす。

しばらくしてからようやく納得したのか、頭を上げてミコトを見た。

「……また、来るか?」

不安そうなその眼差しに、ミコトは躊躇わずに首肯いた。





遠くなっていく輪人の後ろ姿を見送ると、彼はすぐに草原に横になった。

青い、青い空を見上げる。

そうでもしないと、またさっきの顔を見たくなりそうだったから。

空を見上げたときと同じように、いい気分になれるあの顔を。

息を止めるのは簡単だった。

いつものように、首に手をかけたり、手足を折っていったりするのは。

でも、そうするとあの顔が見られなくなると思うと……嫌だった。

今まで見たことが無い表情だったから、珍しくて。

もっと見ていたい、と彼は思った。





光を反射して朝露が辺りで光っている。

夜に駈けた道を、小走りにいそいで集落へとミコトは着いた。

集落に入るとミコトを見付けた人々が驚きながら走りよってくる。

今の彼らにとって、一晩姿を見せないことは…絶望を意味する。

それなのに戻ってきたミコトを見て、彼らはこころの底から喜んだ。

「よくご無事で……」

目尻を押さえながら喜ぶ人々に謝りながら、ミコトはウエナの姿を探した。

心配をかけてしまった、と思う。

それでなくても、普段からお互いに心配性な兄妹であるのは誰もが知っていた。

頭をめぐらして探しているミコトの背後から、小さな手がしがみついた。

「……汚れるぞ?」

臓腑のはみ出た骸を抱き上げ、森の中を駈けたため、ミコトの衣服はかなり汚れている。それにも構わずに、ウエナはミコトにひしりとしがみついて離れなかった。

顔を押しあてて黙っている妹の頭を、ミコトは優しく撫でた。





「よくご無事で……」

家に戻り、衣服を着替えてからウエナを連れてマナイの家へとミコトは行った。

出迎えたマナイは顔を嬉しそうに歪めて、ミコトを見た。

「……心配を、かけました」

「仰る通りです」

我らがどれだけ心痛したか……と小さな丸い目を細めてマナイが言う。

「ウエナ様とて、ミコト様の帰りを……」

「……そうだな」

ミコトが申し訳無さそうに首肯くと、マナイは笑みを浮かべて言った。

「帰りを信じて、ぐっすりと眠られておりました」

「ああ。良い夢も見た」

未だ服の端を掴んで離さないウエナが、ミコトを見上げてはっきりと言う。

「それだけウエナがミコトを信じていたということだ」

「…………そうだな」

ミコトは答えて、出された茶を啜った。





細かな傷の手当てを受けた後、ミコトは昨夜何があったのかを聞かれた。

「……言えませぬ」

ミコトは断固として、それ以外は言わない。

何度も尋ね……それでも同じミコトの反応に、マナイは疲れたようにため息をついた。

「………最後に、一つだけお尋ねします」

「……」

ウエナはミコトの横で黙って茶を啜っている。

つくづく似た兄妹だ、と心中でまた一つため息をついて、マナイは言った。

「……この一晩の出来事…何があったのかは分かりませぬが……」

ウエナがこと、と器を置く。

「良いこと、でしたか?」

「…………言えませぬ」

そう言ったミコトの顔を見て、マナイの顔が綻んだ。





「……ミコト」

マナイの家を出て、二人はいつもの広場へと向かう。

「近くにいた人を、昨夜葬った」

「……そうか」

ウエナの歩調に合わせて、ゆっくりと進むミコトの服の端を掴みながらウエナは言う。

「異境の者だと思ったが……礼を失してはいないと、思う」

「ああ……」

ミコトは首肯いた。

妹の労を労うように、頭を軽く叩く。

広場にはやはり昨日よりも人は少なかった。

それでも、

「ウエナさまー!」

数人の子供たちが、明るくウエナを呼ぶ。

ウエナは、ぱ、とミコトから手を離した。

「ミコトはそこで待っておれ!」

元気よく言い捨てる妹を見送りながら、ミコトは苦笑した。

泉の端に歩みより、いつものようにそれを覗き込む。

日の光を反射して輝くその水面には、朝に見たままの綺麗な青空が写っていた。











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